宇宙航空研究開発機構 サイトマップ

TOP > レポート&コラム > ISASメールマガジン > 2010年 > 第291号

ISASメールマガジン

ISASメールマガジン 第291号

★★☆━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
ISASメールマガジン   第291号       【 発行日− 10.04.20 】
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

★こんにちは、山本です。

 40年ぶりに都心に降った春の雪は、あっという間に解けてしまいましたが、まるで冬に戻ったような寒さに、片付けてしまった冬用の布団を引っ張りだして対抗したりしました。

 『第9回 きみっしょん』の募集が始まりました。今年は どんなメンバーが集るのか楽しみです。

 今週は、大気球研究系の福家英之(ふけ・ひでゆき)さんです。

── INDEX──────────────────────────────
★01:反粒子で探る初期宇宙の謎
☆02:【はやぶさ、地球へ!〜帰還カウントダウン〜】オープン!
☆03:君が作る宇宙ミッション 参加者募集中(締切:6月9日)
☆04::今週のはやぶさ君 と 「はやぶさ」軌道情報
───────────────────────────────────

★01:反粒子で探る初期宇宙の謎

 皆さんは「反粒子」や「反物質」という言葉を聞いたことがありますか?

 私たちが住んでいる世界(つまり私たちの宇宙)が原子や分子のたくさんの集まりによって成り立っていることは、聞いたことがあるでしょう。そして、原子や分子はさらに細かく分割すると陽子や電子などの集合体であり、それはさらにクォークなどの素粒子から構成されているわけですね。つまり、私たちの身の回りにある物質は、基本的には全て「粒子」の集まりなわけです。それに対して、「粒子」と非常によく似ているけれども電荷などが正反対の性質を持つものを「反粒子」と呼びます。(反粒子の集合体を反物質と言いますが、ここでは、ひっくるめて反粒子と表現することにします)。

 反粒子を頭の中で想像するのは難しいですが、ちょっと乱暴な比喩をするなら「鏡の中の世界」とでも言えるでしょうか。専門的な言い方では、質量とスピンが同じで電荷の極性が逆、ということになります。陽子の反粒子は反陽子、中性子に対しては反中性子、クォークに対しては反クォーク、と言います(電子の反粒子だけは陽電子と呼びます)。

 反粒子の存在は1930年頃に理論的に予想され、その数年後には、宇宙線の中に陽電子が混じっていることが発見されました。加速器を使った実験でも、1950年代には反陽子などが、また、1990年代には反水素なども人工的に生成されました。反粒子そのものは、確かに存在し得るのです。しかも、宇宙物理の理論によると、宇宙が誕生した初期には、粒子と同じくらい大量の反粒子が存在していたと言われています。

 でも、今の宇宙には反粒子はほとんどありません。大量の反粒子は一体どこに消えてしまったのでしょう? そして、その一方で、ほんのわずかですが、今も宇宙線の中に反粒子が観測されています。これらは、なぜ存在しているのでしょう?

 こうした謎を解こうと、素粒子や宇宙線物理の研究が行われています。

 実は、反粒子は粒子と遭遇(衝突)すると「対消滅」という現象を起こし、エネルギーの塊を残して消えてしまうのです。アニメや映画で「反粒子砲」や「反物質爆弾」などの架空の強力兵器の破壊効果として聞いたことがあるかもしれません。大量の反粒子を敵に撃ち込むことで対消滅を起こして敵を霧散させる、という発想ですね。実際にはこのような兵器を作ることは出来ませんが、対消滅という現象は確かに起こります。

 さて、現在の宇宙が粒子で占められている謎に戻ります。現在最も有力な説では、初期宇宙に大量に(そして同数)存在していた粒子と反粒子は、その後ほとんどが対消滅してしまったものの、粒子と反粒子とでは反応法則にわずかな違いがあり、その差の分だけ粒子が残った、と考えられています。この粒子と反粒子の違いは「対称性の破れ」と呼ばれ、ノーベル賞を受賞した小林・益川両先生の研究とも密接に関係しています。「破れ」の本質を探るための研究は、今も、つくばの高エネルギー加速器を用いた実験「Bファクトリー」な どで行われています。

 一方、宇宙にわずかに存在している反粒子の起源を探る研究も行われており、私も学生の頃から携わってきました。初期宇宙に存在していた反粒子が現在も宇宙のどこかに大量に生き残っていれば、そこから漂ってくる反粒子を捕らえられるかもしれません。そのような「反粒子の世界」が宇宙に残存している可能性は今のところ低いですが、反粒子の世界から漂流してくるかもしれない反ヘリウムの探索は現在でも続けられており、私も参加している「BESS実験」が世界で最も厳しい上限値を与えています。

 また、現在の宇宙物理の謎の一つである「ダークマター(暗黒物質)」が反粒子の起源となっている可能性もあります。「原始ブラックホール」というある種のブラックホールも、反粒子の起源として存在している可能性があります。ダークマターや原始ブラックホールは初期宇宙の成り立ちに密接に関係しているため、反粒子を研究することはその起源を通じて誕生時の宇宙を調べることにもなるわけです。

 先述のBESS実験は、反陽子の研究で世界をリードする実験として知られています。これまでに観測された宇宙線反陽子データの大半はBESSによるものです。2年ほど前には南極の上空を気球によって約30日間もの飛翔に成功し、現在、BESSの最新データの解析が進められています。

 宇宙線反粒子の研究としては、このほか、陽電子を観測するものなども数多く行われていますが、数少ない未開拓の領域として反重陽子があります。反重陽子はこれまで宇宙線中に1例も見つかったことが無いのですが、反陽子などと生成の仕方が違うため、もし1例でも観測されれば反粒子の起源に関する貴重な知見を与えてくれると期待されています。そこで、反重陽子の探索を主目的とする「GAPS実験」計画を日米共同で立ち上げ、現在、準備を進めています。ある種の反粒子観測には極域が適しているため、GAPSも南極気球による観測の実現を目指しています。

 このように、反粒子を通じた初期宇宙の研究は今も盛んに行われているのです。

 なお、直接は関係ありませんが、対消滅のエネルギーを利用して推進する「反物質ロケット」の研究会が最近JAXA内に結成されました。「100年後」の開発を視野に、という話ではありますが、SFの世界が実現すればきっと楽しいでしょうね。皆さんも鏡の中を覗き込んだ時にでも反粒子の世界に想いを馳せてみてはいかがでしょうか。

(福家英之、ふけ・ひでゆき)

‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
※※※ ☆02以降の項目は省略します(発行当時のトピックス等のため) ※※※