宇宙航空研究開発機構 サイトマップ

TOP > レポート&コラム > ISASメールマガジン > 2013年 > 第470号

ISASメールマガジン

ISASメールマガジン 第470号

★★☆━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
ISASメールマガジン   第470号       【 発行日− 13.09.24 】
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

★こんにちは、山本です。

 9月も半ばを過ぎてやっと熱帯夜から解放されました。
それなのに日中は窓の外からミンミンゼミの鳴き声が聞こえます。

 相模原キャンパスも行き交う人が多くなったようです。廊下からは、イロイロなイントネーションの言葉が聞こえてきます。これからは、シンポジウムや国際会議の季節です。

 今週は、熱・流体グループの岩田直子(いわた・なおこ)さんです。

── INDEX──────────────────────────────
★01:ヒートパイプと一緒に空を飛んだ日
☆02:超薄膜高高度気球(BS13-08)が無人気球到達高度の世界記録を更新
☆03:宇宙学校・ひだー【船津座】10月27日(日)
───────────────────────────────────

★01:ヒートパイプと一緒に空を飛んだ日

 2013年の3月に、ヒートパイプの微小重力環境下での性能を調べる実験を行いました。地上で微小重力環境を作り出す方法は幾つかありますが、日本でも実施できる、放物線飛行を行う航空機にヒートパイプを搭載する方法を選びました。

私もヒートパイプと共に航空機に乗ったのですが、我がヒートパイプたちにとっても私にとっても微小重力実験は初めての体験だったので今日はそのお話をしたいと思います。


 ヒートパイプとは内面を加工したパイプの中に液体を入れたもので、人工衛星の熱を運ぶために使われます。今回実験したヒートパイプは自励振動ヒートパイプといって、まだ衛星にはほとんど使われたことのない新しいヒートパイプです。

普通のヒートパイプが直径10〜20mm程度の真っ直ぐな(折れ曲がっていることもありますが)1本のパイプであるのに対し、自励振動ヒートパイプは、直径が1〜2mmくらいの細いパイプが何回も折れ曲がりジグザグ状になっています。中に液体が入っているところは同じです。

自励振動ヒートパイプの一部を温めると、中の液体が蒸発と凝縮を繰り返しながらパイプの中を自発的に振動し続けます。このようにして熱が輸送されることから、自励振動ヒートパイプと呼ばれています。


 自励振動ヒートパイプを宇宙でも使えるようにするために今まで色々な研究をしてきましたが、微小重力環境下できちんと動くかどうかは試したことがありませんでした。そこで、今回の航空機実験となったわけです。

微小重力環境下での自励振動ヒートパイプの性能を調べるために、パイプの中の圧力が測定できるようにしたものや、中の液体の動きがわかるようにガラスで作ったものを用意しました。それから、自励振動ヒートパイプを全面に巡らせた小型衛星の試作モデルも載せることにしました。


 これらの自励振動ヒートパイプ(以下、単に「ヒートパイプ」)は全て3台のアルミ製のラック(棚)に載せました。微小重力環境になった時にふわふわ浮いてしまっては困るので、ヒートパイプも測定装置も全てバンドで縛るなどしてラックに固定しました。航空機実験を行う会社の人に難色を示されたのがガラス製ヒートパイプです。万一、実験中に割れても航空機内にガラスや液体が飛び散らないようにポリカーボネート製のケースで覆うことで、なんとか許可をもらうことができました。


 ヒートパイプを載せたラックは相模原から名古屋までトラックで運ばれました。名古屋でラックを出迎えてみたら、ヒートパイプが1箇所バルブとの接合部分で折れているのが見つかりました。なにぶん細いパイプなのでエアサス車でも振動に耐えられなかったようです(というのは言い訳で、自分が施した輸送用の処置が甘かったのが原因でした)。心配していたガラスは入念に手当したせいか無事でした。


 ヒートパイプの修理を完了し、全て問題なく動作することを確認して実験の日を迎えました。微小重力実験のための放物線飛行を行える場所(空域といいます)と時間帯は決められていて、我々は遠州灘沖上空で午前10時から11時まで実験を行うことになりました。


 1回の放物線飛行中の微小重力環境期間は20秒ほどで、その前後30秒間は1.5Gから2GのGがかかります。1Gに戻ったあと、次の放物線飛行に向けて実験条件の設定変更などを行います。1時間の間に放物線飛行を何回繰り返せるかで微小重力実験の回数が決まります。


 実験当日は朝8時に集合。航空機が格納庫から屋外へ出たら早速乗り込んで、測定装置を全て立ち上げます。ヒートパイプが動くことを確認し、ほっと一安心。パイロット含め実験関係者で簡単に打ち合わせをしたら、いよいよ搭乗です。

私は、圧力測定を行うヒートパイプを載せたラックの横に座りました。後ろを向くと、ガラス製ヒートパイプを映しているビデオカメラの映像が見えます。飛行前点検後、9時半に名古屋空港を出発。

離陸…ついに我がヒートパイプが空を飛んだ!と感激しつつ、温度と圧力のデータを確認。問題なさそうです。ただ、ガラス製ヒートパイプは上昇中に中の液の動きが止まってしまいました(航空機の進行方向と逆方向に負荷がかかったのが原因と推定)。


 10時ちょうど、空域に到達。全てのヒートパイプとデータの状態を確認して、パイロットに
「実験準備完了です」
と告げました。すぐにパイロットから
「(微小重力環境開始)2分前です」
のコール。航空機は放物線飛行に入ったようです。

負荷がなくなったためか、ガラス製ヒートパイプの中の液が少しずつ動き出しています。「30秒前」のコールの後、急に体が下に押し付けられました。2G突入です。体全体に負荷がかかり、腕もなかなか動かせません。目でデータと映像を追います。

2G環境では動かなくなるのでは、と心配していましたが、データに変化は無くヒートパイプはちゃんと機能しているようです。しばらくしてモニタ上のGの値が急に小さくなり、パイロットから
「Now!」
のコール。体が少し浮きました(シートベルトをしているので、少ししか浮き上がらないのです)。

上下の感覚が無くなる不思議な感じ。データと映像を代わるがわる確認します。圧力、温度データは一瞬揺らぎが見えるものの殆ど変化無し。ガラス製ヒートパイプは…うーん、動きがまた止まってしまったように見えます。

あっと言う間に20秒が過ぎ、またGがかかり始めます。1Gに戻った後、見えていなかった「小型衛星用試作モデル」のデータを確認。こちらは放物線飛行中も1G環境下とデータに違いはありませんでした。


 一緒に搭乗した福井工業大学の先生のヒートパイプも問題ないことを確認し、次の飛行に備えます。「実験準備完了」…次の飛行スタート。

このようにして、我々は1時間に計7回の微小重力実験を実施し、初飛行を終えて11時半に名古屋空港に戻りました。


 ガラス製ヒートパイプの搭載方向の見直しなど反省点は幾つかありましたが、小型衛星用試作モデルをはじめとする自励振動ヒートパイプが微小重力環境下でも問題なく機能することを無事確認することが出来ました。

ただ、今回の実験では微小重力実験期間が20秒とヒートパイプの実験をするには少し短いため、いま我々は更なる微小重力実験を目論んでいます。いつの日か、細いパイプが全面に這った衛星の姿をお見せすることが出来るかもしれません。

ひとまず、宇宙研の特別公開にお越し頂ければ、微小重力を経験した我らの自励振動ヒートパイプをお目にかけることが出来ます。


(岩田直子、いわた・なおこ)

‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
※※※ ☆02以降の項目は省略します(発行当時のトピックス等のため) ※※※