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ISASメールマガジン

ISASメールマガジン 第410号

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ISASメールマガジン   第410号       【 発行日− 12.07.31 】
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★こんにちは、山本です。

 日本列島は毎日【猛暑】が続いています。
今年の特別公開も暑くて熱い2日間でした。

 私も例年どおり「スタンプラリー」の終点にいました。
近くの休憩テントの前にミストが出る大型扇風機があって、熱風ではなくちょっと涼しい風が吹いてきたりしました。

 今年も開催された「エッグドロップコンテスト」。
去年2位だった小学生は今年も2位だったと報告してくれました。
嬉しそうな笑顔が光っていました。

 来年こそは【1位】を取れるとイイナ

 今週は、宇宙機応用工学研究系の福島洋介(ふくしま・ようすけ)さんです。

── INDEX──────────────────────────────
★01:天馬博士とゼベットじいさんが抱いた思い
☆02:相模原キャンパス特別公開2012、終了
☆03:宇宙学校・さく【佐久市子ども未来館】(8月8日)
   宇宙学校・たむら【三春交流館まほら】(8月11日)
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★01:天馬博士とゼベットじいさんが抱いた思い

こんにちは、福島洋介です。ISASで助教をしています。
今回は「宇宙機の自律化」について、少しお話をさせていただきます。


「宇宙機」とか「自律化」とか、何だかわからない用語ですよね。
最初に説明しておきます。
とくに、宇宙機って変な単語だなと思われるでしょう。「ひまわり」のような地球の周りを回る人工衛星と「はやぶさ」や「あかつき」のような地球の周りを回らない探査機をひっくるめて「宇宙機」って呼んでいます。航空機に対応して宇宙機という用語があると思えばよいです。

なので「宇宙機の自律化」とは、「宇宙機=人工衛星あるいは探査機」が「自律化=自分で決めて働きだす」と考えれば良いです。要するに、人工衛星や探査機が自分で考えて動いちゃう、ということです。そんなにややこしいことを言っていません。

そりゃ、そうだろう。
人工衛星や探査機はスペースシャトルのように人が運転しているわけではないのだから。
自分で判断して動いているに決まっているよ。

普通そう、思われますよね。
いやまぁ、そうなんですけど・・・。


現在までにJAXAで作られ、使われた宇宙機には、多かれ少なかれ「自律化」が施されています。一世を風靡した「はやぶさ」でも自律化は大いに役立ったと言われています。インターネットで「はやぶさ 自律化」をキーワードにして検索するとその栄光を追体験することができます。

ところが実際に自律化でやった内容を調べていくと、探査機は自発的に何かを判断して何かをした、という事実はない。先生たちに「こうしてください」と言われたことを、その通りに探査機はやった。

「はい、ご主人様の言われた通りに私(探査機)はやりました。疲れました。」

そういうことのようです。
それをみなさんは、すごいすごいといって絶賛しているのです。

ぼくはオーストラリアで「はやぶさ」が燃え尽きるのを間近で見ました。天の川を背景にした夜空に「はやぶさ」が燃え尽き、その中から長く長くのびていったカプセルの光の筋を思い浮かべることができます。それはそれでいい思い出です。「はやぶさ」に使われた技術も運用された人たちの努力もすばらしいとは思いますが、しかし「はやぶさ」のお話に人々が感動する理由は「忠犬ハチ公(ハチ公物語)」と同じなんじゃないかと思っています。


例えばこんな話です。
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ぼくには小学校入ったばかりの弟「ひとし」がいました。
ある日、ひとしとワンちゃんとを一緒にお使いに行かせました。が、迷子になっちゃって、スーパーの近くをうろうろしていました。下の階に住んでいるおばさんが見つけてくれて携帯電話でぼくの家に電話をしてくれ、ぼくはひとしたちの無事を確認できました。
そして、
「スーパーじゃなくて肉屋でコロッケとハムかつを買って帰ってこい」
とひとしに伝えました。
ひとしは、おばさんに肉屋までの道を教えてもらって、なんとか帰ってきた。
「バカやろう、まったく、心配させんなよな」

