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ISASメールマガジン

ISASメールマガジン 第299号

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ISASメールマガジン   第299号       【 発行日− 10.06.15 】
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★こんにちは、山本です。

 13日の「はやぶさ」帰還にあわせて増強したはずの相模原のネットワークも、予想を遥かに超えるアクセスで、ライブ映像を家から見ることは叶いませんでした。

 TVのニュースでオーストラリアの空にキラキラと花火が散っていくように消えていった「はやぶさ」を見たとき、心の中で『ご苦労さま』と手を合わせました。

 読者の皆さん、お気付きでしょうか 次号は300号になります。
「はやぶさ」の帰還で 世の中の関心が集り、登録者もうなぎ登りに増えています。

 ますます、気を引き締めてガンバラねば!

 今週は、科学衛星運用・データ利用センターの林山朋子(はやしやま・ともこ)さんです。

── INDEX──────────────────────────────
★01:金星探査機「あかつき」の開発
☆02:「はやぶさ」大気圏突入/カプセル回収作業完了!/熱シールドも発見!
☆03:「はやぶさ」関係者からのメッセージ
☆04:「IKAROS」セイル展開成功!
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★01:金星探査機「あかつき」の開発

 このたび開発から担当してきた金星探査機PLANET-C(「あかつき」)が、5月21日午前6時58分22秒(JST)H-IIAロケット17号機によって打上げを迎えました。

 現在「あかつき」は金星への旅がスタートしたばかりですが、打上げという節目を機会に、「あかつき」を通して経験した事を紹介したいと思います。


 最初に、「あかつき」について紹介します。

 「あかつき」は金星の高速大気循環をはじめとする従来の気象学では説明できない金星大気のメカニズムを解明するミッションです。近赤外線、中間赤外線、紫外線の特殊カメラ、大気光、雷観測用の高速カメラおよび電波科学用の高安定発振器を搭載し、惑星における気象現象の包括的な理解を得ます。金星は地球の「兄弟星」と言われてきました。その理由は金星の大きさや太陽からの距離が地球に近い惑星と考えられるからですが、実際には金星は高温の二酸化炭素に包まれ、硫酸の雲が浮かぶ、地球とは全く異なった環境です。その理由を解明することは地球の誕生や気象変動を解明する手がかりとなります。
「あかつき」は地球環境を理解する上で最も重要な探査で、この探査により、日本が惑星探査の新たなパイオニアになることを目指しています。


 「あかつき」の通信システムでは金星周辺の厳しい熱環境に耐え、金星ー地球の遠距離通信を実現可能にするために搭載通信機器の多くが新規開発品となりました。

 深宇宙探査機の課題の1つに、高利得アンテナ(HGA)の軽量化があります。さらに「あかつき」搭載機器は金星という厳しい熱環境に耐えることが必要です。その為、通常、深宇宙探査機で使用するパラボラアンテナは集光部を持っているため、太陽光による集熱の問題を回避できず、材料の選択よって軽量化が可能で、構造的に集光部を持たない平面アンテナが採用されました。
「あかつき」で採用したラジアルライン給電スロットアレーアンテナはパラボラアンテナに比べ、利得、寸法、重量に優れ、「あかつき」が金星大気の撮像を行い、金星ー地球間の最大距離1.7AU(約2億5千4百万km)になった場合でも画像ファイルを地上に伝送するのに十分なテレメトリビットレートを確保します。


 低利得アンテナ(LGA)では、1.7AUの遠距離で且つ、姿勢が制御できない異常状態でもコマンド回線を確保する必要があり、従来のアンテナ形式では成立しません。そこで、半球状の放射指向特性を有し利得も良い、超広角レンズアンテナを新規開発しました。この形状の誘電体アンテナの衛星搭載は世界初で、厳しい熱環境にも耐えられる設計です。


 テレメトリやコマンド回線よりも通信回線が厳しい測距の改善にも取り組みました。測距とは地球局と探査機との距離を測定すること、及び到来電波から距離変化率(ドップラー)を測定することです。「あかつき」では再生型測距という測距方式を新規採用しました。この測距方式を使用することで、測距可能距離は金星に止まらず、木星までも可能にします。


 その他、「あかつき」では進行波管増幅器(TWTA)やデジタルトランスポンダの開発も行ないました。新規開発された搭載機器は、今後の深宇宙探査機の標準的通信機器として活躍していくでしょう。


 次に、「あかつき」での経験として印象に残っているものの一つ、アメリカDSN局との適合性試験を紹介します。

 「あかつき」の運用は、日本JAXAの運用局を使用するだけでなくアメリカNASAのDSN局も使用します。DSN局はアメリカのゴールドストーン、スペインのマドリッド、オーストラリアのキャンベラに配置されています。
それらDSN局は打ち上げ初期や金星投入等のクリティカルフェーズで日本の運用局のバックアップ局として活用します。


 「あかつき」をDSN局で運用するためには、DSN局の仕様が「あかつき」通信仕様と適合している必要があります。もちろん開発段階からDSN局の仕様を調査し、適合する様に設計していますが、打上げ前には「PLANET-Cシミュレータ」と呼ばれる「あかつき」の通信機能を再現したものをDSN局に持ち込み、実際にテレメトリ/コマンド/測距試験等の適合性試験を実施する必要があります。


 2009年12月にPLANET-Cシミュレータをアメリカのカリフォルニア州にあるDSN試験局に持ち込み、適合性試験を実施しました。シミュレータの操作は「あかつき」スタッフ、試験局の操作はDSNスタッフの役割となります。実際に行った試験局は試験用といってもセキュリティは厳しく、トイレへ行くにも単独行動は禁止されました。

 試験は多少の試行錯誤がありましたが、それは仕様上の問題ではなく操作上の問題で、予定通り1週間の日程で試験を正常に終了しました。適合性試験の表面上の目的は、探査機と運用局が設計的に適合しているか確認するためのものですが、それよりも大事な事として、探査機を設計していないDSNスタッフが、紙の仕様書では表れない探査機の「くせ」を理解し、その探査機に特化したオペレーションを習得する場だと感じました。DSN局のスタッフはこの1週間で分る限りの「あかつき」の「くせ」を理解してくれたと思います。


 適合性試験の間、DSNスタッフは「okie doke(オキ・ドキ)」という言葉を教えてくれました。よく子供が使う言葉で「全てうまくいっている」という意味です。そして、「あかつき」の適合性試験は「okie doke」だ、とDSNスタッフは言っていました。楽しく陽気だな、と思いましたが、「あかつき」の打上げはその後の運用も含めて全てが上手くいき、まさに「okie doke」でした。「あかつき」は現在も順調に航行中です。


 皆さん、金星への航行を続ける「あかつき」を、今後もぜひ応援して下さい。

(林山朋子、はやしやま・ともこ)

あかつき 特設サイト
新しいウィンドウが開きます http://www.jaxa.jp/countdown/f17/index_j.html

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※※※ ☆02以降の項目は省略します(発行当時のトピックス等のため) ※※※