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ISASメールマガジン

ISASメールマガジン 第307号

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ISASメールマガジン   第307号       【 発行日− 10.08.10 】
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★こんにちは、山本です。

 梅雨明け以来の猛暑も チョット一息ついて 雨の月曜日。涼しいのは、どうも南関東だけのようです。

 先週、筑波宇宙センターで行われた「はやぶさ」特別展は、5日間で2万8217人の来場者がありました。相模原では2日間で3万人の来場だったので、筑波まで出かけた方の方がゆっくりと展示を見ることができた様です。

 今週は、宇宙輸送工学研究系の羽生宏人(はぶ・ひろと)さんです。

── INDEX──────────────────────────────
★01:緻密な固体ロケット推進薬の世界
☆02:2010年度第二次気球実験
☆03:NHK教育「サイエンスZERO」で「はやぶさ」関連番組
☆04:はやぶさ応援ありがとうイベント【丸の内オアゾOO(おお)広場】
☆05:おかえりはやぶさトークイベント 8/15(日)
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★01:緻密な固体ロケット推進薬の世界

 化学推進システムの中では単純な仕組みとされる固体ロケットモータですが、『火薬を詰め込んで火をつけるだけ』といった単純な仕掛けではありません。教科書に描かれる固体ロケットの断面図は、充填固体推進薬が大部分を占め、モータケースがその周囲を薄く囲っているだけです。これだけ見れば実に単純な仕組みに見えるかもしれません。ところが、この大部分を占める固体推進薬には、わが国が研究で獲得し、積み上げてきた重要な知見が凝縮されています。
製造に際しては、たとえば充填酸化剤結晶粒子の粒度とそれらの配合比、あるいは推進薬の混和時間や硬化温度など、実に様々な条件が設定されています。どれ一つ手を抜いても実用ロケットにはなりません。今や固体ロケットモータは、宇宙推進システムにおいて高い信頼性を獲得し、技術的には成熟してきています、そして、実際に様々な宇宙ミッションを支えています。わが国は、このような技術を獲得するまでにおよそ半世紀に亘って研究を積み重ねてきました。
今回は、私が研究でどっぷりと浸かっている固体ロケットモータに充填されている固体推進薬の世界をご紹介します。

 固体推進薬は火薬の一種です。固体成分の過塩素酸アンモニウム(AP)とアルミニウム微粒子をポリブタジエンゴムに混ぜ、化学反応を経て硬化させます。モータケースに充填する前はドロドロのいわゆるスラリ状です。使用するゴム分子は、高分子反応によって、分子同士が結合して3次元的なネットワークを作り流動性を失います。これが硬化した状態です。ゴムは、結晶粒子を閉じ込めて固める役割と同時に燃料の役割を担うため、燃料兼結合剤(バインダ)と呼ばれます。混和した後、およそ1週間、ある一定の温度に保持するとバインダの化学反応が完結して固体状態になります。

 固体推進薬は、上述の3成分を単に混ぜれば出来上がりかといえば、そうではありません。固体推進薬に充填されているAPは微粒の結晶で、一般に3種類の粒度分布を持つ専用品を配合して用います。これらを大・中・小と分類すると、それぞれの粒子の大きさを身近なもので表現するなら、大粒子は喫茶店のグラニュー糖、中粒子はラーメン店のホワイトペッパー、小粒子は家庭にある片栗粉、といった感じです。顕微鏡でみると半透明ですが、見た目は白色です。これらの微粒子は、球状に近い結晶状態に加工されたものを使用しています。もちろんですが、専用品なので一般には入手できません。もう一つの粉体成分がアルミニウム微粒子です。これはAPの小粒子と同等か、それより小さな球形のものを使用します。

 なぜこのような多様な粒子を配合するのかというと、できる限り固体成分を最密充填させるためです。固体推進薬重量の大部分は過塩素酸アンモニウムです。さらにアルミニウムの微粒子を入れるため、固体推進薬の硬化前の初期固体成分は88〜86%程度です。その残りは重合前の液状バインダと架橋剤などの割合です。M-V用の固体推進薬に至っては、たったの12%しか使っていません。固体推進薬中では、大粒子AP同士が作る隙間に、より小さな粒子たちが詰め込まれるため、空隙はほんのわずかしかありません。そのわずかな隙間にバインダが満たされた状態になって粒子を保持しているわけです。この状態で硬化反応をさせる前は流動性を有するわけですから、わが国の推進薬技術も相当に高度であるというわけです。

 固体推進薬は、通常モータケース内では50気圧以上の高い圧力雰囲気で燃焼させます。推進薬の組成が違えばそれぞれ固有の燃焼速度特性(燃焼面の後退速度)を示します。燃焼速度は、固体ロケットモータの基本設計を決める重要な値で、APの粒度配合によってある範囲で調整することができます。燃焼速度の制御がAPの粒度配合によって制御できるということは、液体ロケットの仕組みと比較した場合、配管やバルブなどの部品が担う機能を粒子の粒度分布が司っていると見ることができます。すなわち、固体推進薬の微視的な世界の中では、熱分解、燃焼といった化学的な理解に基づいて、液体エンジンで行っているような緻密な燃焼のコントロールがなされているわけです。化学系の私が固体ロケットの研究を行っている理由の一つです。

 もう一つAPの粒度配合には重要な役割があります。実は、APの粒度配合を適切に行わないとアルミニウム微粒子の燃焼メカニズムに影響を及ぼし、アルミニウム粒子の燃焼が完結しません。燃焼が不十分ですと、固体ロケットは所定の性能を発揮することができません。諸外国の固体ロケットモータに比べ、わが国の固体ロケットは燃焼残渣(燃え残り)が非常に少ないことで知られています。これはAPの配合比とアルミニウム粒子の燃焼完結性との相関を追及した結果です。

 このように、固体推進薬には、シンプルな断面図には描ききれない緻密で複雑な世界があります。

 固体ロケットモータの研究では、固体推進薬だけでなく、耐断熱材、モータケース、ノズルや点火器など、それぞれの機能の極限を追及しています。ロケット自体は、設計を行ったそれぞれの時代の究極が形になっていますので、相模原キャンパスに展示してあるM-Vのフルサイズ模型をご覧になる際は、ぜひ外観からも当時のこだわりを感じていただければと思います。

(羽生宏人、はぶ・ひろと)

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※※※ ☆02以降の項目は省略します(発行当時のトピックス等のため) ※※※