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ISASメールマガジン

ISASメールマガジン 第248号

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ISASメールマガジン   第248号       【 発行日− 09.06.23 】
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★こんにちは、山本です。

 本文にも掲載しましたが、「かぐや(SELENE)」の地形カメラ等による制御落下軌道の立体視動画が公開されています。ほんの1分程度の動画ですが、月の表面が見る見る近づいて来るのは迫力満点です。

 今週は、宇宙輸送工学研究系の羽生宏人(はぶ・ひろと)さんです。

── INDEX──────────────────────────────
★01:宇宙花火師
☆02:「かぐや」ハイビジョンカメラでラストショット画像撮影
☆03:大気球放球実験B09-02終了
☆04:今週のはやぶさ君
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★01:宇宙花火師

 本業は固体ロケットの中でも特に固体推進薬の分野なのですが、固体推進薬の研究は火薬類の分野に関わる学問でもあり、類する材料を対象に応用的な研究もやっております。今回は来年の観測ロケット実験に向けて準備を始めたリチウムガス噴射装置(LES)の話題です。

 2007年の夏にS-520-23号機が打ち上げられました。搭載機器の一つとして私たちが開発したリチウムガス噴射装置(LES)が搭載されていました。「宇宙花火」と称する大きな赤い雲をごらんになった方もいらっしゃることと思います。

 LESは、高々度熱圏観測を実施するために開発した装置で、ロケットの頂点高度(約300km)付近から下りにかけてリチウムのガスを噴射します。リチウムガスは地上観測のトレーサの役割を担っています。リチウムという元素は比較的身近な存在かもしれません。近頃は電池の材料としても広く使われていて、リチウムイオン電池が最もポピュラーな存在でしょう。しかし、日常では単体で扱うことはほとんどないと思います。リチウムは化学的にはアルカリ金属に分類され、常温では固体の密度の小さい物質です。通常は流動パラフィンなどに漬けて保存してあります。保管容器から引張り出すと、表面が少し酸化していてやや黒っぽい色をしていますが、切断すると断面はきれいな銀色をしています。ナトリウムも同じアルカリ金属で、これは灯油などに入れて保管されています。いずれも空気や湿気に触れないように管理されます。LESでは、水が水蒸気になるのと同じように、リチウムを高い温度にしてガス化させることが求められました。

 1980年代にインドで類似の宇宙実験が行われていました。その文献によると、テルミット剤を使ってリチウム金属をガス化させていたことが示されていました。テルミット剤は主には酸化鉄(鉄サビ)とアルミニウムの混合物でできています。学校でも鉄サビを鉄に戻す実験をやったりするので見たことがある方もいらっしゃることでしょう。この反応はFe2O3+2Al → 2Fe+Al2O3という反応式で示される比較的単純なものです。しかし、簡単には反応を開始する組成ではありません。たとえばライターであぶった程度では容易に反応は進みません。反応の開始については深くは触れませんが、ここで大事なのは、アルミニウム(Al)が酸化される際に発生する大きな反応熱です。この反応熱によって、生成した鉄の単体は高温になっているのです。上手に反応を制御すると、生成した鉄が熱源になる、というわけです。リチウムをガス化させるには1330℃以上の温度が必要、テルミット剤で生成する鉄は1600℃を上回りますので、リチウムをガス化させるには十分な温度になっています。

 LESの設計を考える上では発熱量とガス化の吸熱量の帳尻を合わせる必要があります。ガス化によって奪われる熱量とテルミット剤によって生成する鉄の熱量、そしてケースなどへの熱損失などを考慮してテルミット剤充填量を計算してやればそんなに難しくはなかろうと思いきや、それがそう簡単ではなかったのです。何しろテルミット剤は反応が激しいものですから、反応時間やガス化に必要な熱交換が、うまくいかないのです。しかもロケットに搭載するわけですから装置の安全性にも工夫が必要になります。これには本当に参りました。試作の段階では、ある寸法の金属のケースにテルミット剤を適量(のつもりで)充填して反応をさせたところ、ケースの上蓋の孔から5m(内緒)の鉄液体のシャワーが吹き上げて、関東某所の実験場で関係者と唖然とする経験もしました。(もちろん安全策を講じていましたから何事もありませんでしたが)

 そこでテルミット剤には私の研究で培ったノウハウを投入して反応速度を抑制し、リチウムのガス化技術を構築しました。装置の設計を固めるまでのプロセスには多くの困難が伴いましたが、関係した大勢の方々のご協力によって、結果的にはスケジュールに遅れることなく装置を完成させることができました。宇宙実験用の装置を作るっていうのは大変なことなのですが、研究活動だけでは得られない重要なことを学んだと思います。

 LESを搭載したS-520ロケットが打ちあがったときには一体どこで雲ができるのか、その大きさはどんなものかさっぱり見当がつかなかったのですが、
「あ、光ってきた!」
と地上で一緒に観測している人の指差す方向にぼんやりと赤く輝く幻想的な光景が広がり始めたときにはさすがに喜びを抑えることはできませんでした。

 M-Vロケットの打上げのときもそうでしたが、宇宙の仕事っていうのは、このようなシビレル感激があります。「こりゃぁ難しそうだ」という装置を作るのは本当に楽しいです。次のLESもしっかりと設計して前回よりも良いシステムにしたいと思います。

(羽生宏人、はぶ・ひろと)

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※※※ ☆02以降の項目は省略します(発行当時のトピックス等のため) ※※※