宇宙航空研究開発機構 サイトマップ

TOP > レポート&コラム > ISASメールマガジン > 2012年 > 第395号

ISASメールマガジン

ISASメールマガジン 第395号

★★☆━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
ISASメールマガジン   第395号       【 発行日− 12.04.17 】
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

★こんにちは、山本です。

 相模原キャンパス研究・管理棟前の「ソメイヨシノ」は、週末の雨にも負けずまだ「お花見」ができそうです。

 風が吹くと花びらが舞い落ちて、なかなか良い風情です。

 新年度当初のイベント「宇宙科学講演と映画の会」が終わり、何だか静かなISASです。新学期も始まったので、見学者も少ない気がして、展示ホールも落ち着いた感じです。(ゆっくり見学するなら、ゴールデンウィーク前がチャンス!?)

 今週は、宇宙飛翔工学研究系の西山和孝(にしやま・かずたか)さんです。

── INDEX──────────────────────────────
★01:数字で見る「はやぶさ」イオンエンジンの旅、そしてこれから
☆02:金環日食を見よう!(5月21日)
───────────────────────────────────

★01:数字で見る「はやぶさ」イオンエンジンの旅、そしてこれから

 プラネタリウム向けの映画に続き、実写版の映画3本が昨年秋から立て続けに公開された小惑星探査機「はやぶさ」ですが、皆さんはいくつご覧になったでしょうか。私は試写会で1回、家族を連れて劇場でも1回と、いずれも2回ずつ拝見して完全制覇しました。

これらの映画では私を含む多くのJAXA職員が監修のお手伝いをさせていただきました。うち1本では私もエキストラ出演したのですが、出演シーンがあまりにも短い一瞬だったのが家族に大うけでした。

それぞれの公開前のマスメディアを使った宣伝の勢いは大したもので、キーワードで「はやぶさ」と設定しておけば毎週いくつものテレビ番組が録画されていました。3社の競作であること自体に話題性があり、インターネットでも
「はやぶさ映画、いったいいくつあるの?」
といった呟きがやまないのを面白く拝見していましたが、それも徐々に沈静化してきたようで少々寂しくもあります。

映画では2時間前後に7年以上の出来事を凝縮するので、作品によっては時間経過を表現しようという配慮が見えるものもありますが、俳優さんたちが歳をとらないので、どうしてもさらりとミッションが完了する印象を受けてしまいます。


 私は「はやぶさ」の日々の運用を行うスーパーバイザーのとりまとめを2003年5月9日の打ち上げ当初から担当しました。探査機運用班長として2010年6月13日の最終運用を迎えたことや、通信途絶からの復活時(2006年1月23日)の運用担当であったこと、良くも悪くも注目を集めたイオンエンジンが専門であることなどから、マスコミや映画関係の問い合わせを受ける機会がたびたびありました。

こういった取材対応や学会での研究発表のために、また、もとはといえばミッション期間中のさまざまな必要性に応じて、「はやぶさ」関連の過去の大量の電子メール(各種メーリングリスト分だけでも重複を排除せずに約2万4千通)を読み返したり、自ら構築したテレメトリデータベースやコマンド送信記録を検索・集計したりすることを幾度となくやりました。

そうするうちに出てきたいくつかの数字を今回まとめてご紹介します。映画だけでは十分に伝わらない7年間60億kmの宇宙の旅の重みを数字で実感していただければと思います。


【イオンエンジン作動実績】

       累積時間  作動回数  最長連続運転時間
スラスタA     7    14     2

中和器A     3244    28  1502
(イオン源Bとのクロス運転を含む)

スラスタB   12809   428  1502
(中和器Aとのクロス運転を含む)

スラスタC    1198   236  1947

スラスタD   14830  1805  1896

宇宙動力航行  25590   420  1948
(1台以上による探査機加速、累積時間は世界記録)

全スラスタ合計 39637(のべ作動時間)


 スラスタDの作動回数が突出しているのは、ミッション初期に見られた高電圧電源の高温時の不安定作動を避けるために、温度が上がったらいったん冷ますためにスラスタDをいったん停止し、冷めたらまた始動することを探査機の自律機能で繰り返す、通称「2.7台運転」の時期があったためです。
イオンエンジンによる「はやぶさ」の加速を行った25590時間は、NASAの技術実証機ディープスペース1(1998年〜2001年)に搭載のNSTARイオンエンジンが樹立した16265時間の記録を塗り替えました。


