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ISASメールマガジン

ISASメールマガジン 第346号

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ISASメールマガジン   第346号       【 発行日− 11.05.10 】
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★こんにちは、山本です。

 久しぶりの相模原キャンパス.正門の向こうに続く「カツラ」の並木が緑のトンネルになっていました。「アメリカハナミズキ」は盛りを過ぎ、今は「ミズキ」でしょうか。

 連休中に 東映で「はやぶさ」映画の制作発表がありました。新聞の記事によると、「はやぶさ」関連の映画は 4本も上映されるそうです。
 1本目は、先週号でお伝えした
平面版「HAYABUSA - BACK TO THE EARTH - 帰還バージョン」ですね。

 今週は、宇宙構造・材料工学研究系の奥泉信克(おくいずみ・のぶかつ)さんです。

── INDEX──────────────────────────────
★01:蜘蛛の糸で宇宙を飛ぶ
☆02:「はやぶさ」川口プロマネからのメッセージ
☆03:「「はやぶさ」カプセル等の展示スケジュール
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★01:蜘蛛の糸で宇宙を飛ぶ

 縁あって宇宙研に勤めることになってから、「あかつき」や「IKAROS」などの衛星や探査機の構造や機構の開発と、宇宙構造物や機械構造物の力学に関係する研究を行っています。両者は具体的な対象だけでなく、考え方や進め方も違うので、なかなか直結できませんが、たまには開発の中で研究のきっかけをつかむことがあります。今回は研究的な立場から宇宙展開構造物について書いてみたいと思います。

 衛星や探査機(まとめて宇宙機とします)は、ロケットで打ち上げられるときの大きさや重さなどの制約を満たし、加速度や振動、衝撃に耐えなければいけません。宇宙機の構造は、構体と呼ばれる箱型構造と、その上に搭載される様々な搭載機器とに分けられますが、構体は宇宙機を形作り、打上げに耐える重要な基盤であり、特に必要がない限り新しい技術を導入することはほとんどありません。打上げ方式に大きな変化が無い限り、現在の箱型構造が続いていくのではないかと思います。宇宙に出てからロボットアニメの変形シーンのように構体の形を大きく変えられると面白いかもしれません。

 一方で搭載機器には、ミッションの高度化に対応して新しい技術を導入していく必要があります。搭載機器は、広大で大きな力がかからない宇宙空間で最大の機能を発揮すべきなので、アンテナや太陽電池など長さや面積が大きい方が有利な機器は、打上げ後に伸ばしたり広げたりできる展開構造にすることが有効です。展開構造には、研究として大きな発展性があるのですが、大型化や軽量化、高精度化の要求も尽きることがないので、実機を開発するとなると大変なことになります。

 ここで、展開構造物を大まかに分類してみます。
・1次元展開:1方向に折り畳み・展開される直線状の構造物
・2次元展開:2方向に折り畳み・展開される平面状の構造物
・3次元展開:いろいろな方向に折り畳み・展開される立体的な構造物

 1次元展開の代表は伸展ブーム(支柱)です。アンテナや観測装置を伸ばす支柱、大型展開構造物の支柱などに使われます。いろいろなタイプが開発されていますが、繰り出しにはモーターやメカが必要です。また、一般的な太陽電池パドルなど、蛇腹折りのパネルを1方向に広げる方式も1次元展開とします。ヒンジで連結された複数のパネルをばね力にまかせて自然に展開させると、二重振り子のカオス振動のような複雑な運動が起きるので、安定に展開させるためのメカも必要になります。

 2次元展開は大面積の展開構造に有効なはずですが、厚みのあるパネルの折り畳みに不向きなためか、あまり使われていないようです。2次元展開の一つに有名なミウラ折りがあり、過去に宇宙で展開実験に成功し、今でも研究は続いていますが、宇宙での実用化には至っていません。太陽電池の面積を増やすには、1次元展開式のパドルを長くするか、太陽電池を貼った膜面を伸展ブームで展開する方式が使われています(日本では不具合があったため最近は使われません)。

 3次元展開には、実用化された例として「きく8号」の大型展開アンテナがあります。大型展開アンテナをモジュールに分割し、傘のような展開トラスと金属メッシュ、ケーブルからなる構造をモーターやばねを使った複雑な機構で展開させました。このような複雑なアンテナ展開構造は非常に挑戦的で、高い精度も要求されるため開発が困難です。

 新しい大型展開構造物の方式として最近研究されているのが、膜面を使った展開構造物です。膜面は軽くて折り畳めるので、軽量な大型構造物を効率よく構築できる可能性があり、アメリカではGossamer(風に乗って飛ぶ蜘蛛の糸のように軽い)構造物と名付けられています。筒状の膜を丸めたり折り畳んだりすれば伸展ブームになり、膜面にフィルム状の太陽電池を貼ったものを折り畳めば展開型太陽電池パドルになります。立体的な大型構造物も折り畳むことが可能になります。ミウラ折りなどの折り紙の技術も応用できます。折り畳み・展開の方法,展開するときの運動,展開した後の形状の予測など、たくさんの研究課題があります。

 膜面構造物の展開方法には、複雑なメカはなるべく使いたくないので、風船状の膜を気体の圧力で膨張させるインフレータブル構造という方式が考案されています。また、形状記憶材料(加熱するとあらかじめ記憶させておいた形になる材料)の利用や、遠心力で広げる方法なども考えられます。昨年打ち上げたソーラー電力セイル実証機IKAROSは、遠心力で展開されるGossmer構造物の先駆けとしても高く評価されています。

 大型膜面展開構造物は、太陽電池やソーラーセイルだけでなく、観測機器のサンシールド(日除け)やアンテナ反射鏡など、様々な用途のため世界で研究が進められています。JAXAでは、インフレータブル方式で伸展されるアンテナや大気突入カプセルなどが開発されていて、IKAROSの次の中型ソーラー電力セイル探査機も計画されています。将来は大きさ数kmの太陽発電衛星の構造に使われるかもしれません。他にも膜面展開構造物でなければできない、画期的なミッションのアイデアを考えてもらえるとうれしいです。

(奥泉信克、おくいずみ・のぶかつ)

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※※※ ☆02以降の項目は省略します(発行当時のトピックス等のため) ※※※