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ISASメールマガジン

ISASメールマガジン 第316号

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ISASメールマガジン   第316号       【 発行日− 10.10.12 】
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★こんにちは、山本です。

 今週は、ロケットや探査機の開発、宇宙の謎を解き明かすためにデータの解析をしている(それだけではないのですが)理学や工学の研究者とはひと味違う研究をしている宇宙農業サロンの山下雅道(やました・まさみち)さんです。

── INDEX──────────────────────────────
★01:男女共同参画宇宙探査
☆02:「はやぶさ」カプセルから採取された微粒子の電子顕微鏡写真
☆03:宇宙学校・さっぽろ 〜宇宙に夢中!〜(10月23日(土))
☆04:「はやぶさ」実物大模型の展示 および 臨時休館日について(相模原キャンパス見学案内)
☆05:「はやぶさ」カプセル等の展示スケジュール
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★01:男女共同参画宇宙探査

 宇宙放射線の人体影響を防ぐ特効薬は相模原キャンパス特殊実験棟2階廊下のバケツ田んぼに浮かぶアカウキクサ(ラン藻が共生している小さなシダ植物)といいたいのだけれど、まだ少し自信がない。そこで、火星生命探査隊は、高度が高いために宇宙線がたくさん降っていて、放射線による遺伝子の障害の修復能がきっと高いだろうヒマラヤかアンデスに住む子育てのおわったお母さんで構成して送り出したいと唱えてきた。探査隊には、物知りのお爺さんを冥土のみやげ作りに少し加えてもよいだろう。前途ある若者に火星行きをそそのかすのは いまのところできない。

 さて、最短でも3年にもおよぶ火星探査の旅には、危険な宇宙放射線もさることながら、心理的な問題が大きくのしかかる。国際宇宙ステーションでの宇宙飛行士の長期滞在では、無重力で骨がスカスカにならない薬の効果をたしかめたり、どれだけの筋トレーニングを続けるべきかが調べられている。しかし、明示的にいわれてはいないのだが、国際宇宙ステーション計画の眼目は、少人数で狭い船室の閉鎖環境に隔離されたクルーの心理やグループ・ダイナミクスをしらべ、火星有人飛行を準備することにあるとみている。火星有人探査は国際的な協力のもとに実施されるだろうことから、各国のクルー・メンバーから編成される国際宇宙ステーションでのありさまは火星有人探査クルーのよい模擬になる。

 そんな目論見もあって、国際宇宙ステーションでの国際クルーの閉鎖環境心理シミュレーション実験としてSphinx(SFINCSS)-99(110日間)がモスクワの生物医学研究所で まだ国際宇宙ステーションができていなかった1999年12月3日から実施された。この実験は、ロシア、ヨーロッパ、カナダ、日本からの模擬国際編成クルーでおこなわれた。ところが、閉鎖実験がおわって出てきたカナダ人女性が、実験中のニューイヤー・イブに宇宙には持ち込めないはずのウォッカでできあがったロシア人コマンダーからキスを迫られセクシャル・ハラスメントを受けたというニュースが世界をかけめぐった。
新年を迎えての親愛の情の伝統的な表現である、それにしてはディープだった、平手打ちをかませればロシア男は後腐れないのに とか やりとりがあったようだ。デンマークのTV番組「Bringing Life to Space」(新しいウィンドウが開きます ISASメールマガジン第247号:宇宙農業の心髄参照)には、Sphinx-99の記録動画やモスクワの研究所の女性心理カウンセラーの言い分が記録されている。

 当時は宇宙飛行士志望であったらしいこのカナダ人女性の容姿は、記録動画などみるとなかなかに魅力的だ。ヒトの女性は(サルを含む他の動物の雌とはちがい 同種の雄と比べて)なぜ美しいのだろう? これは「ヒトの性行動・心理は、ヒトの祖先がジャングルからサバンナに進出したことをきっかけにして進化した」ということでひとつは説明されている。
性行動の進化は、ボノボ(新しいウィンドウが開きます http://www.ted.com/talks/susan_savage_rumbaugh_on_apes_that_write.html )という素人目にはチンパンジーと区別できない種でも大きく進んでいる。アフリカのサバンナは大陸の下に湧くマントルのスーパー・ホット・プルームにより東西に引き裂かれる大地溝帯にできた草原である。サバンナに出たヒトの祖先は、新しい環境に適応するのにいくつかの戦略をえらびとった。

