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ISASメールマガジン

ISASメールマガジン 第424号

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ISASメールマガジン   第424号       【 発行日− 12.11.06 】
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★こんにちは、山本です。

 先週、相模原キャンパスでは総合防災訓練が行われました。

避難指示の放送に従い、参加者が中庭に集まるのですが、上着無しで外に出てみると風が強くて寒さに震えました。

 自衛消防隊員による避難誘導、班別に集合、安否確認、報告等一連の訓練が終わると消防署からの講評があって、一般参加者は解散となりましたが…
 訓練第2弾があり、初期消火訓練、地震体験、煙体験の参加者はさらに頑張っていました。

 今週は、宇宙飛翔工学研究系の嶋田 徹(しまだ・とおる)さんです。

── INDEX──────────────────────────────
★01:ハイブリッドロケット談話 2
☆02:西田篤弘宇宙科学研究所名誉教授、文化功労者に選ばれる
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★01:ハイブリッドロケット談話 2


 3年ぶりですが、今日も市井の談話室では、ハイブリッドロケットの話題で盛り上がっています。


S先生:
ハイブリッドロケットの長所は、安全性、高性能、環境への優しさ、燃焼中断/再着火/推力絞り制御等の機能性、低コスト性と考えられています。何故ハイブリッドロケットにこれらの長所が備わっているのか、分かりますか?


Y君:
ハイブリッドロケットの特徴は、燃料と酸化剤を異相で搭載することでした。このことと関係するのですか?


S先生:
そうですね。通常のハイブリッドロケットは、燃料を固体で、酸化剤を液体で搭載していますので、燃料と酸化剤が自然に混じり合うことはありません。即ち爆発の危険性の無い安全なロケットです。

火薬では無いため取り扱いが容易であり、管理コストを抑えることができます。酸化剤には酸素、過酸化水素、亜酸化窒素等が、燃料には末端水酸基ポリブタジエン、ポリエチレン、ポリプロピレン、ワックス、アクリル等の炭化水素系高分子が用いられます。

これらの材料は日常多く使われているものであり、特別な固体推進剤と異なりとても安価です。また、これらを適切な配合比で燃やすと、固体推進剤に比べて高い比推力が得られます。即ち排気ガス単位質量あたりが産み出す推進力が高い高性能なロケットを作れるのです。


M君:
どのくらい高性能になりますか?


S先生:
一例を挙げますと、ブタジエンを燃料とし、液体酸素を酸化剤とするハイブリッドロケットと、酸化剤に固体の過塩素酸アンモニウムを用いた固体ロケットでは、10%以上ハイブリッドロケットの比推力が高くなります。

F君:
では、ハイブリッドロケットが環境に優しいのはどうしてですか?


S先生:
例えば固体酸化剤の場合には塩素、窒素を使って結晶化しなければならないのに対して、ハイブリッドロケットの酸化剤には液体酸素を直接使うことができます。

従って同じ炭化水素を燃料としても、燃焼生成物に塩素化合物等を含まない、環境に優しいエンジンを作ることができるのです。


O君:
ハイブリッドロケットは機能性が高いとのことですが...それはどういうことですか?


S先生:
固体ロケットの場合は推力の時間変化を事前に設計しておくわけです。一旦火をつけると消すのが難しく、火を消したとしたら、再度火をつけるのがやはり難しい。

また、推力の大きさを刻々のシステム要求に応じて変動させるのも苦手です。

それに対して、ハイブリッドロケットでは、酸化剤の流量を制御することによってエンジンの出力調節は容易ですし、停止・再着火も可能です。

この特長は例えばスペースデブリの能動的除去(Active Debris Removal)用の宇宙機や惑星着陸機等の軌道制御用エンジンに大変都合の良いものと言えます。


T君:
スペースデブリの回収にも向いているのですね!それは素晴らしい!


Y君:
先生、良いこと尽くめに聞こえますが、ハイブリッドロケットには技術課題はないのでしょうか?


S先生:
ハイブリッドロケットの出来不出来を左右する、本質的とも言えるのが、「境界層燃焼」と呼ばれる現象です。固体燃料は熱分解または溶融して燃料気体を発生させます。

一方、液体酸化剤も熱によって蒸発し、酸化性気体となります。これら2種の気体が対流・拡散しつつ、適度に混じり合ったところで化学反応が起き火炎を作るのです。

このような火炎を拡散火炎と呼んでいます。一旦、火炎が生じますと、それ自体の熱によって新たに燃料と酸化剤の気化が促され、化学反応が継続的に起こり火炎を維持します。この原理は空気中で石炭やロウソク等を燃やすのと同じです。

通常ハイブリッドロケットの場合は、固体燃料の表面にできる酸化剤気体の「境界層」内に拡散火炎ができるので、このような燃焼現象を境界層燃焼と呼んでいます。境界層燃焼は、化学反応、物質の相変化、物質と熱の輸送等、多様な現象が関係し合う複雑な過程です。

ハイブリッドロケットの技術は、この境界層燃焼を上手に取り扱うことに掛かっています。


Y君:
ロケットエンジンで境界層燃焼を使うとどのような問題があるのでしょうか?ロケットの設計にどのような影響があるのですか?


