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ISASメールマガジン

ISASメールマガジン 第407号

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ISASメールマガジン   第407号       【 発行日− 12.07.10 】
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★こんにちは、山本です。

 去年はもう梅雨が明けていた関東地方、今年はまだ先と予報では言っていますが、週明けの相模原キャンパスは夏本番のような暑さです。

 スーパークールビズの筈なのに、ワイシャツにジャケットのKさんは、エライ人との会議?それともシンポジウムの発表?でしょうか

 宇宙学校・とうがね の翌日に開かれる 阪本先生の講演会。
会場は、客席数1213席の大ホールです。時間に余裕のある方は、是非登録してお出かけください。

 今週は、太陽系科学研究系の加藤 學(かとう・まなぶ)さんです。

── INDEX──────────────────────────────
★01:ISASとJSPECのホームページに最近紹介されている「かぐや」成果論文2編について
☆02:阪本成一教授 講演会【東金文化会館大ホール】(7月16日)
☆03:相模原キャンパス特別公開(7月27日〜28日)
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★01:ISASとJSPECのホームページに最近紹介されている「かぐや」成果論文2編について


 JSPEC月・惑星探査プログラムグループホームページのホットトピックス2012/6/5に「月の化学組成に新しい発見」という記事が載っています。
Nature Geoscience誌に掲載された太陽系科学研究系の大竹真紀子助教らの「かぐや」の分光データを用いた月の進化に関する研究成果の紹介です。

また、「ISAS図書室」のサイト【注】に入るとトップにEarth and Planetary Science Letters誌への新規掲載論文として「月の裏側のトリウム分布について」という「かぐや」のガンマ線分光器データを使った月の進化の研究成果が紹介されています。
(編集注:ISAS内限定のサイトで、ISASのトップページの「研究者のみなさんへ」の宇宙科学研究所図書室よりも詳しいページになっています。)

これらのISAS、JSPECホームページでの紹介は「かぐや」が集めた月全球の種々のデータの解析が進み、月科学における新しい知見が続々得られていることを示しています。しかしながら如何にも短い解説のみであったり、掲載されていますよ、という事実だけです。そこで、これらの論文の見どころ、重要性を紹介しましょう。


 アポロ計画の科学成果によって登場した「マグマオーシャン」説は月の起源と初期進化を説明する説として極めて都合がよい。月だけでなく他の惑星もこのマグマオーシャンを経て進化したとする考えもあります。「かぐや」のデータもマグマオーシャン説が都合がよいことをこれまでも示しています。

今回の2つの論文ではマグマオーシャンの詳細はどうであったか、どこからマグマオーシャンの固化が始まってどのような経路を経たのかに答えています。

月の全球を眺めるとアルベドや地形の違いから、

(1)裏側の大部分から表側の南部に広がる「高地」と呼ばれる部分、
(2)大きなクレータ盆地、特に裏側の南極から南緯20度付近まで広がる「南極エイトケン大盆地」、
および
(3)表側低地に広がる「海」の部分

に容易に分けられます。

ここで紹介する2編の論文は「高地」の部分に関する研究紹介です。
「高地」は月が誕生してマグマオーシャンが固化していったそのままの状態を保存しています。「大盆地」や「海」は、「高地」の形成後に巨大な隕石衝突や地殻内部で加熱溶融して生じたマグマが噴出したものであり、月誕生時の進化を考えるためには「高地」の地質学研究が不可欠です。


 前者の論文では月全球の分光データが解析され、月の真裏にあるディリクレ・ジャクソン盆地とフロイドリッヒ・シャルノフ盆地境界あたりの地形的に見て月で一番標高の高い地域にある輝石中の鉄に対するマグネシウムの比(マグネシウムナンバー)が一番高く、表側の「海」と呼ばれている部分付近まで連続的にその比が低くなっていることを明らかにしました。

高温の液体であったマグマオーシャンから温度が下がるにつれて固体の鉱物である輝石が析出していきます。そこでは最初マグネシウムの比が大きい輝石が析出し、徐々に鉄の割合が増えた輝石が析出することが岩石学の分野で知られています。

したがって、マグマオーシャンは月の裏側中央部分から固化が始まり、表側方向に徐々に進んできたと言って良いことになります。比較的温かな月深部のマントルの上にある冷たい地殻は月の裏側が古くて長い時間に厚く成長していったが、表側は後期までマグマオーシャンが残り薄い地殻が形成されたのみでした。


 後者の論文では月全球のトリウム量の分布をガンマ線分光器で測った結果がまず示されています。裏側の「高地」のトリウム量が最小で表の「海」の部分が最大であるということを従来にない精度で明らかにしました。

トリウムはウランやカリウムと同様に放射性元素であり放出されるガンマ線の強度を測定すれば存在量がわかる元素です。

ウランとトリウムはマグマオーシャンから輝石など鉱物が析出する時、固体の鉱物に濃集するのではなく、液体側に濃集する性格を持っています。従ってマグマオーシャンから最初に固化してできた真裏近くの「高地」には極めて少量のトリウムしか存在しません。

それに対し最後まで液体であった場所、表側の「海」と呼ばれている部分に向かってトリウムは濃度が増加しています。月全球のトリウム濃度のトレンドがマグマオーシャンの固化の進化経路を示していることになります。この論文ではトリウム濃度と地殻厚さが逆相関であることも示しています。


 ここでは2つの違った種類の観測が月科学の一つの問題、マグマオーシャンの進化の問題に取り組んで一致した解答をもたらしたと言えます。それぞれの論文ではお互いをあまり意識していないように書いていますが、それぞれの元素の存在度の違いをもたらした原因となるマグマオーシャンの進化については同じ結論です。


 「かぐや」の観測が始まった初期に月全球の高度と重力観測データの統合解析が既に行われ、月の裏側中央付近に最高地点があること、およびその近辺の地殻は厚く80kmにもなるのに対し、表側では30km程度の薄い地 殻しかないことを明らかにしました。 この事実と今回の2つの論文が示していることは極めて整合性が良く。 「かぐや」の月科学データの統合によって新しい月の進化像を世に示す時期 が近づいているように思えます。 (加藤 學、かとう・まなぶ)

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※※※ ☆02以降の項目は省略します(発行当時のトピックス等のため) ※※※