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ISASメールマガジン

ISASメールマガジン 第225号

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ISASメールマガジン   第225号       【 発行日− 09.01.13 】
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★こんにちは、山本です。

 お正月あけは、いつもとは違う読者の方からもメールをいただきました。ありがとうございます。

 今週は、宇宙探査工学研究系の坂井真一郎(さかい・しんいちろう)さんです。

── INDEX──────────────────────────────
★01:“Stay hungry, stay foolish”
☆02:S-310-39実験班:アンドーヤ便り
☆03:今週のはやぶさ君
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★01:“Stay hungry, stay foolish”

 この原稿は、坂井が母校(東京学芸大学附属高等学校)の進路相談会で講演を頼まれた際に、書いた原稿です。すなわち初出ではありませんが、割と素直なメッセージではありますので、今回敢えて再掲させて頂くことにしました。ご理解の上、お読み頂ければ幸いです。

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 「人工衛星を作り打ち上げて、研究開発しています」と聞いて、あなたは一体どんな人物を思い浮かべるだろうか。ずっと宇宙のことばかり考えていた、そんな人? 残念、僕はそんな風では全くなかった。

 高校時代は、数学と物理が好きだった。物体の運動が一本の微分方程式で記述され、その背後にはさらに基本的で簡潔な数式があると知ったのは、2年の頃だったろうか。本気で、なんて世界は美しいんだろうと思った。
でも大学に入って、次第に興味が薄れてしまった。なんとなく現実から遠いもののように感じたからだろうか。代わって興味をもったのが、コンピュータのプログラムだった。大学3年の頃、プログラムを書いてA/D変換器から電圧を読み込む、という実験課題があった。すぐ課題ができてしまった僕は調子に乗り、ふと、人間の声を取り込んでみたらと思いついた。徹夜で書いたプログラムが取り込んだ僕の声をうまく再生した時には、ちょっとした 感動を覚えたものだ。何が面白いって、エコーでも倍速再生でもプログラム次第で思いのままなのだ。そんな風にプログラムが現実の世界にアクセスできるなんて、ちょっと衝撃的ですらあった。

 制御工学という学問に興味を持ったのは、そういう色々なことの結果だったのだと思う。数学に基づく理論があり、それによって例えばロボットが思うように動いたりする。設計した制御器はプログラムとなり、現実世界にアクセスし様々な動きを引き起こす。面白かった。制御について卒業論文を書き、なんとなく修士課程に進学し、背水の陣という覚悟で博士課程に進学して、そこでは電気自動車の運動制御を研究することになった。それまで自動車なんて全く興味なかったのだが、まあいくつかの縁があり、「プログラムを書いて自動車走らせられるなんて」という興味もあってのことだった。
当時まだそんな研究はほとんどなく、僕は勝手に、巨大な自動車会社に独りで喧嘩を売る孤高を気取っていたものだ。でも幸いその研究は評価され、新聞社から賞をもらい、自動車会社の人たちも話を聞きに来てくれるようになった。喧嘩に勝った気分だった。

 博士論文の目処がついて就職を考え始めた頃、「人工衛星を作ろうとしていて、電気と制御のことが分かる人を探している」という人が現れた。JAXA(当時の宇宙科学研究所)の教授だった。最初は週に一度手伝う程度だったのだが、やってみるとこれが面白い。宇宙では、衛星の運動はかなり厳密に物理の式に従う。例えばカメラを地球に向けるといった姿勢制御は、やっぱり計算機を載せてプログラムを書いて行う。僕にとって、面白くないはずがなかった。気づけば2年後、僕はスタッフとしてその計画にどっぷり入り込んでいた。こうして生まれたコドモは2005年に無事に宇宙に上がり、僕は結果的に「れいめい」というその名前の命名者にもなった。

 すべては、そんな風だったのだ。つまり僕は、ずっと夢があって突き進んできたのでは全くなかったのだ。節目節目でいくつかの幸運が、出会いがあって、自分の道はその結果で少しずつ決まっていったのだ。だけどもし、自分が何かに興味を持ちそこにのめり込んでいなかったら、もし自分の中に“受容体”のようなものを作ってこなかったら、訪れたものが自分にとって面白いとすら、きっと気づかなかっただろうと思う。

 そんな僕から、あなた達へのメッセージ。
自分が興味を持ったことには、素直にハマって欲しい。
それが将来役に立つかどうかなんて、その時点では誰にも分からないのだ。もし今あなたに将来の夢があるなら、それはとても幸福なことだと思う。僕の話なんて参考にもならないだろう。でも、少なくとも僕はそうではなかった。だから、もし今あなたにはっきりした夢がないとしても、どうかそのことで弱気になったり、そのことを理由に何かを始めるのをためらったり、しないで欲しい。多くの人にとって、自分がしたい何かを見つけることは、とても難しく、時間のかかることなのだから。そのためにもどうか、いつもあなたの心の声に耳を傾けて、それを聞き落とさないようにして欲しい。

 Apple Computerを作りパーソナルコンピュータの基礎を築いたSteve Jobsは、スタンフォード大学卒業式でのスピーチで、これと近いことを、もっとずっと素晴らしい言葉で語っている。初めて聞いた時は、ちょっと鳥肌がたったものだ。以下のURLで聞くことができるし(日本語訳つき)、iTunes Store からも無料でダウンロードできる(こちらは英語だけ)。

新しいウィンドウが開きます http://applembp.blogspot.com/2008/01/blog-post_12.html

 “Stay hungry, stay foolish”、子供っぽいかもしれないけれど、でもやっぱり、わくわくしますよね。

(坂井真一郎、さかい・しんいちろう)

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※※※ ☆02以降の項目は省略します(発行当時のトピックス等のため) ※※※