宇宙航空研究開発機構 サイトマップ

TOP > レポート&コラム > ISASメールマガジン > 2010年 > 第296号

ISASメールマガジン

ISASメールマガジン 第296号

★★☆━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
ISASメールマガジン   第296号       【 発行日− 10.05.25 】
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

★こんにちは、山本です。

 「はやぶさ」特設サイトのツィッターで フォローが2万1千件を超えました。「IKAROS」の フォローは1万1千件を超えようとしています。「あかつき」では フォローが1万件に迫っています。

 ISASメールマガジンの配信数は7500を超えようとしています。3月末で6500件だったので、1ヶ月半で1000件も増えたのは、「はやぶさ」のツィッターで紹介されたオカゲでしょう。

 今週は、宇宙情報・エネルギー工学研究系の冨木淳史(とみき・あつし)さんです。

── INDEX──────────────────────────────
★01:探査機の深宇宙通信
☆02:「あかつき」「IKAROS」打ち上げ成功!
☆03:太陽観測衛星「ひので」による観測で白色光フレアの起源が明らかに!
☆04:今週のはやぶさ君 と 「はやぶさ」軌道情報
───────────────────────────────────

★01:探査機の深宇宙通信

 今から3年前の4月、私は次世代の深宇宙通信システムの研究をするために宇宙科学研究所(以下、宇宙研)にやってきました。宇宙研の中では、私は、まだまだ若手ですが、みなさんに探査機との深宇宙通信についてお話したいと思います。

 その前に、宇宙研でお仕事をするようになったきっかっけを少しお話しします。私がまだ小学生だったころ、ハレー彗星が太陽に接近しNASAやESA、ロシア、日本の各国宇宙機関が、次々に探査機を打ち上げ、TVの教育番組で彗星の正体に関する特集が組まれていました。その後、親に連れられて横浜博覧会の宇宙館に行き、月着陸船と月面車を前にして次第に宇宙への関心が高まっていきました。ちょうどそのころ、ボイジャー2号が海王星に接近し鮮明な青い惑星像がニュースで放送されました。宇宙に興味を持つようになって、図書館にある図鑑や百科事典を読み始め、自宅に図鑑を買って暇をみては読み返すようになりました。このころインターネットなど普及もしておらず、子供向けの図鑑には、惑星の特徴がこれまでの様々な観測データをもとに書かれていたもののデータブックには「詳細は不明」や「生命体?」と書かれた項目を見つけることができ、心を躍らせたことを覚えています。

 大学に入ってから、東京電機大学の小林岳彦先生の研究室で超広帯域ワイヤレス(無線)システムの研究するため、博士課程に進学しました。NASAの火星ローバ着陸や冥王星探査機の打ち上げがニュースを賑わせていました。大学を卒業する前の年に宇宙研では、次世代の深宇宙通信システムの研究開発のために研究者を募集しており、この課題に挑戦したいと思い応募し、宇宙研で仕事をすることになりました。


 さて、昔話はここまでにして、深宇宙通信のお話に戻ります。みなさんになじみの深い、携帯電話や無線LANは、もはや空気や水のように欠かせないインフラとして、通話だけではなく画像や動画をストレスなく送ることができるようになって、まさにユビキタスの時代が到来しました。このような携帯端末も宇宙空間を飛行する探査機も電波を使って通信しています。例えば携帯端末と通信するための基地局やアクセスポイントは、建物の屋上をはじめとして全国津々浦々に設置されています。そして、基地局やアクセスポイントは有線ネットワークで結ばれており、これらを制御するコンピュータを介してインターネットにも接続されています。携帯端末と基地局やアクセスポイントとの数十から数百メートル程度の近距離を、高速に通信するために設計されている無線システム(無線機)です。

