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ISASメールマガジン

ISASメールマガジン 第221号

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ISASメールマガジン   第221号       【 発行日− 08.12.09 】
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★こんにちは、山本です。

 今年もあと20日あまり、住宅地にまでクリスマスイルミネーションがあふれているのに、なんだか、もうすぐ『クリスマス』とか、『年末』という感じがしません。

 何か、もっと別なことに気を取られているのでしょうか?
(『クリスマス』より、来週の『原稿』………)

 今週は、宇宙輸送工学研究系の西山和孝(にしやま・かずたか)さんです。

── INDEX──────────────────────────────
★01:電気のロケット屋さんとSFと三国志
☆02:地震が電離圏に及ぼす影響を「ひのとり」のデータで研究
☆03:「かぐや」の成果続々!
☆04:今週のはやぶさ君
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★01:電気のロケット屋さんとSFと三国志

 私は1970年代に幼少期を過ごしました。その頃のTVアニメで描かれるSF(サイエンス・フィクション)の世界には、サイクロトロンエンジン−プロトン砲、光子力エンジン−ロケットパンチ、原子力エンジン−超電磁スピン、波動エンジン−波動砲、超次元機関ボイラー−ブラックホール砲、次元流体動力エンジン−パルサーカノン、反重力エンジン−反陽子砲、熱核ハイブリッド・エンジン−メガ粒子砲、といった様々な推進機関・動力源と兵器・決め技があふれていました。これらのうち、1940年代のアメリカの小説「キャプテン・フューチャー」シリーズを原作とする一番初めのもの以外は、架空の度合いが強くリアリティーに欠けます。まだ一機もロケットや人工衛星が飛んでいない戦前に、当時既に知られていた荷電粒子の加速器からヒントを得た、それらの高速粒子の反動を宇宙推進に利用する「電気ロケット」の概念が、SFの世界を通じて広く世の中の人々にも浸透していたというのですから驚きです。

 SFの世界の実現を夢見る私は東大で航空宇宙工学を専攻し、そこでの講義の中で面白そうだと感じた電気推進工学を専門とする研究室への配属されて、卒業研究ではDCアークジェットと呼ばれる電気推進の一種(アメリカ製のものが「こだま」、「きずな」に搭載されています。)に取り組みまし た。修士課程に進学する際に、同じ研究室の同期生3人が入試に合格したものの、研究室配属の定員の制限のため、そのうち1人は本郷キャンパスから相模原の宇宙研(ISAS)というところに出て行かなければならなくなりました。ISASの歴史・実績をほとんど知らなかった私を含め、3人とも本郷残留を希望したため、じゃんけんで配属を決定することにしました。幸か不幸か、この勝負に一発で負けてしまった私は、1993年から大学院生として宇宙研にやってくることになったのです。そこで私のライフワークとすることになる、マイクロ波による「電子サイクロトロン共鳴(ECR)放電型イオンエンジン」という耳慣れない新型ロケットに出会ったのでした。

 電気を使ったロケットの一種で、特に燃費効率に優れているのがイオンエンジンです。イオンエンジンの中では、直流放電プラズマを発生させる方式のものがアメリカ、イギリス、日本で研究開発の歴史が古く、これまでに最も数多く飛翔しています。このほかに、周波数1MHzの電波によるRF放電プラズマを利用したドイツの方式も古くから研究されており飛翔実績もあります。先行するこれらのイオンエンジンに遅れること30年、「第三のイオンエンジン」とも言うべき新型の研究開発が1989年頃から宇宙研で開 始されました。教官らと大学院生達が一丸となった努力が実り、2003年打ち上げの小惑星探査機「はやぶさ」に搭載されて活躍していることは、すでにご存知のことと思います。

 電子レンジよりも高い周波数(4.25GHz)のマイクロ波と永久磁石による磁場を利用した、このECRイオンエンジンの特徴は優れた耐久性にあります。直流放電方式の寿命制限要素である放電用陰極が不要であること、プラズマにさらされるスクリーン電極に衝突するイオンのエネルギーが小さく電極損耗が皆無であること、直流放電やRF放電に比べて低密度のプラズマ生成が得意であること、イオン衝撃による損耗に強いカーボン・カーボン複合材の電極を採用していること、などが耐久性を高めています。他方式と比べると、大きさ・質量のわりに推力が小さい、消費電力に対して推力が小さいなどの欠点はあるものの、プラズマ生成用電源は通信用のマイクロ波増幅器を転用すれば済むため、専用に新規開発する必要のある電源個数が少なく、制御もシンプルであるという利点があります。この方式のエンジンは長時間かけて探査機を大きく加減速する必要のある小惑星探査機や黄道面脱出探査機において最も能力を発揮できると期待されます。

 現在、私達は「はやぶさ」搭載イオンエンジンμ(ミュー)10の推力増強に取り組んでいます。「はやぶさ」では8mN(ミリニュートン:力の単位)が最大推力でしたが、「はやぶさ2」計画では10mNが必要とされています。実績のある「はやぶさ」向けの設計をほとんど変えずに大推力化を実現するのは容易ではありませんが、プラズマ生成室へのキセノンガス噴射口の最適化や、イオンビーム加速用電極の寸法微調整を組み合わせることで、目標性能を達成しようとしています。「はやぶさ2」以降の大規模な小惑星 探査機「マルコ・ポーロ」や、黄道面脱出型の太陽観測衛星の構想に向けて、より大型のイオンエンジンμ20(最大推力30mN)の開発を2000年から行っており、現在は最終段階の耐久試験フェーズにあります。「はやぶさ」μ10の耐久性要求は18,000時間で、実際に地上試験で20,000時間の運転を実施しましたが、μ20では20,000〜25,000時間の耐久性が要求されています。μ20の耐久試験は2,300時間を経過したところであり、まだまだ先は長いと言えます。

 ところで、皆さんのご家庭のテレビはどのような方式でしょうか?
2011年のアナログ放送終了を控えて、従来の陰極線管(CRT、いわゆるブラウン管)から、液晶、プラズマ、表面伝導型電子放出素子(SED)、有機エレクトロルミネッセンス(EL)などの多様な薄型テレビへの移行が進むことでしょう。家庭用の照明器具も地球温暖化・環境破壊対策として、従来の白熱電球から蛍光灯、有機ELを含む発光ダイオード(LED)などへの置き換えが進むと考えられます。このように、一つの用途のために複数の異なる技術が切磋琢磨する状況は、技術の進歩の観点からは望ましいことと思います。ビデオテープや次世代DVDの規格争いのように規格統一が一般消費者の利益になると評価される場合もありますが、宇宙での活動に関しては特定の国や企業による技術の独占は、一市民としても一研究者としても歓迎すべきことではないと考えます。ちょっと大げさかもしれませんが、日本独自方式のECR放電型イオンエンジンの技術向上により、イオンエンジン業界の「天下三分の計」を実現・維持したいと考えています。

(西山和孝、にしやま・かずたか)

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※※※ ☆02以降の項目は省略します(発行当時のトピックス等のため) ※※※