 ジャングルとちがいサバンナは身を隠すものも少なく、危険がいっぱいだ。そこで、歩留まりをみこみ多産多保護が選ばれた。チンパンジーなら3歳で一丁前になるのに、ヒトときたら特に研究者ならその9倍の保育・養育・教育期間を要する。雌サルは保育が終わらなければ発情しない。新しいボス雄サルは子殺しをして雌サルの発情をうながす(ような遺伝子がそのサルの遺伝子集団のなかで優占してきた進化の歴史を我々がみている)。ヒトの多産多保護戦略では、保育がおわってから次の子供をつくるのではなく、複数の子供を平行して保育・養育する。サルはもっぱら雌サルが仔を保育する。ヒトは配偶相手の男性が子供の保育・養育に参加することで多産多保護戦略をとることが可能になった。正確にいえば、子煩悩の男の遺伝子がサバンナで自然選択されて、今のヒトがある。保育・養育にかかり切りの女性は狩りには参加できず、したがって自分と子供への配偶男性からの資源投下を確実にするために、性的な魅力を磨いた。ボノボでは発情期間を長く見せかけたのに対して、ヒトの女性は発情期を隠すようになったとも、進化・遺伝的に解釈されている。男は女が他と肉体関係をむすぶのに嫉妬し 女は男の心が自分から離れることに嫉妬するという 嫉妬の性差(をうむ遺伝子)など、長谷川寿一、長谷川眞理子;進化と人間行動、東大出版会(2000)(新しいウィンドウが開きます http://www.utp.or.jp/bd/4-13-012032-8.html )に詳しい。

 配偶相手の獲得をめぐって 象徴的にではあれ 腕っ節の強さを競う雄のつくる社会に対して、雌が性的な魅力で丸く社会をまとめるありさまは、ボノボの社会でもみられる。生殖にかけるコストは雌のほうが格段に重い。したがって、配偶相手を選ぶのはどんな動物でもおよそ雌であり、雄はきらびやかなディスプレイを雌の前で競い合う。

 ところで生物学は例外がたくさんあって、そのひとつがトロフィー・ワイフだ。社会的に成功した男が糟糠の妻を離縁して、プラチナ・ブロンドで 瞳が緑かブルーの(みるからにオバカな)若い女性と結婚して、パーティーなどで皆にトロフィーのように見せびらかすというのがそれだ。このトロフィー・ワイフの表象は北部ヨーロッパの狩猟民の配偶行動が起源とされている。厳しい自然で狩猟で命をおとす男も多い。獲物を仕留めても持ち帰れる分量には限りがあり複数の家族を養えない。そこで有効性比(配偶行動に参加できる個体に限った性比)が女性多数にかたむき、女性ー女性の間で配偶をめぐる競争がおきた。女性による腕っ節の競い合いもあったかもしれないが、アルビノが珍重されるように、遺伝的な変異により毛髪と瞳の色素が失われたレアさ(毛髪と瞳では遺伝子座が異なるのでレアさは2乗)が男性に対するアピールとなったという。オバカはおまけかもしれない。

 ロシアのセクハラ事情には、そのような文化の系譜がさまざまに関係しているのだろうし、また他の要素も加わり増幅されたかもしれない。モスクワの生物医学研究所では、火星有人探査ミッションを模擬する心理実験 Mars500(新しいウィンドウが開きます http://mars500.imbp.ru/en/index_e.html )の520日実験がロシア、ヨーロッパ、中国の6名クルー編成で2010年6月3日から実施されている。
その準備の段階に実施された14日実験ではクルー6名中1名が女性であったのに、520日実験では6名全てが男性である。この性別構成の変更の理由について、あまり歯切れよい説明は生物医学研究所からなされていない。

 一方、1991年からまる2年間、アリゾナの砂漠の閉鎖ガラス温室のなかで生活した Biosphere 2では、クルー8名が男女4:4で構成された。これによって Biosphere 2ベビーが誕生するかといった下世話な興味もかきたてられていたのだが、実験終了後には2組のカップルがうまれた。そして、ガラス温室の中では、両姫 並びたたず という場面もままあったようだ。

 南極越冬隊の経験は、宇宙有人探査での心理やクルーの性別構成にとり、良い参考になる。全員男性で構成すると、とても競争的な関係がつくられてタスク指向型の活動にはよい。全員女性であると、どうもメンバー間の関係に集中するような雰囲気がつよくなる。混合したチームでは女性メンバーは社会・感情的な維持活動により男性メンバー間をまるく納める役割をはたすという。
ただし良いことづくしではないのも確かで、女性と男性の歳が若くて近いと、恋敵関係が作られたりして大変なことも起きる。その点安心できるのは、夫婦でクルーを構成することで、Functional MRI(機能的磁気共鳴:脳内の血流を可視化して ある働きをするのに脳のどこが使われるかがわかる)で脳内をみると、夫婦が手に手をとり物理的に接触するのが困難を切り抜けるのにとても有効であることがわかっている。

 配偶者選択においては、遠目には体長や容姿などの見かけ、言葉を交わすほどの接触では収入など社会的地位、しかし最後は優しく人を思いやりできる社会的な能力が決めてとなる。火星行きのクルーの選抜でも、この配偶者選択と同じような基準を適用するのが必要だろう。

 並みはずれて好奇心のつよかったヒトの祖先が、ジャングルの先に開けたサバンナに踏みだし、その困難な環境に立ち向かうことによってヒトの特質を進化させ獲得したのと同じように、宇宙はいま人類が挑戦する格好の舞台であり、それにより文明を拓いていくことで人類の未来があるのだと考えている。そし て、火星探査には子育て終わった夫婦でいくのがよい。

(山下雅道、やました・まさみち)

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※※※ ☆02以降の項目は省略します(発行当時のトピックス等のため) ※※※