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ISASメールマガジン

ISASメールマガジン 第501号

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ISASメールマガジン   第501号       【 発行日− 14.04.29 】
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★こんにちは、山本です。

 このところ読者の方からの感想や質問のメールが殆ど無かったのですが、さすがに500号記念ということで、メールをいただきました。

 今週は、学際科学研究系の海老沢 研(えびさわ・けん)さんです。

── INDEX──────────────────────────────
★01:YOKOHAMA CRAZY NIGHT
☆02:GW期間【4月29日〜5月6日】の見学案内
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★01:YOKOHAMA CRAZY NIGHT

 さて、今宵もスタートは元町タップルームだ。あまり人には知られたくないけど、元町の裏通りに隠れた小さなこの店で、沼津にある日本一のマイクロブルワリーの蔵出しビールを真っ先に飲める。そして、新作が発表される週末には、ここに来れば必ず君に会える、約束はしなくても。君は僕に気がつくと、親指を立てて、自慢げのドヤ顔だ。長い間、難しい実験を続けてるって言ってたけど、どうやらついに納得のいく結果が出たみたいだな。


 英語や中国語やドイツ語が飛び交う元町のこの店で、いつも賑やかな人の輪の中心にいる国籍不明の君は、実は、横浜の研究所で働く、日本を代表するアストロバイオロジストだ。新作ビールを味わいながら、お互いの研究の進展を報告し合うのが、僕たちの習慣だ。

僕の方は、そうだな、巨大ブラックホールの見かけ上の激しいX線強度変動が、実はX線源自体の明るさはあまり変化してなくて、たくさんの吸収物質が視線をさえぎる効果によって変動して見える、ということで、説明できそうだ。それを大学院生と一緒に論文にまとめようとしているところ。
で、君の方は?


 「ついに、水深6,000mの海底の深度4,000mの地層から、生命活動の証拠が見つかったのよ!」

おお、世界記録ですか。深海のさらにその深い地底から生命を探査することが、君の今のメイン研究テーマだそうだ。日本が世界に誇る巨大な研究船で航海に出て、10,000mを超えるドリルパイプを深海の底に打ち込み、海底のさらにその地下の深い土壌を採取する。採取した長い筒状の土壌コアサンプルを薄くスライスし、そこから顕微鏡を使って根気良く、ほんのわずかな生命活動の痕跡を探すのだと言う。

しかし、どうして、そんな地底の奥に生命が存在しているのだろうか?
いったい、どこまで深く?
それにしても、なぜ、
「彼らは」そんな辺鄙なところで、なんのために生きている?


 「宇宙は生命に満ちているのよ。」

というのが君の口癖だ。信念と言って良いのかもしれない。地球上の生命の起源は、間違いなく人類に残された最大の謎の一つだ。生命を人工的に作り出すことはできないが、太古の特殊な地球環境下では、何らかのマジックが働いて無機物から自然に生命が発生したのかも知れない。

その一方で、君が主張するように、実は宇宙に生命は普遍的に存在しているのだ、という説もある。もしその仮説が証明されたら、「なぜ地球上に生命が誕生したのか?」という設問自体、意味を成さなくなってしまう。そもそも「なぜ宇宙に生命が誕生したのか?」という、より根源的な謎は残るにしても。


 さて、久しぶりに蔵出しビールをたっぷりと満喫した僕たちは、いつものように中華街を抜けて、横浜の街をぶらぶらと北上する。次はフランスのビオワインで有名な馬車道のワインバー。フランス各地で修行したソムリエシェフの作る南仏風のクスクスが、本格的で、旨い。で、次の君の実験テーマは?

 「こんどは、もっと高いところで生命を探すのよ。」

君のチームは、気球を使って上層大気のサンプルを取得し、世界中の誰も予想していなかった、高度53.7kmで生命の存在を確認している。そして、次は、高度400kmの宇宙ステーションの室外でサンプルを採取して、生命を探査するのだと言う。

そこはほとんど宇宙空間で、地球大気なんかほとんど存在しないはずだぜ?
そんなところに、生物が本当に存在するのか?
もし存在するとしたら、いったい「彼ら」は何処から来て、何処に向かおうとしているんだ?


