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ISASメールマガジン

ISASメールマガジン 第352号

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ISASメールマガジン   第352号       【 発行日− 11.06.21 】
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★こんにちは、山本です。

 東京や相模原は 「梅雨寒」が続いていたので 「クールビズ」なんて構えなくても大丈夫だったのですが、今週に入り 流石に蒸し暑くなり、風通しの悪い廊下などでは 汗が滲んできます。

 夏の過ごし方を 考えて、熱中症にならないように 対策しなくては

 今週は、宇宙航行システム研究系の津田雄一(つだ・ゆういち)さんです。

── INDEX──────────────────────────────
★01:セイル展開技術と歩んだ14年
☆02:「あかり」の科学観測終了について
☆03:「はやぶさ」カプセル等の展示スケジュール
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★01:セイル展開技術と歩んだ14年


 最近自宅の狭いベランダで、プチトマトを育てています。5月初旬にプランターに苗を植えると、小さな苗は見る間に太く立派な茎と葉に成長し、6月9日に黄色いきれいな花をたくさんつけました。


 私は昨年打ち上げて世界初のソーラーセイルによる深宇宙航行を達成したIKAROSの開発に携わり、またその研究母体であるソーラーセイルワーキンググループという研究チームで活動をしています。

 私がJAXAで、このソーラーセイル計画に関わったのはまったくの偶然でした。

 14年前、大学生の時、宇宙工学をかじり始めた私は、大面積の膜面に薄い太陽電池をいっぱいに貼って、冥王星を探査する宇宙船の実現性について研究していました。


 冥王星はとても太陽から遠い天体ですから、太陽の光の強さもとても小さい。それでも探査機が動作するのに必要な電力を十分まかなうには、1万平米以上というとてつもない広さの太陽電池が必要、と試算していました。

 一方で探査機の重さはというと、非常に軽くないととても冥王星までは届かない。そこで、とても薄いシート状の太陽電池を直径200mという巨大な膜面上に貼り付けて、その膜面を膜そのものが回転することによる遠心力を使って広げ続けることで、軽くて大面積発電ができる探査機を実現できるのではと考えたのでした。

 そのときに、効率的に折り畳め、遠心力で広げやすい膜面の折り方も考案しました。この折り方を編み出すために、時には研究室で、時には家のコタツで、時には喫茶店で、何枚も何枚も折り紙を折っていたことを今でも覚えています。


 しかしさすがに当時の私は、この研究はアイディアの域を脱しない、およそ実現性などない学生レベルの夢想に過ぎないと思っていました。

 当時私が所属していた研究室は小さな人工衛星を作る計画がありました。その一号機に、小さいながらもこの遠心力展開方式の膜面太陽電池を載せようと、当時の研究室の仲間とともに提案しました。直径200m級の膜で冥王星に行くなんて途方もない話をする前に、1m四方の膜を地球周回軌道上で展開させてみようというわけです。

 実験もしました。いろんな膜面材料を集めてきて、屋外でヒモに吊るした膜面をモーターで回転させ、遠心力で展開させる実験をしましたが、なかなかうまくいかない。薄膜電池を膜面に貼って発電させるのも、意外と難しいことでした。ほどなく、小さな人工衛星として仕立てあげるには難しすぎる、ということでこの計画は諦めてしまいました。


 その後、私はJAXAに就職しました。

 全く新しい仕事が待っていると思っていたところ、携わることになったのは「ソーラー電力セイル」計画。見ると、直径50mの薄膜太陽電池を遠心力展開することで、木星を探査するのだという。ちょっとした安心を覚えました。

 一学生が考えた冥王星探査のアイディアがそれほどひどいアイディアではない。とても似たアイディアを、ずっと深い思考レベルで、プロの研究者たちが研究していたのですから。


 JAXAのソーラー電力セイルのアイディアは、薄膜電池で発電するだけでなく、その大面積で受けた太陽光圧でヨットのように加速もする、というものでした。そこには私には到底想像もできないアイディアがいっぱい詰まっていて、具体的に実現性が見える計画でもありました。

 JAXAで発足したばかりだったこのソーラー電力セイル計画に、早速、私は冥王星探査機のときに考えた膜の折り方を提案しました。

遠心力だけで薄くて広い膜が展開するか?

そのことを確認する実験ひとつをとっても、宇宙研の設備は充実したものでした。就職1年後には内之浦から打ち上がる観測ロケットで10m級セイルの展開実験ができたし、その後も大気球やM-Vロケットを用いた実験もできました。


 そして2010年5月、木星探査のためのソーラー電力セイル計画の前哨戦として、IKAROSが打ち上がりました。もちろん私はこの計画に一も二もなく参加しました。セイルの折り方をはじめ、展開システムや薄膜電池技術など、ソーラー電力セイル技術開発に携わったメンバーのたくさんのアイディアが結集した探査機ができ上がりました。

 私として嬉しいのは、14年前の学生時代から積み上げてきた実験や研究による知見がこのIKAROSにすべて詰まっていること。

大成功。
2010年6月9日、IKAROSの10m級セイルはきれいに展開しました。私にとっては、13年育てた花が、ついに大輪を咲かせた瞬間でした。それが、SFの領分でしかなったソーラーセイルという技術の実現性を、日本が世界に対して拓いたことと重なったことが、望外の幸せです。


 IKAROSのセイル展開1周年にあたる今年の6月9日、我が家で開花したプチトマトは、いま小さいけれど真赤に熟した実をたくさんつけ始めています。手塩にかけて育てた果実の、収穫の時を感じています。

 今度は、もっと大きな花の咲く苗を、育ててみたいなと思っています。もちろん、プチトマトを育てたのと同じプランターに。

(津田雄一、つだ・ゆういち)


小型ソーラー電力セイル実証機IKAROSプロジェクトの情報はこちら:
JAXAのプロジェクト紹介サイト
新しいウィンドウが開きます http://www.jaxa.jp/projects/sat/ikaros/index_j.html

IKAROSプロジェクトサイト:
新しいウィンドウが開きます http://www.jspec.jaxa.jp/ikaros_channel/

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※※※ ☆02以降の項目は省略します(発行当時のトピックス等のため) ※※※