 通信途絶からの回復後2006年2月8日〜6月15日の姿勢回復・制御では、イオンエンジンからキセノンガスを流出させるキセノンガスジェットを使用しました。このための4つのイオンスラスタバルブの開閉回数は、いずれも56000回以上と推定されます。

この回数に耐えられたのは通常のイオンエンジンで使用するラッチ弁(駆動回数16000回を保証)とは異なる電磁弁(同100万回を保証)を軽量化目的で採用したおかげであり、思わぬところで役立って大変幸運でした。

ちなみに、キセノンガスをメインタンクから下流のサブタンクに小分けにして供給するためのバルブはスラスタバルブと同種のものですが、こちらは7年間に152236回も開閉して、タンクに66.2kg充填したキセノンガスのうち45kg(35kgをイオンエンジン動作、10kgをガスジェット動作)を下流に供給して最終的に宇宙空間に噴射しました。


【探査機運用】

ミッション期間         2592日

総追跡回数           2124回
(コマンド送信端末のセッション回数から算出)

総追跡時間          14284時間
(コマンド送信ログに記載の開始・終了時刻から算出)

総送信コマンド数      233757個
(うち2005年12月9日〜2006年1月23日の通信途絶期間に16411行送信)

総受信データ数      1863641ショット
(1ショット約800バイトのハウスキーピングデータ受信回数)

1日あたりの送信コマンド数 0〜1908個
(最高は2005年11月8日で翌日の画像航法降下試験の準備)

1局での最長連続追跡時間      13時間
(2010年5月26日地球帰還前の軌道修正TCM-2の最中。
 マドリードのNASA深宇宙ネットワークアンテナDSS-65を使用。)


【人員体制】

探査機運用の人員配置は、
相模原の管制室にスーパーバイザー(1〜2名)、
運用当番(1〜2名)、
イオンエンジン当番(1名)、
メーカーからの運用支援者(2〜3名)
を基本としていました。

これらに従事したJAXAの職員、大学院生、研究員などの人数は以下のとおりで、スーパーバイザーとイオンエンジン当番は週替わり、運用当番は日替わりを基本として担当しました。ローテーションを組むための同時在籍者数の最も少ないイオンエンジン当番の負担が大きいことが分かります。

         経験者数 同時在籍者数
スーパーバイザー   26  10〜18
運用当番       95   6〜26
イオンエンジン当番  10   3〜 6


 飛行機の操縦士の飛行時間のようなものですが、スーパーバイザー経験者全員について運用担当時間を概算してみました。どれだけ長時間探査機運用に従事しても、そのこと自体が評価されることはないので、なにかの機会に記録にとどめておきたいと以前から考えていました。名前と担当時間(括弧内)のリストを以下に掲げるとともに、メンバー全員の協力に改めて感謝します。

均等に負担するローテーションを組んでいましたが、メンバーの出入りがあったり長期間研究のために運用現場を離れたりして、チームへの参加期間が異なるために時間数はさまざまです。2006年のスピン安定で平穏無事な休眠運用中には、月探査機「かぐや」のメンバー数名に探査機運用の実地研修を兼ねて助っ人として参加してもらいました。


 「はやぶさ」スーパーバイザーの運用担当時間一覧(敬称略)
西山和孝(1670)
岡田達明(1380)
安部正直(1330)
矢野 創(1280)
森 治 (1100)
吉光徹雄(1000)
津田雄一( 990)
橋本樹明( 750)
久保田孝( 740)
早川雅彦( 650)
吉川 真( 640)
坂東信尚( 630)
大槻真嗣( 510)
竹内 央( 500)
尾川順子( 350)
森本睦子( 330)
船瀬 龍( 320)
船木一幸( 270)
岡本千里( 260)
照井冬人( 230)
中谷幸司(  80)
佐伯孝尚(  80)
齋藤 潤(  60)
大竹真紀子( 60)
春山純一(  30)
岩田隆浩(  30)


 はやぶさ帰還後に一気に国内で知名度の上がったイオンエンジンですが、世界的にどういう状況にあるかまで正確に理解されているとは言えないようです。「はやぶさ」のイオンエンジンが世界初で唯一のように誤解されている場合すらありますので、以降は現状認識のための解説をしたいと思います。


 前述のディープスペース1が深宇宙での主推進としてイオンエンジンを使って最初に飛翔したものですが、それよりもずっと以前の1964年の弾道飛行ロケットを使ったNASAの実験を皮切りに、米欧日で地球周回衛星での技術実証や商業利用がされてきています。

