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ISASメールマガジン

ISASメールマガジン 第379号

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ISASメールマガジン   第379号       【 発行日− 11.12.27 】
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★こんにちは、山本です。

 2011年最後のISASメールマガジンです。

 米科学誌サイエンスが発表した科学10大ニュース「今年の画期的成果」で、小惑星探査機「はやぶさ」が持ち帰った微粒子の分析が2位にランクインしました。

 東日本大震災以来、暗いニュースが多かったのですが、明るいニュースで来年を迎えることが出来そうです。

 今週は、宇宙航行システム研究系の川勝康弘(かわかつ・やすひろ)さんです。

 先月(2011年11月24日)運用を終了した 赤外線天文衛星「あかり」
 2006年2月22日に、M-V-8号機で打ち上げられた直後から、「あかり」が『開眼』するまでをお楽しみください。


 来年は 1月3日号からスタート予定です。

 震災からの復興には、まだまだ時間がかかると思いますが、2012年は良い年を迎えられますように

── INDEX──────────────────────────────
★01:あかり開眼!
☆02:田中靖郎宇宙科学研究所名誉教授、日本学士院会員に選ばれる
☆03:S-310-40号機打上げ成功!
☆04:「はやぶさ」カプセル等の展示スケジュール
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★01:あかり開眼!


 2011年11月24日、赤外線天文衛星「あかり」に停波指令が送られ、「あかり」の運用が終了しました。打上から5年9ヶ月。全天サーベイ観測による「赤外線天体カタログ」の作成等、ミッションを完遂しての大往生でした。

 私は姿勢制御系の担当として「あかり」の打上・初期運用に参加しました。いま振り返ると遠い昔の話ですが、鮮明に覚えている場面もあります。その出来事を紹介したいと思います。


 2006年2月22日6時28分、「あかり」を搭載した M-Vロケット8号機が内之浦から打ち上げられました。ロケットの飛行は順調。打上から約20分後、オーストラリア・パースの地上局で予定どおり衛星からのテレメトリを受信しました。


 「太陽センサの出力、安定してませんね。」


 最初の異変でした。打上直後は衛星がもっとも危険な状態にある場面の一つです。ロケットからの分離後、すみやかに姿勢を確立して太陽電池を太陽に向け、電力を確保する必要があります。太陽方向を検知する太陽センサは、そのために必須の機器です。


 打上げから約150分後、南米チリ・サンチャゴ局での運用。正常に進行していれば、「あかり」は太陽を捕捉し、安定な状態になっているはずです。


 「太陽捕捉、完了していません!
  しかしセンサは太陽を中心に引き込みつつあります。」


 なんらかの理由で手順が遅れているようですが、太陽センサの視野の中心に太陽がくるような姿勢になれば太陽捕捉は完了、ひと安心です。


しかしその時です。

 「太陽を見失いました!」

 視野の中心に太陽が近付いたところで、太陽からの光が消えてしまったのです。しばらくすると視野の端にまた太陽があらわれ中心に向かっていきます。ずっとこの動作を繰り返していたようです。しかし悠長なことは言ってられません。

このようなことを繰り返してると早晩バッテリに蓄えた電力を使い尽くし、衛星は機能を停止してしまいます。何か手を打たなければいけませんがサンチャゴ局からの運用時間は10分しかありません。

 「今だ!そこで止めて!」

NECのエンジニアのとっさの判断で衛星の姿勢の動きを止めるコマンドが打たれました。太陽捕捉は完了していませんが、太陽電池はほぼ太陽の方向を向いているので、必要な電力は確保できそうです。「あかり」は頓死の危機を脱しました。


 太陽センサの調子は悪いようですが、我々はある見通しを持っていました。問題の太陽センサは、初期運用と異常の発生時にだけ使用する予定の、精度の粗い太陽センサでした(以降、「粗」太陽センサと呼びます)。観測時には、より精度の高い別の太陽センサ(精太陽センサ)を使用する計画だったので、そちらが使える状況になれば予定どおりの運用に戻ることができます。


 問題は精太陽センサの視野がとても狭いことでした。この状況でその視野に太陽を追い込むのは難題でした。慣性センサ、地球センサ、地磁気センサ、恒星センサ。計画していた手順とは異なるためいろいろ苦労しながら、搭載しているセンサを総動員して衛星の姿勢を整えていきました。