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「はやぶさ」のお話は、例えて言ってみれば、そういう話なんです(違うと主張する人も多いかもしれませんが)。


弟ひとしの例え話を続けましょう。
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これまでそんなお使いすらできなかったのですから、大きく成長したのは間違いないです。人は急に成長するわけないですから、一歩の成長に喜ぶのは当然のことです。肉屋の次はスーパーで、スーパーの次はこだわりの銘酒がある酒屋で、その次は大型家電ショップへ。成長するにつれ、より遠い場所へより面倒な物をお使いをすることができるようになっていきます。

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ところで、宇宙機を使う研究者たちは自分たちの指示した通りに宇宙機が動き、観測データを獲得してくれることを切に望みます。逆に自分たちの意図した通りに宇宙機が動かなかったらとても残念がる。そして、どんな場合でも宇宙機は無事であってほしい、安全でいてほしいと心配する。

そういった研究者の願いに応えるべく、「宇宙機の自律化」という機能が考えられ、工夫されてきました。自律化の代表的なものは、故障診断です。人の健康診断と同じように、宇宙機のどこかに異常なところが無いか、常に調べる機能です。もしも異常らしきところがあったら、すぐに宇宙機は自分でその治療をする。センサが壊れてそうならば予備のセンサに切り替える、あるいは違う種類のセンサを工夫して利用する。

故障した部分がわからないんだけど、でもなんかおかしいようだったら、とりあえず「一番安全な」行動をとります。おなかが痛い、熱がでている、となったらまずは寝ますよね。それと同じです。

宇宙機はどこかが故障していないか常に自分で診断し、異常があったらすぐに対処します。そういう行動をとるようにプログラムされていますので。そして、そのおかげで危機から脱した例は数多くあります。というより、程度の差こそあれ、ほとんどすべて宇宙機はその恩恵を受けています。「健康診断によって病気の早期発見は多くの人に役立ってきた」のと同じです。これが、これまで宇宙機に求められてきた「自律化」というものでした。でも、それで終わっていいんでしょうか。


先生に言われたことは守りましょう。
親に言われたことには逆らってはいけません。

正しいとか間違っているとか、新しいとか古いとかは別にして、そんな風に教えられたことありますよね。

まじめな子供はこの通りのことをします。
それをずっと続けていくとどうなるでしょうか。
どう考えるようになるか、どう行動するようになるのか。

「言われたことをする」という教えを律儀に守ると、「言われないことはしない」ということにつながりやすい。心理学的に、あるいは教育現場の経験的な言説としてそれが正しいことなのかは知りませんが、少なくともぼくはそうでしたので、そう考えてみましょう。

こういう行動を取る人は、子供のときはそれでいいですけど、大人になるとちょっと問題があるんじゃないか。


新人社員への悪口の代表例は「言われたことをやるが、言われたことしかやらない」というものです。分野を問わず、証券会社からコーヒーショップまで、どんな職場でも聞きそうな苦言です。

でも、この新人社員は、従来から宇宙機に求められてきた「自律化」とまさに同じことをしています。宇宙機では喜ばれ賞賛されているのに、新人社員ではベテランの不満の対象になっている。

言われたことを上手にやった。
子供のころはそれで良かった。
大いにほめられ、みんなから愛されてきた。
しかし、成長すると違うらしい。

ならば、こう予測してもいいのではないでしょうか。
宇宙機に求められる自律化も、いずれそういう苦言を受ける。言われていないことだって、自分で考えてやってくださいと。
(そう考える人は少数派かもしれないし、予想は大外れかもしれませんけど)


