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ISASメールマガジン

ISASメールマガジン 第435号

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ISASメールマガジン   第435号       【 発行日− 13.01.22 】
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★こんにちは、山本です。

 先週の雪で雪国(?)と化した研究・管理棟東側の駐車場は、週も変わってやっと一部の駐車スペース周辺の凍り付いた雪を残すのみとなりました。

 関東南部は、今週中に2度も降雪の予報が出されています。凍った雪の上に積もった雪の上を歩くのは、さらに危険なので、
「雪が積もったら、休みま〜す」
と宣言してあります。(理由は、自分の歳を考えて!!!です)

 今週は、ISS科学プロジェクト室の吉崎 泉(よしざき・いずみ)さんです。

── INDEX──────────────────────────────
★01:国際宇宙ステーションでの無重力実験
☆02:Webサービス停止のお知らせ(1月27日(日))
☆03:SELENEシンポジウム2013(1月25日(金))
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★01:国際宇宙ステーションでの無重力実験

 はじめまして。メルマガ初投稿、宇宙科学研究所ISS科学プロジェクト室の吉崎と申します。働き始めて10数年(イヤ、正直に言うと20年弱)、ずーっと無重力実験のコーディネーターの仕事をしています。実験専属の担当者として、研究者と開発者と運用者をつなぐ仕事です。


 私が働き始めたころは、国際宇宙ステーション(ISS)はまだ軌道上に存在さえしていませんでした。最初のパーツが打ちあがったのが1998年、ついに始まるのか、と感慨深い思いでニュースを眺めたものです。

日本の実験室「きぼう」が打ちあがったのが2008年ですから、2008年までは、「いつか打ちあがる日本の実験室で行う実験」のために装置開発や実験の準備を行いつつ、米国のスペースシャトルを用いた実験や、種子島から打ち上げる小型ロケットTR-1Aを使った実験、ロシアの回収衛星を用いた実験などを行いました。


 実験コーディネーターは何をするかというと、まずフライト候補として選ばれた科学実験について勉強します。実際は、自分の専門分野の研究会など に参加し、実験のアイデアを詰める段階から代表研究者と協力して提案書を作成することが多いです。

ある科学的事象について、地上実験ではどこまで分かっているのか、何を明らかにするために無重力実験が必要なのか、それを納得いくまで確認するこ とが大切です。自分がよく知らない分野の場合は、実際に実験してみることもあります。やってみないと、その難しいところやコツなどが分からないか らです。

そうした準備を経て、この実験をどうすれば実現可能な無重力実験に仕上げられるかを代表研究者や、実験を一緒に支えるチームメンバーとともに考え ます。


 大変なのが、装置の開発です。それぞれに個性的な実験を実現するために、専用の小型装置(業界用語では供試体と言います)を作りますが、その供試体開発を複数のメーカーさんと一緒に行うのも実験コーディネーターの仕事です。

供試体開発にはたくさんの制約があります。コスト・スケジュールの制約はもちろんのこと、小型化・自動化・安全への配慮が必要です。予算に糸目を つけず、大きな装置をどかんと作れば大概の実験はできるでしょうが、当然そんな予算はありません。装置だって、小さく作らないと実験ラックに入り ませんし、大きさや重量は打ち上げ費用に直結しますので、できるだけコンパクトに作る必要があります。(一方で、実験としてやりたいことはたくさ んありますので、供試体の中身はぎゅうぎゅうに詰まった状態になります)。

また、宇宙飛行士は忙しく、作業する時間を長時間取ってもらうことは困難です。そのため、できるだけ宇宙飛行士の手を煩わさないよう、自動化でき るところは自動化し、故障しにくい単純な構造を念頭におきます。


 国際宇宙ステーションには宇宙飛行士が滞在していますから、私たちが作って持ち込む供試体がハザード(危険要素)にならないように、JAXA内 の担当部署およびNASAによる厳しい安全審査も行われます。

試料に毒性がある場合、それが厳重に封入されているか。
ガラスが使われている場合、それは割れないのか。
万一割れたときに宇宙飛行士が傷つかないような対策がなされているか。
レーザー光が宇宙飛行士の目に入る恐れはないか。
供試体に用いたすべての材料について、可燃性がないか、有毒なガスが大量に出たりしないか。
他の装置と電磁干渉しないか。

ありとあらゆるチェックを行い、合格したものだけを打ち上げることができるのです。


 このようなさまざまな制約の中で、いかに科学的要求を満たすような供試体を作るか、そこが難しいところです。

皆さんもよくご存知のように、新しく装置を作って初めからうまくいくことはまずありません。試験してみてうまくいかなかったら、供試体の仕様を再 検討したり、実験条件を見直したりという試行錯誤を何度も行います。