 しかし、どうも変でした。姿勢精度が上がり、精太陽センサが太陽を捉えてもおかしくない状況になっても一向に太陽を検知しないのです。かすりもしません。残念ですが、精太陽センサも太陽を検知できない状況にあると結論せざるを得ませんでした。


 同じ「太陽センサ」という名前が付いていても、これら2つのセンサの仕組みはまったく異なります。両方が同時に故障してしまうということは考えにくいことでした。さらに、これら太陽センサと同じく衛星の太陽に面する側(太陽面と呼びます)に搭載された機器にも様々な異常が発生していることがわかってきました。

太陽電池の出力が低め、機器の温度が高め、アンテナの性能が悪め。太陽センサの問題を除いては衛星の機能・性能に深刻な影響をおよぼす問題ではありませんでしたが、正常でないことは明らかでした。すべての事象に独立な要因があるとは、ますます考えにくくなりました。


 「太陽面の一部が何かに覆われている。」


信じ難いことでしたが、いちばんシンプルな説明でした。事態は深刻です。



 ここで一服。以降の話題に関係する「あかり」の特徴を説明しておきます。

「あかり」は赤外線天文衛星です。遠くの星が発する微弱な赤外線まで検知するため、望遠鏡を極低温に冷やしておく必要があります。「あかり」では機械式冷凍機と液体ヘリウムを用いて望遠鏡を冷却していました。冷媒の液体ヘリウムは望遠鏡を冷やしながら少しずつ蒸発し、一定期間後になくなります。


 ところが一つ大きなリスクがあります。何か問題が発生して望遠鏡に太陽光が射し込むようなことがあれば、液体ヘリウムが一気に蒸発して以降の観測ができなくなってしまうのです。このような事態を避けるため、観測運用中の「あかり」は望遠鏡の横から太陽光があたるような姿勢をとることにしました。

望遠鏡の横方向に視野をもつ2つの太陽センサは、その視野に太陽をとらえて太陽の方向をしっかり監視します。何か問題が発生した場合には、まず精太陽センサを用いて、それがうまくいかない場合でも粗太陽センサを用いて、その視野の中心に太陽がくるように姿勢を制御します。こうすることで太陽を望遠鏡の横方向にとらえ、望遠鏡に太陽光が射し込むことがないようにしました。

つまり、精太陽センサ、粗太陽センサが二重のガードになって液体ヘリウムを守る設計になっていました。また望遠鏡が太陽方向を向くことが避けられない初期運用のあいだは、望遠鏡に蓋(アパーチャリッドと呼びます)をして太陽光の入射を防ぐことにしました。アパーチャリッドは観測開始時に切り離します。


 これで予備知識は整いました。そろそろ運用に戻りましょう。



 初期の危機を脱したとはいえ、「あかり」が観測を開始するまでにはまだハードルがあります。観測に適した高度まで衛星の軌道を上げなくてはなりません。軌道制御運用が終わり観測軌道に到達したところで、アパーチャリッドをはずして観測が始まります。


 ゆっくりしていられない事情もありました。アパーチャリッドが装着されている状態では望遠鏡の温度が高めなので、液体ヘリウムの蒸発が速いのです。液体ヘリウムの減少は観測時間の短縮を意味します。早く軌道制御を開始して観測軌道に到達しなければなりません。


 一方で衛星の状態はというと、残されたセンサの調整も進み姿勢精度も向上してきましたが、まだ万全といえる状態ではありません。また太陽センサを使用できなくなってしまったという状況が、運用メンバをとても慎重にさせていました。


 「ミスは許されない。丁寧に行こう。」


そのような雰囲気が、軌道制御というクリティカルな運用に踏み出すことをためらわせていました。


 ある日の運用後の会議、思い切って質問を投げかけてみました。


 「あす軌道制御のリハーサルができないとすれば、その理由は何だろうか?」


 当然のように、もっともな懸念が返ってきました。こうしてはだめか、ああしてはどうか、ねばりづよく議論をつないでいくうちに、みな本気になってきました。数多くのリスクがあぶりだされ、それに対する数多くの対処・解決方法が発案・議論され、長い議論が終わりました。