で、どうなるのか。
先のたとえ話を少し想像で膨らませてみますね。
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ぼくの言うことをよく聞いてくれたひとしも高校生になり、お駄賃の値上げやサボタージュ、あるいは「拒否」するようになった。なんと生意気な。とはいえ、かなり面倒で高度なこともお駄賃をはずめばやってくれるので助かっている。調子が悪くなったパソコンを渡して「なんとかしてよ」といえば、原因を突き止め、故障した部品を秋葉原に買いに行き、バックアップしたハードディスクからデータを戻してくれることまでやってくれる。

「それ、バッテリーがそろそろ劣化しているようだから、新しいのに変えた方がいいかもね」
故障につながりそうな箇所を見つけ出し、故障前にアドバイスをしてくれる。

そして、あるとき驚くべきことを言ってきた。
ぼくに「提案」をしてきたのだ。

「兄貴、浦安の遊園地に頻繁に行くようだけど、だったらヴェネチアに行った方が良くないか?」

「ロンドンへ行くらしいね。ポアロが住んでいるヘブンマンションはバービカン駅からすぐだよ。興味があるなら見てくれば。ついでにオリンピックも観戦できるかもね。チケット探してみようか?」

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高級ホテルにはコンシェルジュというサービスがあります。なんでも相談にのってくれて、あれこれ教えてくれ、段取りや手配までしてくれるとか。しかし、コンシェルジュのやっていることは宿泊客の「問い」に対するスタッフの「丁寧な回答」でしかない。

一方、ひとしのやりはじめたことは、ぼくの問いに対する回答ではもはやない。ぼくの「意図」を推測し、「嗜好」を鑑み、今するべきと判断される「選択肢の提示」をしているのだから。「ひとしは成長したなぁ」としみじみ思ってしまいます。


さて、この「ひとしの成長」は、宇宙機で例えるなら何が起きたのと同じなのでしょうか。

ある天体を観測していたら、人工衛星の調子が悪くなり、これ以上の観測は続行不可能と人工衛星が自分で判断して観測を中止した。どうやら姿勢制御用のセンサの調子が悪く、姿勢制御がおぼつかないようだ。なので調子が悪いセンサを必要としない姿勢制御に切り替え、相模原にいる先生たちの指示を待ちはじめた。


この一連の動作は、従来から考えてている宇宙機の「自律化」です。というのは、結果的に「自分で決めて働きだす」ことはしていないから。「予定をキャンセルして休む」というものだからです。

つまり、これまで人工衛星が自分でやっていたことって、
「やめたっ、寝てよっ」
ってことだけなんです。
人工衛星が観測対象の星を見ていても、
「なんか、腹が痛いから、わりぃ、ちょっと休むわ」
と言い出す。
これが普通でした。
これでは「ひとしの成長」には追いつけていません。


では、自律化が成長した宇宙機ではどんなことが起きるのでしょうか。最新鋭の探査機では、相模原にいる先生たちが指示した観測を行っていたら、

「おぉ、こっちの星が面白そうだな、観測してはいかがでしょうか?」

というアドバスを探査機が先生たちにする。
ひとしの例でいえば、そういうことが起きたのです。


人に提案する探査機。
SFでは古くから考えれています。
有名なところでは映画『2010年(原題: 2010: The Year We Make Contact)』の後半にそういうワンシーンがあります。
(「Great Dark Spotが木星表面で増えてますけど、観測しなくていいですか?」というコンピュータHALからフロイド博士への提案)


では、それをJAXAの宇宙機で実現させるには、どんな手があるのだろうか。
そして、これが研究の入り口です。


コンビニの入り口に立つとドアが自動で開きます。駅のトイレでは手を洗おうと洗面台に手を差し出すと水道から自動で水が出ます。
便利ですけど、
「おおぉぉ、おまえいいやつだなぁ」
と感動することはありません(たぶん)。