 一方で深宇宙探査機に積まれる通信機器は、数億kmという超遠距離を通信するための、特別に作られた無線システム(無線機)です。携帯端末の基地局やアクセスポイントに相当する、深宇宙と通信する無線局(深宇宙局)は国内では臼田や内之浦に建設され、深宇宙局には遠くの探査機から届く微弱な信号を受信するための直径64mや34mといった超大型のパラボラアンテナが設置されています。深宇宙局同士はネットワークで接続されており、JAXAの探査機の管制は相模原キャンパス(管制室)で行われています。JAXAは海外に深宇宙局を持っていませんが、NASAやESAをはじめとする海外の宇宙機関は、地球の自転を考慮して120度、8時間おきに1局を配置することで24時間探査機と通信しています。海外との共同ミッションや打上げのサポートを受けるために、他の宇宙機関の深宇宙局を特別に使わせてもらうこともあります。今後、さらに宇宙探査を続けていくためにJAXAで新しい国内局以外に、海外局を持つことは必須となるでしょう。

 深宇宙局は、探査機に向けて制御のための指示(コマンド)を送信し、逆に探査機からは観測データ(テレメトリ)を受信しています。このほかに探査機がどこを飛んでいるのか調べるために、地球と探査機との距離を計測(測距)しています。

 宇宙研の深宇宙通信は冒頭にあった、彗星探査機から始まり、地上の深宇宙局も搭載の通信機も、時代とともに古さを否めないようになってきました。そこで宇宙研では、新しい技術を投入し深宇宙局に配備するための次世代の深宇宙通信システムの研究開発を行っています。より遠くの宇宙と通信し、たくさんの観測データが地球に送れるようになると、宇宙科学の研究の質そのものが変化します。この深宇宙通信システムは太陽系の脱出を目的としているもので、その先駆けとしてのX帯デジタルトランスポンダの開発は山本先生や戸田先生を中心として9年前から始まりました。そしてこのトランスポンダは5月に金星探査機「あかつき」と「IKAROS」に搭載されて、昨日21日に打ち上げられました。


 通信の難しい研究の話はさておいて、ちょうどメールマガジンの時期に金星探査機「あかつき」の打ち上げのフライトオペレーションがありましたので、その模様を、簡単にお伝えしたいと思います。ここでは誌面の都合上、開発の長い話はとばして、打ち上げ1日前からフォーカスして様子をお伝えします。

 探査機の開発や打ち上げはチームプレーで、JAXAと衛星を作ったメーカ、衛星を宇宙まで運ぶためのロケットのメーカが協力して、一丸となってミッションを成功させるため仕事に従事しています。打上げ1日前の17日の早朝6時に、フェアリングに「あかつき」と「IKAROS」、そして超小型衛星を収納し、組立を完了したH-IIAロケットは大型ロケット組立塔(VAB) から、ゆっくりと500m先の射点(LP)に向けて移動を始めました。このロケットの移動の模様は、J-1LCの射場のそばの道沿いや、竹崎の総合司令塔(RCC)に向かう途中の展望台で見ることができます。移動速度はゆっくりと歩く程度の早さで、およそ15分でLPに到着します。

 この作業が終了すると、相模原キャンパス(SSOC)と種子島宇宙センター(TNSC)そして各深宇宙通信局に打ち上げ作業のために、各担当者全員がスタンバイします。まずフェアリングに収納された衛星を、打上げ直前までLPから1.5km離れたチェックアウト室からコントロールするために、ロケットの発射台下にある与圧室の装置(GSE)の電源が投入され、衛星の各サブシステムや観測機器に異常が無いかを短時間で確認するチェック作業が、SSOCとTNSCをネットワークと音声回線でつないで始まります。この作業は探査機に向けて制御のためのコマンドを送信し、探査機から送られてくるステータスを1つ1つ人間が画面で確認するもので、NECシステムの榎原さんや重本さんが指揮をとりながら、全員で確認作業がおこなわれます。電波を使って、実際に探査機の通信機器に問題が無いかの確認もここで行われます。
確認作業の最後に探査機の太陽電池パネルを展開するための加工品の接続作業が行われます。これが終わると、打ち上げの後に探査機を追跡するための深宇宙局やネットワーク接続の準備状況が始まり、実際にSSOCと海外局や臼田、内之浦の深宇宙局をネットワークでつないでコマンドやテレメトリの接続試験をします。