 供試体開発と並行して、代表研究者と協力して実験内容の詳細を決めていきます。

私が担当した最近の結晶成長の実験NanoStepを例に取りますと、これはタンパク質の結晶が成長していく様子をリアルタイムで観察する実験なのですが、タンパク質溶液の濃度を30mg/mlにするか、50mg/mlにするか、というような細かい条件を、地上実験を通して決めました。

種結晶はどのくらいのサイズで何度傾けて容器に接着すると実験上都合がいいか、種結晶を再成長させるのは20℃がいいのか、22℃がいいのか、成長には何日かかりそうか、成長速度はどのくらいばらつきそうかなど、事前にチェックしておくことは山のようにあります。こういった事前チェックの結果を供試体開発に反映します。


 NanoStepは、宇宙で結晶の成長速度が遅くなるって本当なの?
ちゃんと調べてみよう!
という実験です。

詳細に説明すると長くなるので、詳しくはこちらをご参照ください。
新しいウィンドウが開きます http://iss.jaxa.jp/kiboexp/theme/second/nanostep/


 さて、供試体を無事に打ち上げたら、いよいよ実験となります。

NanoStepをはじめとして、多くの物理化学系の実験は、宇宙飛行士が供試体をセットしたあとはすべて地上からの遠隔操作で行います。たくさんの実験条件で繰り返し実験を行いたいですし、宇宙飛行士が実験装置の近くにいると、振動が発生してしまうため、遠隔操作が適しているのです。

ニュースになったメダカや植物などの生物系の実験は、どうしても宇宙飛行士による植物の採取など、手作業が何度も必要になります。

では、物理化学系の実験がどのように進められるか見てみましょう。


 実験が始まりますと、毎日朝から夕方まで、筑波宇宙センターにある制御卓にチームメンバーが交代で座り、結晶の画像とにらめっこしながら、

温度をこのタイミングで何℃にして欲しいとか、
画像の視野を変更して欲しい、

などの実験条件を矢継ぎ早に運用担当者(オペレーター)に伝えます。

オペレーターは運用上の制約などを熟知している、宇宙ステーション運用の専門家です。

オペレーターが手順書に基づき、制御コマンドを送信しますと、その信号はまず海底の光ケーブルを通ってアメリカNASAに届き、

その後、高度36,000kmのデータ中継衛星に届きます。

その信号が、高度400kmの国際宇宙ステーションに届き、

供試体の温度を制御するのです。

実際の温度をセンサーで計測し、その温度データがまた衛星を介して筑波宇宙センターの制御卓に表示されるのは、温度変更コマンドなどを送信してか ら、たったの7〜8秒です。

こうして、条件を少しずつ変えながら、繰り返し実験を行い、地道にデータを取得していきます。ちなみに、宇宙ステーションはグリニッジ標準時を採 用していますので、日本時間の朝から夕方という時間帯は、ちょうど宇宙飛行士が寝ています。宇宙飛行士が寝ているすきに、振動のない、いい条件で 実験を行うわけです。


 こうした無重力実験に関わるのは、ベテランたちだけではありません。実験を実施する傍ら、結果の解析に着手します。実験画像はどんどんたまっていきますので、片っ端から画像処理を行っていきますが、そこで大活躍してくれるのが研究室の学生さんたちです。目薬をさしながらモニターを凝視し、データをプロットしていた姿は忘れられません。

その後、全員でじっくりとデータを眺め、新しくわかった事象について考察し、場合によっては飛行後実験を行います。新たな科学的発見について研究 会で何度も議論し、最終的には代表研究者が中心となって論文にまとめます。すべては、この無重力実験ならではの科学的発見のために行っているのですから、ここまで見届けてやっと実験コーディネーターの仕事が終わります。

NanoStepについては、現在飛行後実験を実施しているところですから、まだまだ仕事は続きそうです。


 宇宙と言えば、ロケット・衛星の打ち上げ、宇宙探査、宇宙飛行士の活躍など、華々しいイメージを持つ方が多いと思います。また、宇宙ステーショ ンでの無重力実験は、研究者の考案した実験を宇宙飛行士が一人で実施していると思っていた方も多いと思います。

しかし私たち実験コーディネーターにとって、宇宙での無重力実験は、数多くの人たちが何年もかけてディープに関わる、地味でささやかながらも、オンリーワンなプロジェクトなのです。


(吉崎 泉、よしざき・いずみ)



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※※※ ☆02以降の項目は省略します(発行当時のトピックス等のため) ※※※