S先生:
言い方を簡単にしますが、固体燃料が気化する量は、燃料が外部から貰う熱量によって決まります。固体燃料の気化率から燃料の消費速度(燃料後退速度)が決まります。

燃料後退速度は、外部から熱をたくさん貰うほど大きくなります。この熱は火炎から対流や輻射によって伝わってきますので、火炎が燃料表面に近ければ近いほど、伝熱量は大きくなります。

固体推進剤や液体推進剤の場合は、火炎と燃料との距離が数10ミクロン程度と考えられますが、ハイブリッドロケットのような境界層燃焼の場合は、その程度が数ミリ程度あると考えられます。このため、燃料へ伝達される熱量が小さくなってしまうことは否めません。


M君:
すると、燃料後退速度が小さくなってしまいますね...


S先生:
その通り!
燃料後退速度が小さいことがロケットの設計に及ぼす影響は色々あります。

困った点は、単純円筒で考えると分かり易いですが、同じ推力を出す場合に、燃料の縦横比が燃料後退速度に逆比例するということです。即ち燃料後退速度が小さくなると、縦横比が大きくなり、細長いロケットになります。

この場合、燃料の体積充填率も低くなり、構造重量的にも効率の悪いロケットになります。

一例を挙げると固体推進剤を用いているS-520観測ロケット規模を想定した場合、これを燃料後退速度1mm/sのハイブリッドで代行すると仮定すると、初期の燃料内孔直径が30cmのとき燃料の縦横比は約40に、同40cmのときでも約24になると試算されます。S-520ロケットの縦横比が約10であることを考えると、これらは大き過ぎると言わざるを得ません。


O君:
それは宜しくないですね。何か解決策は無いのですか?


S先生:
燃焼面積を増やすことが考えられます。そのために燃料に複数の穴を空けるのです。マルチポートと呼ばれています。2004年に有人で高度100km到達を連続2回成功させたSpaceShipOneのハイブリッドロケットで採用されています。

しかし、マルチポートの場合、燃料の燃え残りが生じ易く、設計が難しい点が指摘されています。この問題を根本から解決するためには、やはり燃料後退速度自体を大きくすることが重要です。

そのために私たちがこれまでに取り組んできた方法を大別すると2つの方法があります。第1の方法は酸化剤流を旋回させることで、遠心力の効果により火炎を燃料表面に近づけることです。火炎が燃料表面に近づくことによって、軸流噴射に比べて燃料後退速度を3〜4倍高くすることができます。

第2の方法はGAP(グリシジル・アジド・ポリマー)系やパラフィン系の燃料を用いることです。GAPを従来燃料に混ぜることで、GAPの自己発熱分解の効果により燃料後退速度を高くすることができます。またパラフィン系の燃料の場合、表面で溶融した燃料が液滴になって流れに巻き込まれて飛散する現象(エントレインメント)が起き、熱の効果に力学的効果が加わることで燃料後退速度が高くなります。

さらには、これらの2つの方法を組み合わせ、パラフィン系燃料に酸化剤を旋回噴射することによって、従来のハイブリッドロケットに比べて一桁高い後退速度が得られることも分かっています。また、多断面旋回の手法を合わせることでさらに高い後退速度の可能性も確認しています。


F君:
燃料後退速度を高くしたら、もう後は大丈夫なのでしょうか?


S先生:
いいえ、燃料後退速度を確保するだけではロケットとしては十分ではありません。同時に多量の燃料を効率良く燃焼させる必要があります。

その目的でバッフル板等を使って燃焼気体特性から理論的に決まる排気速度(特性排気速度)に対して95%以上の効率が得られることを確認しています。


Y君:
それを聞いて安心しました。これからも研究は続くのですね。将来のロケット技術の確立に向けて。


S先生:
はい、そうです。
今日は、ハイブリッドロケットの技術課題とその解決策の話になりましたね。

ハイブリッドロケットは安全・安心、環境・エコ、高性能と高機能等の長所を持ち、将来の有人宇宙輸送や低コスト物資輸送の社会ニーズに応えられる新たなロケットです。国内大学と宇宙研の研究者が作るハイブリッドロケット研究ワーキング・グループでは、鍵となる境界層燃焼の理解を進めると共に、現実のロケットに必要な燃料後退速度と燃焼効率を向上させる技術の実証に取り組んでいます。

今、その第一歩として5kN級の技術実証用試験設備とエンジン(HTE-5-1)を製作していますよ。この次は、その試験についても話しましょう。
では、皆さん、ごきげんよう、さようなら。


(嶋田 徹、しまだ・とおる)

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※※※ ☆02以降の項目は省略します(発行当時のトピックス等のため) ※※※