当初は、静止衛星の南北軌道制御という軌道の微調整が主な用途でしたが、ディープスペース1、はやぶさ、スマート1(ヨーロッパ宇宙機関の月探査機)といったイオンエンジンやホールスラスタなどの電気推進を主推進として使う実証ミッションが相次いて実行されました。

ディープスペース1の成功を受けて、同じNSTAR30cmイオンエンジンを3基搭載した本格的な小惑星探査機ドーンが2007年に打ち上げられ、2011年には小惑星帯のベスタに到着して現在も観測が進められています。ベスタの観測を終えると次は小惑星帯最大の準惑星ケレスに向かう予定ですが、すでに「はやぶさ」同等の宇宙動力航行時間に達している模様です。

2009年に打ち上げられ、イギリスのイオンエンジンを搭載したヨーロッパ宇宙機関の地球重力場観測衛星GOCEは、高度260kmの低軌道の希薄大気の抵抗を打ち消すように、常時イオンエンジンを作動させて「低空飛 行」を2年以上も続けており、延長ミッションを今年末まで続行予定です。


 このように惑星探査や低軌道で電気推進が主推進として活躍し始める中、静止衛星が打ち上げロケットの不具合で軌道投入に失敗して低い軌道の周回しかできない状態に陥った際に、電気推進が本来計画した役目とは違うものの、時間をかけて衛星を静止軌道まで押し上げることで衛星を見事復活させるケースも出てきました。

2001年打ち上げのヨーロッパ宇宙機関の衛星アルテミスでは、ドイツとイギリスのイオンエンジンが2つずつ搭載されていましたが、ロケットの不調による想定外の激しい振動で一部が壊れたイオンエンジン同士を使ったクロス運転を行ってまで18ヵ月もの間衛星を徐々に加速して静止化に成功して、なお10年間の南北軌道制御に必要なキセノンを確保できました。

2010年打ち上げのアメリカ空軍の通信衛星AEHFは衛星搭載の化学推進の不調のため、代わりにホールスラスタを使って14ヶ月かけて静止軌道への投入に成功しています。


 これらの成功事例を受けてか、この原稿を書いているうちに驚くべきニュースが飛び込んできました。なんとアメリカのボーイング社が静止軌道投入のための化学推進系を撤廃した、小型の「オール電化」静止衛星4機を香港とメキシコの会社から受注したそうです。小型といっても打ち上げ時1800kgの衛星ですが、その2倍の質量規模の従来型衛星と同等の荷物を積むことができるとのことです。

それは、従来型衛星であれば2000kgの化学燃料が静止軌道投入用に必要なところを、電気推進のみで軌道投入から南北軌道制御までのすべてをまかなうことで300〜350kgのキセノンガスを搭載するだけですむようになるためです。衛星の質量が半分になることで、ロケット1機で一度に2機の静止衛星を打ち上げられるため、大いにコスト削減できます。静止軌道到達まで4〜6ヶ月かかるデメリットを補って余りあるメリットと判断されます。

「オール電化」に先立ってボーイングは、化学・電気推進併用型の大型静止衛星を1999年以降これまでに18機作っていて、それらにはそれぞれ4基ずつの25cmイオンエンジンが搭載されています。また、1997年以降打ち上げた15機の中型静止衛星には4基ずつの13cmイオンエンジンが搭載されています。これらの大量生産実績を積んだ上でオール電化へとさらに前進するわけです。


 さまざまな場面で電気推進が主推進として本格的に世界中で使われる時代になりました。我々もうかうかしていられません。幸いなことに工学試験機「はやぶさ」の開発・運用経験者がJAXAにもメーカーにも残っているうちに、本格的な探査機「はやぶさ2」に着手することができました。私もイオンエンジンの主担当として、「はやぶさ」での数々の教訓を生かして「はやぶさ2」の開発に取り組んでいるところです。

推力の小さな電気推進では長時間動作が宿命的であり、運用の効率化が重要ですが、その上で「はやぶさ」同様に理学・工学問わず大勢(とも言えませんが・・・)の研究者で広く浅く負担するのか、それとも運用に専念する少数精鋭に任せるのか、運用体制についてもまさにこれから議論・検討を開始しようとしています。


(西山和孝、にしやま・かずたか)

‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
※※※ ☆02以降の項目は省略します(発行当時のトピックス等のため) ※※※