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ISASメールマガジン

ISASメールマガジン 第349号

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ISASメールマガジン   第349号       【 発行日− 11.05.31 】
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★こんにちは、山本です。

 関東地方は、観測史上2番目という5月中の梅雨入り、また大型台風もやって来て、傘が手放せない毎日です。
 東日本大震災の被災地には、これ以上の被害がないように願っています。

 話は変わって
 毎年恒例の相模原キャンパス特別公開の日程が決まりました。

 7月29日(金)・30日(土)

の2日間開催されます。詳細は、後日発表します。

 今週は、固体惑星科学研究系の白石浩章(しらいし・ひろあき)さんです。

── INDEX──────────────────────────────
★01:月面に置かれた5枚の鏡
☆02:赤外線天文衛星「あかり」(ASTRO-F)の電力異常について
☆03:「はやぶさ」カプセル等の展示スケジュール
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★01:月面に置かれた5枚の鏡 〜40年前の迷子を発見?〜

 このメールマガジンを購読されている皆さんであればご存知かもしれませんが、月と地球の間の距離は少しずつ遠ざかっていっています。どれぐらいかというと1年間に約3cmというごくわずかなものですが、確かに遠ざかっているのです。

 その裏返しとして地球の自転速度が次第に遅くなっていることはあまり知られていないと思いますが、その昔、月は地球のごく近くにいたことや、地球の自転速度が現在よりずっと早かった(つまり、1日は24時間より短かった)という話は耳にしたことがあるかもしれません。古典書に記された日食や月食の起こった日時を丹念にたどっていくと、有史以来の地球や月の軌道運動についてもある程度知ることができます。

 ところで、地球と月の距離をどうやって測定しているのかご存知でしょうか?


 今から約40年前、アメリカが送り込んだアポロ宇宙飛行士たちは月面での地質調査・写真撮影、岩石や砂の採取とともに科学観測機器を多数設置してきました。各号機によって設置された機器の組合せは異なりますが、その中に「コーナーキューブ」と呼ばれる反射鏡のような機器があり、アポロ11、14、15号着陸地点にそれぞれ設置されました。

 月面に向かって地球から強いレーザーパルス(光と同じスピードで進みます)を送ると、このコーナーキューブで反射された光が折り返されて地球の望遠鏡で受けることができます。その往復時間差から月と地球の距離を測定することができるのです。

 アポロミッションはもうとっくに終わったと思われていますが、実は唯一にしておそらく今後何十年間も継続される(はずの)観測がひっそりと行われているのです。レーザー光と望遠鏡の性能を改良しながら測定精度を高める努力も着実に続けられていて毎年研究成果も発表されています。


 観測原理は「光を使って距離を測る」という単純なものですが、長年の観測から地球ー月系の軌道運動、月の自転運動、さらには一般相対性理論の検証などさまざまな分野の研究に利用されています。

 「コーナーキューブ」自体は複雑な構造を必要とせずシンプルかつ比較的軽量な機器のため、月着陸機に搭載する機器として必ずと言っていいほど提案されます。ちなみに、JAXAが計画している 月着陸探査機「SELENE-2」ミッションでも候補になっています。

 ただし、念のためですが実際の観測にはかなり強力なレーザー発生装置と専用望遠鏡が必要になるため、皆さんが個人で所有しているようなレーザー光(プレゼンテーションで使うポインタもその一種)や天体望遠鏡ではかなり難しいことをお断りしておきます。


 一方、当時のソビエト連邦(現在のロシア共和国)は、政治的軍事的な思惑も相まってアメリカと有人月探査の先陣争いにしのぎを削っていましたが、こと科学観測については両国の研究者達に一定の協調関係が存在していたようです。

 つまり、旧ソビエトが1970年と1973年に月面に送り込んだルノホートと呼ばれる2台の無人月探査車(ローバー)にもこのコーナーキューブが搭載されていました。ルノホート2号のコーナーキューブには、アポロミッションで設置されたキューブと同様に過去30年以上に渡って月と地球の距離を測定するために利用されてきました。

 しかし、ルノホート1号に搭載されたコーナーキューブにはいくらレーザーパルスを送っても戻ってくることがなかったため、ずっと測定には利用されていませんでした。「雨の海」に着陸したルノホート1号は月面を約10km走行しながら地球に画像を送ったり、いくつかの科学観測も行ってミッション自体はうまくいっていたのですが、約11ヵ月後に地球からのコマンドに応答しなくなってしまい、それ以来40年間行方不明だったのです。


 ところが、2010年3月アメリカの月周回探査機ルナーリコネッサンスオービターの高分解能カメラが、ルノホート1号本体と月面を走行したらしき痕跡(轍)を撮影したとの報告がありました。それを聞きつけた研究者が予想される地点に向かってレーザーパルスを送ったところ、なんと反射光を検出することができたのです。しかも、ルノホート2号のそれよりもずっと強いパルスが返ってきたというのですから驚きです。

 当時、探査車が走行途中で転んだためキューブが地球側を向かなくなってしまった、舞い上がったレゴリスがキューブを汚してしまったため反射パルスが低下してしまった、など測定不能の原因には諸説あったようですが、今回の発見から旧ソビエト側がそもそも目標地点を誤っていたのかもしれません。


 3年前にこの探査車を開発製造を担当したロシアのラボチキン研究所を訪れる機会があり、会議の合間に付設の博物館を見学させてもらったことがあります。博物館には過去の惑星探査の輝かしい歴史を物語るモックアップが展示されています。ただし、ロシアになってから成功裡に終わった惑星探査ミッションはなく、残念ながらすべて旧ソビエト時代のものでしたが。

 往時の研究者自らがミッション1つ1つの成功物語を説明していくと、しばらくして「ルノホート3号」と紹介されたコーナーにたどりつきました。そう、ルノホート1号と2号に万が一のことがあった場合のバックアップとして用意された探査車の「現物」でした。


 美しい対称性と芸術的なフォルムを兼ね備えた宇宙研歴代の科学衛星と比べると、いかにも無骨でお世辞にも「かっこいい」と呼べる代物ではありませんが(失礼!)、その重厚感たるや私が子供の頃に遊んだ超合金製のおもちゃをさらに巨大化したようで、電源を供給すると今にも動き出しそうな雰囲気です。

 間近で見ながらこれが40年も前に月面を走行したのかと思うと旧ソビエトの技術力の高さに感銘を受けたものでしたが、「ルノホート1号発見」のニュースを聞いてそれを思い出したのです。

 旧ソビエトは無人探査機で月サンプルリターンを2度も成功させましたが、結局有人探査の夢だけは成し得ないまま月探査計画を終えることになったのはご存知のとおりです。政治や経済の混乱の中でロシアでの宇宙開発は宇宙ステーションを除くとしばらく停滞しているように感じていましたが、今年11月の火星探査機の打上げを皮切りにロシアはいよいよ本格的な月・惑星探査を再開する機運が高まっているようです。

(白石浩章、しらいし・ひろあき)

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※※※ ☆02以降の項目は省略します(発行当時のトピックス等のため) ※※※