 翌日、軌道制御リハーサルが実施されました。打上から5日目、反攻開始です。


 軌道制御は順調に進み、打上げから11日目、ついに「あかり」は観測軌道に到達しました。恒星センサの調整も進み、観測に必要な姿勢精度を実現する見通しもついてきました。


 しかし大きな問題がひとつ残っていました。望遠鏡への太陽光入射の問題です。アパーチャリッドの分離後、望遠鏡は太陽光の入射に対して無防備になります。

姿勢制御系が正常に機能している間は問題ありませんが、太陽センサの二重のガードが使用できなくなったいま、なにか異常が発生した時に望遠鏡を守る手立てはありません。観測を開始することはできるかもしれませんが、たった一つの異常で液体ヘリウムをすべて失ってしまうかもしれない、脆弱なシステムになっていました。



 そんなある日、軌道制御も完了し、打上げ後はじめての休暇が与えられました。

内之浦港の岸壁にすわり、ぼーっと海を見ていた私のそばを、観測系の若手研究員が通りかかりました。いつごろ観測を開始できるかについての会話のあと、先ほどのことを考えていた私は、近くの細い桟橋を指して言いました。


 「でもね、アパーチャリッドをはずしたあとの『あかり』は、目をつむって
  あの桟橋を歩いていくようなもんなんだよ。」


その意味を説明した私に彼がぽつりと言いました。


 「では運用のあとはいつも『今日取れたデータが最後になるかもしれない』、
  そう思いながら家に帰ることになるのですね。」


責めるでもないつぶやきが痛烈でした。これだけ太陽センサが重要な役割をはたすミッションにおいて、その両方が使えなくなってしまったのだから、ある程度のリスクが残るのは致し方ない。ここまでがんばったのだから上出来ではないか。そのような先入観から無意識のうちに思考を止めていた自分に気付かされました。


 なにか方法はないか。もう一度考えてみることにしました。



 問題は衛星の姿勢を算出する機能でした(姿勢決定系と呼びます)。観測に必要な高い精度を得るためには、恒星センサ2台と慣性センサを使う必要があります。通常の観測中はこの系統を使用します(主系と呼びます)。

精度の高いセンサはもう残っていないので、同等な系統をもうひとつ準備することはできません。しかし望遠鏡への太陽光入射を防ぐためだけであれば、そこまでの精度が必要なわけではありません。このために必要な精度であれば、残っている地球センサ1台と慣性センサで実現することができます。

主系に問題が発生した場合には、観測を中断して望遠鏡への太陽光入射を防ぐことに徹する。このような立場に立てば、主系に異常が発生した時に使用する系統(従系と呼びます)はこの構成で充分です。


 残る問題はひとつ。いかにして主系の異常を検知し、従系に切り替えようと判断するか。主系が算出した姿勢と従系が算出した姿勢を比較するだけではうまくいきません。両系が算出した姿勢が異なっていたとしても、どちらが間違っているのかが判断できないからです。間違っているかもしれない従系に切り替えるわけにはいきません。

姿勢決定系をもう一系統準備できれば多数決がとれますが、そのために必要な慣性センサも計算機も残っていません。


 しかし「主系があやしい」という警報を出すだけであれば、主系を監視するセンサを一つ用意することで実現できます。主系が算出する姿勢から予想される監視センサの出力値を、監視センサの実際の出力と比較すればよいのです。もちろん両者の値が異なっている場合、監視センサが間違っている可能性もあります。

しかし監視センサと「独立に」従系を準備しておけば、従系にも同時に異常が発生している可能性は低いと考えられるので、比較的安心して従系に切り替えることができます。主系とも従系とも独立な監視センサ。主系にも従系にも組み入れていない地球センサがひとつだけ残っていました。パズルのピースがはまりました。


 こうして液体ヘリウムを守るセーフティネットの準備ができました。



 搭載ソフトウェアの改修・試験が完了した4月、ふたたび内之浦に運用メンバが集結しました。アパーチャリッドの分離運用のためです。

 「3、2、1、アパーチャリッド分離!」

 「反動で姿勢が動きます。予測どおり。分離、正常です。」


 その時です。観測系から歓喜の声があがりました。

 「どんどん星が受かっています!!」



 2006年4月13日、あかり開眼!


(川勝康弘、かわかつ・やすひろ)

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※※※ ☆02以降の項目は省略します(発行当時のトピックス等のため) ※※※