 打上げの数時間前、探査機を打ち上げ可能な状態にするための最後の設定変更と搭載機器の立ち上げ作業が始まり、飛行に必要なパラメータが探査機の搭載コンピュータに書き込まれます。

 探査機は打ち上げられロケットから分離し、深宇宙局と通信が確立するまでの間、内部のタイマで次々に動作が実行されます。このタイマを作動すると、管制室と各深宇宙局のネットワークの伝送チェックが行われ、指令電話(OIS)からは、深宇宙局との通信回線のチェックのためNASA DSN担当の山田先生や内之浦の山本先生、臼田の加藤先生、衛星運用地上系の林山さん、そしてNEC管制のコマンダーの下村さんの連絡を取り合う音声が、頻繁に聞こえてきます。これが終わると地上系通信システムの最終準備状況が伝えられます。もうここまで来ると、あとは打上げを待つばかりとなります。

 種子島では、メーカの人たちと宇宙研からは各サブシステムの準備状況を統括する衛星班の竹前さん、電源系の嶋田さん、そして通信系の私と3人が射点から1.5kmほど離れた暴爆構造のチェックアウト室で最終カウントダウンを見守ります。衛星のモニタも止められ、内部電源に切り替えられました。

 打上げ5分前皆がカウントダウンを固唾を飲んで見守るなか、RCCからプロジェクトマネージャの中村先生から天候条件による打上げカウントダウン停止が告げられ、その後、打上げは21日に延期されました。最終カウントダウンで皆が「えーっ」という気持ちだったと思います。打ち上げてもよいかという判断が各ポイントにもうけられていて、ロケットや衛星の状況、時々刻々変化する天候からその可否を気象班からのデータをもとにRCCで判断しています。1日前、雲はちらほらあるものの汗ばむ陽気でしたが、その後、大きく天候が崩れ、悪化しました。直ちに探査機のモニタを回復し電源を外部電源に切り替えて、打上げ中止の手順に入ります。

 そして2日後の13時に再びロケットの機体移動が始まりました。「あかつき」を乗せたH-IIAロケットは翌日、午前6時28分22秒に打ち上げられ、チェックアウト室では打上げから十数秒後に飛行機が近くで通り過ぎるような轟音が天井から鳴り響きました。そして27分後にロケットから分離されました。

 沖縄ではこのときすでに梅雨入りとなっていました。そして18日には種子島でも梅雨入りとなっており、針の穴に糸を通すような天気が好転したわずかな時間、ロスタイムに逆転ゴールを決めるようなタイミングで「あかつき」は打ち上げられました。

 打ち上げられた「あかつき」は金星に向かって、およそ秒速12kmの速さで地球から離れていきます。打上げ後も探査機の追跡作業が徹夜で続きます。およそ3時間後、NASAのゴールドストーン局と初めて通信が確立し、第一可視の初期運用が開始されました。全員が探査機からのテレメータのQL画面を凝視して問題が無いことがわかると安堵とともに、拍手が起こりました。地球の自転によってキャンベラ局そして内之浦局と継続して通信するために深宇宙通信局はバトンタッチされていきます。この間に打上げ時に問題が発生しなかったかどうか、飛行状態でチェックが行われ、さらにどんな軌道に打ち上げられたかという軌道決定がおこなわれます。H-IIAロケットの「あかつき」の打上げ、軌道投入は完璧に終了しました。


 次世代の深宇宙通信システムが配備され、新たな宇宙探査ミッションでストレス無く使われるようになったとき、通信はネットワークの一部としてクラウドコンピューティグのような存在になっていくでしょう。そのような時代を迎えるようになったとき、それをディープスペースネットワーククラウドと呼びましょう。

 それでは今後よりいっそう深宇宙通信技術の研究開発を加速させ、宇宙科学に貢献していきたいと思います。

(冨木淳史、とみき・あつし)

‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
※※※ ☆02以降の項目は省略します(発行当時のトピックス等のため) ※※※