宇宙航空研究開発機構 サイトマップ

TOP > レポート&コラム > ISASメールマガジン > 2012年 > 第409号

ISASメールマガジン

ISASメールマガジン 第409号

★★☆━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
ISASメールマガジン   第409号       【 発行日− 12.07.24 】
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

★こんにちは、山本です。

 いよいよ今週末は 特別公開です。
準備のために25日(水)と26日(木)は展示を臨時休館します。

 特別公開に出かける前に、チョット宇宙やISASのことを勉強するのはどうでしょう。
宇宙研キッズサイト「ウチューンズ」では、【宇宙ワクワク大図鑑】や【宇宙のお仕事ガイドブック】など、今更聞けない宇宙のことが【やさしく】解説されています。

 特別公開では、キット一歩進んだ質問が出来ることでしょう。

 今週は、宇宙飛翔工学研究系の川合伸明(かわい・のぶあき)さんです。

── INDEX──────────────────────────────
★01:宇宙研における構造材料研究
☆02:2012年度第二次気球実験(7月30日〜9月22日)
☆03:宇宙研キッズサイト「ウチューンズ」
───────────────────────────────────

★01:宇宙研における構造材料研究


「宇宙科学研究所で働いています」
と言うと、
「あぁ『はやぶさ』で有名なところだよね。関係ある仕事しているの?」
と言われます。
「『はやぶさ』を造っていた頃はまだ大学生ですからね。残念ながら関係無いです」
と答えます。すると
「じゃあ何か他の衛星とかロケットとか造っているの?それとも宇宙で実験したりするの?」
とか聞かれます。それに対して
「いやぁ、自分は材料屋なので衛星とかロケットを直接造っているわけではないのですよ。
 衛星とかロケットに使う構造材料に関する研究をしているのです」
と答えると
「ふーん」
となって終わります。

大抵の場合、構造材料とか材料強度と言うとそれ以上の会話が続かなくなります。たしかに
「天体観測をしています」
「惑星探査をしています」
とか
「ロケットを造っています」
「衛星を造っています」
に比べて
「宇宙用構造材料を研究しています」
は地味かもしれません。でも、宇宙科学プロジェクトの土台を支える大事な研究だったりするのです。

そこで今回は、地味に思われがちな宇宙研での構造材料研究について、非常に簡単ではありますが紹介したいと思います。


 皆さん、宇宙で使われる材料というと宇宙使用に特化した最先端の材料が使われていると想像することでしょう。意外に思われるかもしれませんが、構造材料の場合、地上での使用実績が十分にある信頼性の高い材料が使われることが殆どだったりします。

宇宙プロジェクトは基本的に失敗の許されない一発勝負ですから、信頼性というのは大変重要な要素となります。特に構造材料で何か問題が生じた場合、当然のことですが構造に異常をきたすことになる訳ですから、ミッションの完遂に致命的な影響を与えるケースが多いのです。

その結果、よほどの特殊な事情がない限り、品質が安定している材料、つまり高い信頼性を持って実用化されている材料の使用が望まれるわけです。


 それでは、そのような地上での使用実績十分の材料に対して私達は何をしているのかという話になります。

確かにそれらの材料は、地上での適用範囲内ではその特性に関して十分な知見があります。しかし、宇宙機での使用となると話が若干複雑になります。なぜなら、宇宙機ならではの特殊な極限環境で使用されるケースが多々あるからです。

例えば、衛星のスラスタ材料などは1000℃を超えるような超高温環境に晒されますし、液体ロケットの液体水素燃料タンクに使われる材料ではー253℃の極低温環境に晒されます。

それに加え、宇宙空間では宇宙線被曝の影響や、人類の宇宙活動の負の遺産として宇宙空間を秒速数キロメートルという超高速で飛び交っている宇宙ゴミとの衝突なども想定しなければいけません。そのような特殊環境下における構造材料の力学特性の理解と信頼性の追求こそが私の所属するグループの重要な研究テーマということになります。

そして、そこから得られた知見を実際の宇宙機設計に反映させることにより、縁の下の力持ち的に宇宙研のミッションを支えているのです。


 実際、上記のような過酷な環境に置かれた材料は、通常の使用環境で得られた特性からでは予測できないような挙動を示すことがあります。その例として、液体ロケットエンジンの燃焼器に使われている銅合金の熱疲労破壊があります。

この燃焼器に使われる銅合金はロケットエンジンの燃焼中において数千℃に達する燃焼ガスに晒されます。当たり前のことですが、そのままにしておくと溶けてしまいますので、溶けないように燃料である液体水素を利用して冷却し続けます。その結果、この銅合金は数千℃の燃焼ガスに温め続けられると同時に、ー253℃の液体水素で冷やされ続けることになります。

銅合金にとって更に過酷なことは、ロケットエンジンの製造・検収過程において、この燃焼試験が何度も繰り返されるということです。その結果、この銅合金は、エンジン燃焼中の材料内部の温度差により生じる熱応力による一定応力変形(クリープ)と、複数回の燃焼試験により加わる圧縮・引張りの繰り返し変形(疲労)を受けることになります。

このようなクリープと疲労の2つの変形モードを受けるという事象自体は構造材料としては珍しいことではなく、通常、材料試験としてクリープ試験と疲労試験を別々に行い、それぞれの結果の足し合わせから材料強度設計を行うことができます。

しかし、この銅合金に対して、ロケットエンジンの燃焼サイクルにより生じる負荷状態を再現するようなクリープ疲労実験を行なってみますと(この再現実験そのものがかなり大変なのですが)、これまで用いられてきたクリープ試験と疲労試験の足し合わせから予測される結果より遥かに早く材料の劣化損傷が進展することが分かりました。

このことは、銅合金が受けるクリープ疲労条件が、通常考えられているクリープ疲労条件より過酷な変形を与えていることに起因していると考えられ、現在その詳細を調査中であります。このような想定外の特殊な現象を正確に把握し、宇宙機の設計に反映させることにより、宇宙研の材料屋として日本の宇宙計画に貢献していければと考えています。


 さて、今回紹介したように、材料も極限環境まで追い詰めると普段は見せないような特殊な挙動を示すなんて、追い詰められた人間が本性を表すみたいで何だか親しみを感じませんか?

材料研究者としては、このような材料が慌てふためく様子に出会えることは、材料の本性を探っているようでかなり楽しかったりします。その材料の本性や裏の顔を探る中で、新たな材料科学の発見もあると信じています。

このような経験ができる宇宙研の構造材料研究、結構カッコいいと思いませんか?

(川合伸明、かわい・のぶあき)

‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
※※※ ☆02以降の項目は省略します(発行当時のトピックス等のため) ※※※