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ISASメールマガジン

ISASメールマガジン 第310号

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ISASメールマガジン   第310号       【 発行日− 10.08.31 】
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★こんにちは、山本です。

 8月もやっと終わろうとしているのに、この猛暑はマダマダ続くのでしょうか? 仙台の友人が今年の真夏日が36日で、観測史上第1位と言っていました。大阪も35度を超える猛暑が続いています。

 相模原キャンパスは、観測ロケット実験で鹿児島内之浦に、大気球の実験で北海道大樹町に、それぞれ実験班が出張しています。何となく静かな勤務時間ですが、管理棟の展示スペースは、連日見学者でにぎわっています。

 今週は、赤外・サブミリ波天文学研究系の津村耕司(つむら・こうじ)さんです。

── INDEX──────────────────────────────
★01:宇宙赤外線背景放射で探る宇宙の暗黒時代
☆02:S-520-25号機打上げ終了
☆03:大気球実験B10-03 終了
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★01:宇宙赤外線背景放射で探る宇宙の暗黒時代

 この宇宙はビックバンで誕生したという事は、もはや天文学者でなくても一般的に広く知られている科学的事実です。我々人類はたかだか2000年前に邪馬台国がどこにあったかさえ知らないのに、この宇宙は約137億年前にビックバンという大爆発で誕生したと自信を持って断言できるとは驚くべきことですが、それを可能にしたのは宇宙マイクロ波背景放射(Cosmic Microwave Background:CMB)の観測です。星や銀河など一つの天体として数えられるものとは対照的に、背景放射とは「宇宙全体から一様に届く光」です。誕生直後の宇宙は光さえまっすぐに進めない超高温高圧のプラズマ状態でした。その宇宙が膨張と共に冷え、誕生から約40万年後にプラズマ状態から普通の状態に変化すると、内部に閉じ込められていた大量の光が一気に解放されました。この光を我々は現在CMBとして観測しているわけです。


 さて、背景放射といえば天文学者を含めほとんどの人がこのCMBを連想しますが、実は背景放射はマイクロ波だけではなく、他の波長にも存在します。その内、我々のグループが観測を進めているのは、宇宙赤外線背景放射(Cosmic Infrared Background:CIB)です。

 「オルバースのパラドックス」はご存知でしょうか? これは「もし宇宙が無限に広く、その中に無限の星が存在するなら、この宇宙は夜でも星の光で明るいはず」というものです。

 現在のビックバン宇宙論の枠組みの中では、宇宙は無限に広いという仮定は正しくなく、従って星の数も無限ではないという風にこのパラドックスは説明されています。しかし、現在の技術で観測できないほど遠くて暗い天体からの光も地球に届いているはずで、将来のより高性能な望遠鏡を用いれば、現在の技術では何も写らない天域にもより遠くの星や銀河が検出されるはずです。
このように現在の技術では一つの天体として検出できないけれども地球に届いているはずの遠くの天体からの光を、我々はひとまとめにCIBとして検出しようと試みています。すばる望遠鏡など現在の最高性能の望遠鏡によって、130億光年以上かなたの天体が既に検出されています。それより遠くの宇宙は現在の技術では観測不可能で、「宇宙の暗黒時代」と呼ばれています。
CIB観測はそんな暗黒時代を切り拓く天文観測なのです。


 地上からのCIB観測は非常に困難です。なぜなら、地球大気は赤外線を吸収するだけでなく、地球大気自身が赤外線を放射しているからです。従って大気圏外からの観測が必要なのですが、大気圏外に行けば万事解決というわけではなく、黄道光という次なる妨げが待ち構えています。黄道光とは太陽系内に存在するダスト(惑星間塵)による赤外線での空の明るさのことで、観測したいCIBの10倍近い強度なのです。黄道光の影響から逃れるためには、惑星間塵がほとんど存在しない深宇宙へ旅立つ必要があり、ソーラー電力セイルによる木星軌道からのCIB観測計画EXZIT(目標:2020年ごろ)など、そういう深宇宙ミッションも我々のグループを中心にいくつか計画中ではありますが、今すぐ実現というわけにはなかなかいきません。


 そこで我々は、NASAジェット推進研究所・カリフォルニア工科大学・韓国天文宇宙科学研究院などと共同で、CIB観測のためのロケット実験CIBER(Cosmic Infrared Background ExpeRiment)を進めています。CIBERではCIB観測専用に特別に設計・製作された4台の望遠鏡をロケットに搭載して打ち上げ観測を実施し、様々な側面からの高精度なCIBのデータを得ることで、宇宙の暗黒時代の謎に迫ります。人工衛星ではなくロケット観測を採用することで、短期間(3年)での開発が可能となり、おかげで私はミッション計画から設計・製作・打ち上げ・データ解析に至る全ての過程を大学院在学中に体験することができ、その成果で学位を取得することが出来ました。
CIBERの第1回の打ち上げ観測は2009年2月25日にアメリカ合衆国ニューメキシコ州ホワイトサンズ射場にて実施され、その時に得られた天文データの解析が私の博士論文となったのです。

 NASAのロケット観測の良い点は、観測後にパラシュートで装置を帰還させ回収し、次の打ち上げに再利用できるという点です。そのため、回収後の修理や改造の後、つい先日の2010年7月10日に第2回のCIBER打ち上げ観測が実施され、再びデータ取得や装置の回収に成功しました。得られたデータは現在解析中ですが、第1回のフライト観測よりさらに良質なデータが得られました。宇宙の暗黒時代の謎を解く手がかりは、既に我々の手の中にあるのです!!


 我々は現在、宇宙の暗黒時代の謎の解明に向け、CIBERで得られた良質なデータの解析や第3回目のCIBER打ち上げ観測に向けた準備と平行して、CIBERの改良版であるCIBER-2ミッションや深宇宙からの究極のCIB観測ミッションEXZITの計画・立案、赤外線天文衛星「あかり」を用いたCIB研究など、活発に研究を進めています。今後とも皆様の応援をよろしくお願いします。


(津村耕司、つむら・こうじ)

より詳しく
新しいウィンドウが開きます http://www.ir.isas.jaxa.jp/~matsuura/darkage/index_da.html

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※※※ ☆02以降の項目は省略します(発行当時のトピックス等のため) ※※※