自分にとって便利な機能を機械に求めるだけなら、まずはそういうものが頭に思い浮かびます。

・たばこを持ったら、火をつけてくれるという機能
・寒い日には草履を懐にいれて暖めてくれるという機能
などなど。


こんな機能を求めるつづけるのは、単に「召使い」を機械に求めているだけ。「おれの言う通りに動いてほしい」と機械に要望するのは当たり前のことです。

とはいえ、それでは「こちらのことを考えて」何かをしてくれるような機械ができるのでしょうか。

できない気がします。
というのは「ひとしは召使いでも奴隷でもはない」からです。


こう考えるは、ちょっと感傷的過ぎるのでしょうか(そうかもしれません)。


でも、どうしたら「ひとし」みたいに宇宙機は成長させられるのだろうか。これが、この研究の目的であり、この研究に対するのぼくの動機です。宇宙開発の現場で役立たせたいから、ではなく、単に知りたい。

そして、それを理解するのはそれを作るのがもっとも確実な方法です。

*****


こんなことを考え始めたのは、ぼくが「れいめい」衛星のソフトウエアの一部分を書き、「れいめい」衛星の運用するにようになってからです。

決して緻密とはいえないぼくの性格を反映したソフトウエアが「れいめい」に組み込まれています。しっかり考えてテストしたところはそれなりに、あやふやなところもそれなりに動作しています。

当然ですが、ソフトウエアに問題(バグ)が発見され、ちゃんと動くよう修正し、ということを繰り返しました。すると、ソフトウエアが安定して動作するようになり、ある意味退屈な日々が続く。

「れいめい」を運用しているぼくは日々成長したと思っています(勘違いかもしれないですけど)。しかし、「れいめい」は「成長しない」ことを思い知らされます。

当たり前なんですけど。
いつまでたっても「言われたことしか」しないので。


もう長いこと付き合っているんだから、こちらがやろうとしたことくらい察することはできんもんだろうか。

いや、察するだけじゃなくて、「こうしたらどうですかね?」などと提案してくれたりしないだろうか。


こういった無理な注文を「れいめい」にしたくなります。運用期間が長くなれば長くなるほど、そう思うようになります。

自分で書いたから不思議なところはどこもないソフトウエア。全く成長しないソフトウエアに対して抱く不満。「ピノッキオ」のゼベットじいさんの気持ちがなんとなくわかります。

もちろん、研究者の要望に合わせてソフトウエアを書き換えることはできますし、実際しています。しかし、それは「取り替え」であって「成長」ではない。自分が賢くなるにつれ、宇宙機も賢くなっていったら楽しいだろうなぁ。


この研究は人工知能という大きな分野の一部です。人工知能は、世界の天才たちが今現在でも熱心に作業をつづけて、研究は発展しています。だったら、もっと人工知能の研究成果が目で見えるかたちで宇宙機に応用できてもいいのに。なかなか、こちらが求めるようなものは見当たりません。

長く運用していく探査機、とくに深宇宙を探査するものには、こちらが成長してゆくに連れて、宇宙機も成長してゆくようなものがいい。宇宙機が成長しないと、自分だけが一方的に歳を取っていくようで、なんだか悲しいですから。


疲れたときに、部屋に戻って、はぁぁぁとため息をついたら、黙って気分を鼓舞してくれるような音楽をかけてくれる機能。

「おまえっていいやつだなぁ」と言いたくなるようなソフトウエア。

観測中に予定した内容を変更して、失敗を未然に防ぐとか、思いも寄らなかった計画の組み直しをして想定以上の観測データを取得できる機能。

「おめぇにはかなわないよ、ホントに」と呼びかけたくなるソフトウエア。

そんなシーンがいつか実現できるのはないかと想像します。これは「見果てぬ夢」なんでしょうか。

こう考えていたら、ぼくには先達がいることに思い至りました。天馬博士(鉄腕アトム)とゼベットじいさん(ピノキオ)。お二人のお気持ち、今ならわかります。


以上、宇宙機の自律化についての拙い説明でした。

長々と目を通して頂き、感謝しています。
どうもありがとうございました。

(福島洋介、ふくしま・ようすけ)

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※※※ ☆02以降の項目は省略します(発行当時のトピックス等のため) ※※※