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ISASメールマガジン

ISASメールマガジン 第411号

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ISASメールマガジン   第411号       【 発行日− 12.08.07 】
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★こんにちは、山本です。

 台風が3個連続で鹿児島に近づいて、梅雨の豪雨被害で延期されていた観測ロケット実験に影響するのではとヒヤヒヤしていました。

 やっと今日(7日)16時30分〜17時に打上げが決まりました。

 猛暑の中羽田空港まで行ったのに、台風のため鹿児島便が全便欠航していて相模原まで引き返してきたSさん。実験班とは別の仕事がメインだったので、今回の出張は延期?となりました。

 6日から「きみっしょん」が始まっています。会場となっている会議室は、私の居室と階段を挟んだ隣です。さて、今年のメルマガへの報告は誰に書いてもらいましょうか

 今週は、宇宙機応用工学研究系の石上玄也(いしがみ・げんや)さんです。

── INDEX──────────────────────────────
★01:月や惑星上を動き回る放浪者・探査ロボット
☆02:相模原市立博物館「宇宙科学の先駆者たち〜糸川英夫と小田稔〜」
☆03:X線天文衛星「すざく」原始恒星系の中心部の激しい星形成活動を観測
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★01:月や惑星上を動き回る放浪者・探査ロボット


 はじめまして、宇宙機応用工学研究系の石上と申します。宇宙科学研究所では、月や惑星表面を探査するロボットの研究開発に従事しています。


 2012年7月27日から28日にかけて、宇宙科学研究所の特別公開が実施されました。私が所属する研究グループでは、探査ロボットの実演デモを毎年行っており、酷暑にも関わらず、今年も多くの方が足を運んで下さいました。ロボットとのツーショット写真を撮ったり、研究者への質問も多く飛び交ったりと、非常に興味を持って頂けたと思います。


 今回は、そんな月惑星探査ロボットと、その研究開発の一幕について、紹介させて頂きます。


 月や惑星表面を探査するロボットは、専門用語で「ローバ(Rover)」と呼ばれています。Roverを英和辞典で調べてみると、「放浪者、さまよう人」という日本語訳がされています。つまり、月や惑星表面を動き回る様子から、月惑星探査ロボット=ローバ ※1 という呼称になっています。


 これまでの宇宙探査の歴史において、実際に月や惑星に降り立って移動探査を行ったローバは、実は過去40年間の間にわずか5機しかいません。
旧ソ連が月面に送り込んだ2台のローバ、ルノホート1号(1970年)、2号(1973年)、NASAの火星ローバであるソジャーナ(1997年)、 スピリット、オポチュニティ(ともに2004年、オポチュニティは現在も稼働中)の5機のみです。


 このように過去の事例は少ないものの、これからの宇宙探査、特に高精度・高分解能に狙いを定めた探査では、ローバが大きな役割を果たすことが期待されています。


 ローバの役割は、科学者の代わりに月や惑星に降り立ち、まずは、科学者の「足」となって移動を行うことにあります。また、ローバは科学者の「手」となることによって、惑星表面の調べたいものに触り、さらには、その「目」となって、科学者が観たいもの観ることも求められます。


 これらの役割を実現するため、ローバの探査能力は、工学的な側面と理学的な側面を併せ持ちます ※2 。とりわけ、工学的な能力として、月や火星のように砂や岩石で覆われた不整地(オフロード)を広範囲にわたって走行する能力や、地球の操縦者からのサポートが無くてもローバが自ら考えて行動する自律性能、あるいは、地球とは比較にならないほど厳しい惑星環境を耐え抜くための能力などがあります。


 上記の探査能力を最大限に発揮できるローバのシステムを開発しつつ、限られたリソース(通信や電力)や、限られたサイズ(ロケットや着陸システムに収まるサイズ)を考慮して、より優れたローバを作り上げていくことが、ローバを開発するうえでの最も難しい点とも言えます。そのため研究者・技術者が日々、試行錯誤を繰り返しながら研究開発を行っています。


 以降は、その研究開発の一幕を紹介したいと思います。


 ローバの研究開発では、多岐にわたる解析や試験を行いますが、例えば、走行試験装置というものを用いて、ローバの走破能力に関しての知見を得ることができます。この試験装置には、月や火星の砂を模擬した粒径の細かい砂 ※3 が敷き詰められているのですが、空中に飛散した砂塵を吸わないよう、防塵マスクが必要になります。

 理系の研究者というのは、
「白衣を着て、コンピュータを駆使したり、プログラムコードを開発したり、数式を展開したり…」
などという、某ドラマに出てくるようなクールで知的な姿を、私は大学入学以前にイメージしていました。実際のところ、もちろんそのような作業にも従事しますが、特に私の場合は、大学院生の時から文字通り砂まみれになって何百回と試験することも多く、クールな研究者とは程遠いのが現実です。


 また、ローバの試作機を用いたフィールド試験も重要な研究開発の一つです。ローバを自然地形の中で動作させることによって、研究室や実験室では見えてこなかった、新しい問題点や改善点を洗い出すことができます。


 月や火星の模擬フィールドとしては、大小様々な岩石が散在し、かつ地形の起伏も多様な火山の周辺、あるいはスタックしやすい海岸線の砂浜などが挙げられます。そのようなフィールドにおいて、険しい地形をローバとともに歩き廻ったり、時には声も掻き消されるほどの強風の中でローバを整備をしたり、あるいは火山ガスと対峙しながら実験したりと、ローバ研究者にはタフな一面も必要になり、クールな研究者像からは、さらに遠ざかっているのも事実です。


 そんなフィールド試験において、自分たちの開発したローバ試作機が、広大なフィールドをゆっくり走行している様を遠くから見つめていると、
「探査ロボット・Rover=放浪者」
は、言い得て妙だなぁと感じたりもします ※4


 さて、冒頭に紹介した宇宙科学研究所の特別公開において、ロボットのデモを観覧していた男の子が質問コーナーの際に、マイクを握り、一声、
「ロボット大好きー!」
と呼びかけてくれました。ロボットに対して純粋に興味を持ってくれることは、私たち研究者にとって、とても嬉しいことです。また、何名かの小中学生の方からは、
「どうやったら、こういう研究に携われるようになりますか?」
という質問もありました。そのような小さい頃の興味を大事に温めて、将来、日本のロボットで月や惑星を自在に探査する時代に是非とも活躍して頂きたいと思います。



※1:このローバという言葉、うかつに使うとたまに厄介なことになります。「ローバの研究をしています」などと言ってしまうと、「老婆の研究ですか? 医療とか高齢化社会の研究してるんですか?」と勘違いされることもあります。かくいう私も大学1年生のとき、「ローバの研究」という研修タイトルを見て、友人と「某RPGのモンスターに出てきそうな変な名前だよね、生き物の研究なのかな?」と全くの見当違いをしていました。現在、そのローバの研究にかれこれ10年以上従事しているということを、当時の自分に聞かせてやりたいものです。


※2:理学的な側面としては、様々な科学探査を遂行する観測機器などがありますが、私は工学専門で前者を生業としているため、後者の理学観測についての詳細は、メールマガジンのバックナンバー等をご参照頂ければと思います。


※3:レゴリスシミュラントと呼ばれる模擬砂です。宇宙研の特別公開でも展示しています。


※4:そんな「放浪者」を、いろんな角度から写真撮影していると、試験に同行した学生さんから、「運動会のお父さんみたいですね」と言われてしまいますが、それだけ自分たちの作ったローバに愛情があるってことです。


(石上玄也、いしがみ・げんや)

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※※※ ☆02以降の項目は省略します(発行当時のトピックス等のため) ※※※