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ISASメールマガジン

ISASメールマガジン 第423号

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ISASメールマガジン   第423号       【 発行日− 12.10.30 】
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★こんにちは、山本です。

 ちょっと先のことですが、「銀河連邦」設立25周年の記念イベント、「はやぶさの故郷さがみはら×松本零士の世界展」が11月23〜26日に、相模原市民ギャラリーで開かれます。(市民ギャラリーは、JR横浜線相模原駅ビルnowの4階に在ります。)

 「銀河鉄道999」「キャプテン・ハーロック」などの原画や表紙絵、はやぶさの模型など約100点が展示されます。

 今週は、宇宙飛翔工学研究系の大山 聖(おおやま・あきら)さんです。

── INDEX──────────────────────────────
★01:宇宙工学と生物の進化論
☆02:月の表と裏の違いをもたらした超巨大衝突を裏付ける痕跡を発見
☆03:宇宙学校・東京【東京大学駒場キャンパス】11月3日(土・祝)
☆04:内之浦宇宙空間観測所 施設特別公開(11月11日(日))
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★01:宇宙工学と生物の進化論

 こんにちは。偶数年の秋にISASメルマガの原稿依頼がくる宇宙飛翔工学研究系の大山です。

ダーウィンが提唱した生物の進化論ってご存じでしょうか?
ある生物種の中で、より首が長いとか、より足が速いとか、より環境に適した個体が生き残り子孫を残していくことでその生物種はより環境に適した形に進化をしてきた(いく)という学説です。


 この生物の進化論を模倣した進化計算(進化的計算とか遺伝的アルゴリズムとか進化アルゴリズムとか呼ばれたりもします)と呼ばれる設計手法が最近様々な分野で使われ始めています。

たとえば、2013年に初飛行予定の日本初のジェット旅客機「三菱リージョナルジェット」の主翼の設計にこの進化計算が使われています。また、N700系新幹線の先頭車両が進化計算で設計されていることも有名な話です。


 この進化計算が宇宙工学の分野でも使われつつあります。たとえば、次期基幹ロケット用の技術実証エンジンLE-Xのポンプやタービンの流体設計、現在火星探査航空機ワーキンググループで検討されている火星飛行機の概念設計、小型科学衛星による深宇宙探査技術実験ミッション(DESTINY)の軌道設計、ハイブリットロケットの概念設計などです。


 ところで、生物の進化論が飛行機や新幹線やロケットの設計にどうやって使われるか想像できますか? ー そうです。生物が進化するのと同じ仕組み(自然選択+交叉)でロケットや宇宙機を進化させるのです(もちろん実際のロケットが遺伝子を交叉させるわけはないので、コンピュータの上で進化をシミュレーションします)。


 進化計算のアルゴリズムを簡単に説明しましょう。

進化計算では、1つの設計候補を1頭(1匹)の生物と考えます。また、各設計候補が持つ設計パラメータ値(飛行機の翼で言うと後退角とかアスペクト比とか)を各生物がもつ遺伝子情報(足の長さとか首の長さとか)と同じであると考えます。

各設計候補の性能値(飛行機の翼で言うと揚力値とか空力抵抗値とか)が各生物の環境適応度(どれだけ速く逃げられるとかどれだけ高くの葉っぱを食べられるか)に対応します。


計算のプロセスを以下に示します。
(1)初期集団の生成(初期集団を構成する各個体は一般には乱数で作ります)
(2)集団の中の各個体の適応度(性能)の評価
(3)選択(適応度が高い個体を残す)
(4)交叉(選択された個体の遺伝子をもとに新しい個体を生成→新しい集団が生成される)
(5)指定された世代数になったら終了。そうでなければ(2)にもどる


 文章にするととても難しく感じるかもしれませんが、わかりやすい(かつおもしろい)ビデオがyoutubeにありますのでぜひご覧ください。
新しいウィンドウが開きます http://www.youtube.com/watch?v=gWExx-NpimQ


 宇宙工学における応用の具体例として、現在検討が進められている将来太陽観測衛星Solar-Dの軌道設計検討を行ったときの話をしましょう。

Solar-Dでは、イオンエンジンを噴きながら太陽の周りを数回回り、地球スイングバイを繰り返して目的とする高傾斜角軌道に宇宙機を到達させることを考えています。

Solar-Dの軌道設計を検討したときは、打ち上げ時の方位角、仰角、1回目から5回目までの地球スイングバイ直後の方位角、仰角など合計16個の設計パラメータを定義しました。これが生物の遺伝子に相当します。
設計最適化の指標は
(A)消費する燃料質量の最小化
(B)対地球相対速度の最大化
(C)太陽との距離の最小値の最大化

の3つです。これらのいずれかが(もしくは総合的に)優れた軌道設計は高い環境適応度があるとされ、生き残って子孫を残します。


 初めに128個の軌道設計を適当に作りました(それぞれの軌道設計の設計変数値を乱数で決めます)。これらの軌道設計のなかには性能のよい軌道も悪い軌道もあります。これらの軌道設計の中から、上記の(A)−(C)の設計指標がよいものを半数残します。

次に生き残った設計候補の設計パラメータを交叉させ、新しい設計候補を作ります。(ここでは半数の設計を生き残らせてそれぞれの親が2つずつ子供をつくることにして、子供集団が親集団と同じ集団サイズになるようにします)

そして、その新しい集団の中の各設計の性能値を評価して、性能が優れた個体を生き残らせて、生き残った個体から交叉により新しい個体を作って...ということを150世代繰り返し、優れた軌道を導き出しました。

その結果、従来の手法によって得られた軌道設計よりも3つの設計指標すべてが優れた軌道設計がたくさん得られました。


 進化計算を使えば人間が設計をする必要がありません。ロケットや宇宙機や飛行機が勝手に進化して自動的に最適な設計解が得られてしまいます。とてもおもしろいでしょう!


 でも、それじゃあ空力設計屋さんや軌道設計屋さんは不要になるんじゃないか? という疑問が出てくるかもしれませんが、そうではありません。

設計パラメータや性能指標をどう定義するのか、
得られた最適な設計がなぜ最適なのか、
もっといい設計が作れないのか?
などを考察するのに専門家の知見が必要です。進化計算を使うことで空力設計屋さんや軌道設計屋さんは人間にしか出来ないことを考える時間が作れるのです。


 僕がこの進化計算に出会ったのは1996年のことです。この進化計算を使って世界で初めて飛行機主翼の空力設計をしたのが僕の博士論文になります。

機械が勝手に進化して設計ができあがるという手法を知ってすぐに魅せられてしまいました。進化計算を行うと、こちらが定義した設計問題の穴をどんどんついて進化してくるので、自分と進化計算の知恵比べになるところもとてもおもしろいところです。

また、設計目的(最適化したい性能指標)が複数あるときも最適設計が得られるという点で工学的にも非常に有意義な手法です。今後も宇宙工学のいろんな分野で使われていくことを期待しています。


PS
 現在、(2位じゃだめなんでしょうか?と言われた)京コンピュータに関連するプロジェクトとして、進化計算の研究を行っています。JAXAの職員がこんなこともやっているんだと言うことを知っていただけると幸いです。
新しいウィンドウが開きます http://flab.eng.isas.jaxa.jp/monozukuri/mode/

(大山 聖、おおやま・あきら)

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※※※ ☆02以降の項目は省略します(発行当時のトピックス等のため) ※※※