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ISASメールマガジン

ISASメールマガジン 第232号

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ISASメールマガジン   第232号       【 発行日− 09.03.03 】
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★こんにちは、山本です。

 今日は桃の節句です。天気予報は【雪】ですが果たして現在降っているでしょうか?

 先週は相模原でも一時雪が降りました。最高気温は昼頃に1度程度で、省エネ仕様のエアコンでは設定温度の22度まで上昇してくれません。ドアが開くたびに足下から寒さが広がってきます。暦の季節は春なのに、冬に戻ったような一日でした。

 今週は、宇宙探査工学研究系の廣瀬和之(ひろせ・かずゆき)さんです。

── INDEX──────────────────────────────
★01:宇宙の果てを考えるということ
☆02:「宇宙学校・東京」開催
☆03:JAXA宇宙探査イベント「宇宙探査の始動」
☆04:今週のはやぶさ君
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★01:宇宙の果てを考えるということ

 皆さんの中には、夜空の遠くでひっそりと瞬く小さな星を視つめているうちに、宇宙の果てはどうなっているのだろう?と怖くなった人がいるのではないでしょうか。きっと、答えの見つかりそうもない問いに途方に暮れて、あるいは<果て>の外側を考えている“私”というものが分からなくなって、不安な“感情”を味わったのでしょうね。そんな皆さんに向かって哲学者の西先生ならこう言います。
「そんなふうに簡単に答えがでない時に大切なことは、“問い”そのものを良く考えてみることなんだ。つまり、その“問い”に対して、どういう“問い方”をすれば考えを前に進めることができるのか? あるいは、なぜそんな“問い”が気になるのか?と考えてみることが大事なんだよ。」

 私たち宇宙研の研究者たちは見えない宇宙の果てを解明するために、太陽や銀河のことを研究しています。私たちは「どういう“問い方”をすれば宇宙の果てを知ることになるのか?」と研究を一歩一歩進めていくのです。何年もかけて可能な限り高性能な科学衛星を作り、それをロケットに乗せて打ち上げ、輝く太陽や煌く銀河を観測します。そして、観測結果を積み重ねて、宇宙の果てについての考えを前に進めていきます。でも、研究所から家に帰り一人になった時には、皆さんと同じように、宇宙の果てを想像して「なぜ怖くなるのだろう?」と考えることがあります。このとき、私たちは遠い宇宙についてではなく、とても身近な自分の“感情”や“私”という意識について考えているのです。今回は、ロケットや科学衛星を使わない、このような“宇宙の果てを考えるということ”について書いてみたいと思います。

 皆さんはなぜ自分に感情があるのか考えたことはありますか?感情については、最近、科学的にいろいろなことが新たに分かってきています。神経学者のダマシオ先生はこう言っています。
「人が何かを見る、触る、聞く、想像するなどした時に生じる“身体”の変化が情動です。そして、その情動が“脳”に伝わって現れるイメージ、それが感情です。だから、私たちは悲しいから泣くのではなくて、本当は、泣くから悲しいのです。」
また先生はこうも言っています。
「私たちが何かを選ぶ時に、私たちの感情は“それを選ぶのは危ないよ”と囁いて、私たちを誤った選択から遠ざけてくれます。」

じっくり時間をかけて考えなくても、虫の知らせや直感によって正しいことをすばやく判断できる時もありますが、それはこのような感情の働きのおかげなのです。事故で頭を怪我して感情を失った人はいくら頭が良くてもなかなか正しい判断ができなくなってしまうそうです。このように身体(情動)や脳と密接にかかわりながら、人間が生きていくうえでとても大切な働きをしてくれる感情を、皆さんは大切にしてくださいね。

 一方、“私”という意識についても、とても興味深いことが理解されてきました。進化心理学者のハンフリー先生はこう言います。
「“私”という意識は、ダーウインが発見した“進化”の産物です。自分自身の内部を覗き込み、自分自身の心の働きを調べる“私”という意識は、大昔の人類にはありませんでした。人類が進化する中で、“他人の心の中を読む能力”として“私”という意識は発達してきたと考えられます。」
人は他の人の中に、自分自身が知っている感情以上のものも以下のものも見ることはできません。だから、人は自分の内面が豊かに成長するにつれて、まわりの世界もそれと一緒に豊かになっていくのです。ぜひ皆さんは、できるだけ様々な体験をして、自分の心と同時に人の心を深く分かる人になってくださいね。

 このような“感情”や“私”という意識についての新しい発見は、科学者ばかりを驚かせたのではありません。作家の保坂さんは新しい文学のあり方として、人間を次のように捕らえたいと書いています。
「脳も明らかになればなるほど、“人間”とか“私”とか“意識”というようなものが、30億年の生命の歴史が作り上げた分厚い層のごく一部分を占めている機能にすぎないことが理解されるようになってきました。人間が人間にしかできない主体的な選択だと思ってやってきたことの大半は、人間以前から続く脳のプログラムの半ば自動的な機能によるものだったのです。たとえば、人間は花を見て“美しい”と感じますが、それは虫や鳥が生きるために花や実を発見するメカニズムが進化しただけのことで、花を見て“美しい”と感じる感受性が人間だけに特別に備わった崇高さではまったくないということです。」
そして、宇宙に触れてこう言っています。
「“私が生まれる前から宇宙はあり、私が死んだ後も時間は流れつづける”という考えは、人間を突き放すように見えるかもしれませんが、人間が生きる世界を肯定することで、人間そのものを“私”などに固執するよりもずっと強く肯定することになると思っています。」

 皆さんも、私たちと一緒に宇宙の果てについてゆっくり考えてください。いつか大人になって国境の南に行っても、太陽の西に行っても、いつまでもいつまでも考え続けてください。私たちを包み込んでくれている宇宙を視つめることは、自分を視つめることでもあるのですから。

(廣瀬和之、ひろせ・かずゆき)

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※※※ ☆02以降の項目は省略します(発行当時のトピックス等のため) ※※※