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ISASメールマガジン

ISASメールマガジン 第332号

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ISASメールマガジン   第332号       【 発行日− 11.02.01 】
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★こんにちは、山本です。

 今週は 別枠で2件のお知らせがあります。

 6日(日)に開催される「宇宙学校・しんじゅく」は、応募者多数で参加申込みは締め切られました。

 相模原キャンパス見学・臨時休館のお知らせ
・2月9日(水)「はやぶさ」実物大模型搬入のため

 今週は、固体惑星科学研究系の 岡田達明(おかだ・たつあき)さんです。

── INDEX──────────────────────────────
★01:小惑星の「サーモグラフィ」
☆02:小型ソーラー電力セイル実証機(IKAROS)の定常運用終了
☆03:2011年度「宇宙学校」共催団体の募集について
☆04:「はやぶさ」カプセル等の展示スケジュール
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★01:小惑星の「サーモグラフィ」

 小惑星探査「はやぶさ2」で、世界で初めて行う小惑星の熱撮像、つまり「サーモグラフィ」のように表面からの熱の放射を2次元的に調べることによる小惑星の表層状態とその進化を調べる計画についてのお話です。

 初代「はやぶさ」が苦節7年間の宇宙航行の末、2010年6月に地球帰還に成功し、小惑星イトカワの破片が入ったカプセルが地上まで届けられました。カプセルの中には肉眼では分からないほど微小なものばかりですが、簡易的な分析の結果、すでに報道されているように小惑星イトカワの試料が多数含まれていることが確認されています。その貴重な試料の一部は現在、日本中の分析科学者による一次分析が進められています。

 小惑星は太陽系の創生時の状態を知ることができるロゼッタストーンのような天体です。天体はある程度大きくなると内部に熱がこもりやすくなって温度が上昇し、天体内部の石が熔融します。軽い物質が浮かんで地殻となり、重い物質が沈んでマントルになることで内部に層構造ができたり、マグマが表面に噴出する火山活動が起こります。そうすると物質の組成や粒子のサイズなどは変化します。地球や火星など惑星の表面を調べても、太陽系の初期のことはもはや分かりません。やや小さい月は、地球に比べると古い時代のことが分かりますが、太陽系の歴史の途中からしか分かりません。太陽系の初期は小惑星や彗星など小天体を探査してこそ解明できるのです。

 「はやぶさ」では、現地で実施したリモートセンシング、そして現在進めている試料分析など、物質の組成を調べる研究が中心でした。「はやぶさ2」でもその基本路線は変わりません。しかし小惑星を理解するためには、物質の科学だけではなく、物理状態の科学も必要です。物理状態の科学は、現地で観測するしかありません。「はやぶさ2」は、次の小惑星サンプルリターンの早期実現とトラブルが多発した技術を確実に習得するために、「はやぶさ」の技術の転用が多く、特にサンプル採取は弾丸を衝突させて発生する破片を回収する方法のままです。そのため物理状態は保存されません。

 小惑星の表面の物理状態の様子を探ることは重要な探査項目の一つで、小惑星イトカワでもその重要性を思い知らされました。微小重力の状態で小破片が堆積して平原になっている箇所があったり、巨大な岩塊があったりしました。一方、衝突クレータは見当たらない状態でした。

 イトカワはS型と呼ばれる小惑星で、主に岩石質でできています。「はやぶさ2」で訪れる小惑星1999JU3はC型と呼ばれる小惑星で、やはり岩石が主成分ですが、水や有機物の基となる物質も多く含まれると考えられています。しかし、C型の小型惑星の表面の様子は訪れてみるまでは分かりません。月のように微細な砂なのか、砂利なのか、あるいは岩ばかりなのか。岩も一枚岩か、隙間の多い多孔質か。それらが天体全域で均質なのか、地域ごとに分布があるのか。イトカワでは巨石が多く見つかり、最大のものは天体サイズの10分の1にも及びました。巨石は過去に分裂し飛散した小天体の内部にあった物体が堆積したものです。つまり内部構造を直接探査するのと同じです。その密度や物理状態を詳しく調べれば、微小重力下での小天体内部の圧密過程、進化過程について知見が得られます。

 小天体の表面状態は、過去の探査では一度も調べられたことがありません。表層の物理状態は表面温度の違いとして表れます。自転する小惑星の表面温度は昼の太陽光の照射による加熱と、夜の放射冷却による放熱のバランスで決まります。細かい砂の場合は内部に熱が伝わりにくい性質のため、昼夜の温度差が大きくなります。一方、岩盤だと熱が内部に浸み込むために昼夜の温度差が小さくなり、また最高温度に達するタイミングが遅れます。このように、昼夜の温度差と時間のずれを小惑星の地点ごとに調べることができれば、着陸して詳細な地質調査をしなくても、小惑星表層の物理特性を調べることができます。

 その目的には熱撮像を行うカメラを用います。小惑星の表面温度は昼側では−20℃から100℃程度と考えらえ、熱放射は中間赤外(波長10ミクロン)の波長で強く放射されます。赤外線検出器の多くは冷却が必要ですが、この波長域は常温付近で使える非冷却ボロメータなどの2次元検出器があり、小型探査機にも搭載が可能です。「はやぶさ2」では、中間赤外カメラ(熱赤外撮像装置:TIR)を使って小惑星表面の熱放射を2次元撮像観測します。

 このカメラは金星探査機「あかつき」に搭載された中間赤外カメラ「LIR」と基本的に同一設計品であり、機械環境耐性の強化や測定温度範囲の差異による調整を行うものです。新規開発品でないのは2014年打上げ予定の「はやぶさ2」は開発期間が短いため、搭載機器は既設計品を基本にする原則によるためです。小惑星の熱撮像や、さらに波長特性まで調べる熱放射分光観測は、今後の小天体探査では重要な役割を果たすと考えらえます。この計画が先駆けとなり、新たな観測分野を開拓していければと思います。

(岡田達明、おかだ・たつあき)

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※※※ ☆02以降の項目は省略します(発行当時のトピックス等のため) ※※※