 「単純なダーウィニズムよ。ダーウィンが発見した通り、生命は空間的に存在範囲を広げ、時間的に進化しようとするものなの。恐らく、地球上の生命体は、これから宇宙に飛び出して行こうとしているのよ。」

本当かなあ。にわかには信じ難いけどな。でも、君の予想通り、宇宙ステーションからぶら下げた、ごく目の細かいザルみたいな仕掛けに、生物のカケラが一つでも引っ掛ったとしたら、その時は心から尊敬するよ。


 さて、馬車道でビオワインを堪能した後は、千鳥足でさらに横浜の街を北上する。アートでライトアップされた吉田町を通って大岡川を超えると、そこはディープな大人のワンダーランド、野毛だ。いつもの立ち飲みモツ屋で、焼酎はもちろんキンミヤ。これをペリエで割って宮崎の平兵衛酢を絞ったら、最高のカクテルになる。


 「私は肉を食べるのよ!」

血の滴るレバーとガスバーナーが一緒に運ばれてくる。バリバリの肉食系女子の君は、いきなりかぶりつこうとするけど、中まで充分火を通さないと、保健所の人に叱られるよ。

 「大丈夫、私が大切に飼育している腸内細菌は、すごく強いの。腸内細菌が元気な限り、病気にはならない。ヒトは1000兆個の腸内細菌のお陰で健康に生きていくことができるのよ。私の超健康な腸内細菌の証拠をご覧になりたい?」


 いや、遠慮しときます。それで、もし宇宙ステーションの軌道上でも生命が見つかったら、次はどこで生命を探すの?

 「太陽系よ。まずは、火星で生命を見つけるのよ。」

ほう。火星に生物がいますかね?
NASAは、存在しないと言ってるぜ?


 「私が開発している世界最高感度の生命顕微鏡を使えば、必ず火星に生命は見つかるのよ。NASAが今までやってきた生命探査なんか、全然駄目よ。もし宇宙人があんな感度の低い装置を使ってサハラ砂漠で生命探査をしたら、『地球に生命は存在しない』って、結論づけてるわよ!」

 「火星の次は、木星に飛んで、エウロパの地下海を探るの。エウロパには水があるから、そこには火星よりも進化した生命体が存在するに違いないのよ!」

 「宇宙は生命で満ちあふれているの。未熟な私たち人類が、まだ地球外で生命を見つけられないだけなのよ。それを私は世界で最初に見つけるのよっ!」


 君は、酔いが回って、だんだん饒舌になって来る。僕たちは学校で、太陽系では地球にしか生命は存在しない、と習った。でもほんの50年後には、宇宙の生命に関する全く新たな知見が、小学校の理科の教科書に載っているかもしれない。太陽系では、地球以外に、火星にも木星の衛星にも、生命は存在するのだ、と。


 で、もしも太陽系に生命が見つかったとしたら、もっと遠くにも生命は存在するのだろうか?

 「生命はきっと、宇宙の塵と一緒に星間空間を漂っていると思うの。数十億年の時間をかけて、進化に適した地球のようなハビタブルプラネットに到達して、そこでまた数十億年かけて、ヒトみたいな生物まで進化していくの。それは紛れもない生命の事実、宇宙の真実なのよ。その証拠に、私たちは、今、ここに存在しているのよっ!」

いよいよ君の真骨頂だな。君が酔っ払って、大きな目をクルクルさせて宇宙の生命を熱く語り始めると、いつもこうやってエンドレスになるんだな。


 「宇宙は生命に満ちあふれているの。宇宙が誕生したように生命が誕生し、宇宙が存在するように生命は存在するの。そして宇宙が続いていく限り、生命はいつまでも続いていくのよ。」

 「50億年後に地球と太陽が滅びて、そこからまた50億年後に新しい星が誕生することが、私にとっては楽しみで楽しみで仕方ないのよ。きっと、そこには私たちの子孫が住んでいるの。100億年後の宇宙の生命を想像すると、ゾクゾクするわ!」


 君の言葉が、アルコールが染みわたった僕の脳細胞に気持ちよく入って来る。君と横浜でこうやって飲んでると、僕たちが生きていることも、もうじき消えてなくなってしまうことも、なんだか、どうでも良くなってくるな。その代わり、「宇宙に生命が誕生した」と言う単純な事実が、愛しくて愛しくてたまらなくなってくるな。

たぶん、100億年後、宇宙のどこかに地球みたいな星があって、そこには人類みたいな生き物が存在していて、男みたいなものと女みたいなものがいて、こうやって一緒にお酒みたいなものを飲んで、楽しく語りあっているんだろうな。

そのとき、彼の心の中には、ちょうど僕が今感じているように、宇宙に生命が誕生した奇跡、君という存在や僕という存在の奇跡、そして、そんなちっぽけな存在が四次元時空の一点でたまたま交差した奇跡を思わず祝福したくなるような、甘く切ない不思議な感情が、きっと生まれているんだろうな。


 僕は、今、宇宙が誕生してから138億年後なのか238億年後なのか、どっちでもいいような気がしてきたよ。

YOKOHAMA CRAZY NIGHT。

君の大きな瞳に乾杯。

(海老沢 研、えびさわ・けん)

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※※※ ☆02以降の項目は省略します(発行当時のトピックス等のため) ※※※