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ISASメールマガジン

ISASメールマガジン 第220号

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ISASメールマガジン   第220号       【 発行日− 08.12.02 】
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★こんにちは、山本です。

 2008年ももう師走になりました。週明けの相模原キャンパスは、青い空にドウダンツツジの葉が真っ赤に紅葉して、冬はまだまだと言った感じで すが、濃い緑の葉に濃いピンクの花が、あれはサザンカでしょうか?
『初冬』の花です。
 そろそろTシャツではなく、もう少し暖かいトレーナーを出してこないと……

 今週は、高エネルギー天文学研究系の竹井 洋(たけい・よう)さんです。

── INDEX──────────────────────────────
★01:冬の寒さにオランダを思う
☆02:そらからの贈りもの 〜宇宙航空の最先端を知る〜
☆03:今週のはやぶさ君
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★01:冬の寒さにオランダを思う

 「うーん、温度計の配線が断線したか…」
 私は一人実験室でため息をついた。
 「とりあえずお茶でも飲んで気分転換しよう」
 部屋に戻って紅茶を入れ、Eメールをチェックしながらカップをすする。
 いくつかのEメールに返信、返信、また返信。おっと、気がつくともう15時だ。
 予定では13時に終わるはずだった実験は全く進んでない。
 気を取り直して実験室に戻らねば。まずいなあ、帰りが遅いとまた怒られそうだ。


 私の専門はX線で宇宙を見るX線天文学。宇宙にはX線を出す天体が数多く存在し、X線による観測は他の波長では知ることのできない知見を次々と与えてくれる。大気で吸収されてしまう宇宙からのX線を捕らえるため、人工衛星を上げ、観測器を向ける。現在「すざく」衛星が海外の衛星と共に活躍中。私は「すざく」衛星を使って宇宙の謎に挑み、また、将来の人工衛星搭載に向けた新型検出器の開発にも勤しんでいる。上記はそんな私の(ちょっとうまくいかなかった日の)一コマだ。

 私にとって、いや、きっと私だけでなく、多くの人に共通していると思うが、時間をうまく使えるか、というのは悩ましい課題だ。毎朝予定をたてるものの時間の見積もりが甘かったり、物事が予定通りにいかなかったりする日も多い。夕方自転車に乗りながら「今日はちょっと進みが悪かったなあ」などと考えてしまう。すると、ただでさえ寒い風がますます寒くなる。最近はめっきり寒くなった。去年住んでいたオランダも寒かったが、日本もやはり冬は寒い。

 そう、私は昨年オランダでポスドクとして働いていた。研究内容は今と変わらず、X線検出器の開発やX線を使った天体の研究。ただし違うのは時間の使い方、それに対する考え方だ。オランダでは、(そしてヨーロッパの他の多くの国でも)仕事より圧倒的に家庭の方が大事。気のせいか終業時刻より早くから人が減っていき、5時を過ぎると人はどんどんいなくなる。6時まで残る人はいても、7時になったら誰もいない。私は学会前に8時まで残ったことがあるが、警備員さんに「身分証をみせろ」と詰問される始末。(しかも警備員さんは英語をしゃべらない。私はオランダ語がしゃべれない)これも、夕方のプライベートの時間、特に家族との時間や食事を大切にしているからだろう。

 家族を大切に、といえば、日本と違って仕事仲間と飲みに行くことはほとんどない。オランダにいた15ヶ月の間にバーに行ったのは、私の歓迎会と送別会のみだった。その一方で、ホームパーティを開くのは好きで、何度か呼ばれたことがある。ホームパーティの際にはもちろん家族でお邪魔する。私や家族はオランダ語がしゃべれないが、気にせず英語で話を振ってくれるのがありがたい。夏は夜10時過ぎまで明るいので、バーベキューを遅くまで楽しめた。

 研究所から帰るのが早いだけでなく、休憩時間をしっかりとるのも特徴だ。私のいたグループ(10人程度)では、11時から30分コーヒータイム。12時半から1時半まで昼食、4時から30分紅茶の時間があり、そこではみんなが集まり雑談をする。研究の話もあれば、趣味の話、政治経済なんでもあり。国籍も多様なので異なる意見がぶつかりあい面白い。面白いのは、研究が乗っているときでもコーヒータイムになると一時中断してコーヒーを飲みにいくことだ。私は最初もったいないと後ろ髪をひかれたものだが、それがオランダのやり方のようだ。

 さて、こう書くと、オランダでは研究時間がひどく短く見える。単純に勤務時間を比べたら多くの日本人は1.5倍以上働いているのではないだろうか。しかし、面白いことに、オランダにいた頃は「今日は進みが悪かったなあ」などと考えたことはほとんどなかった。実際に、仕事の進みも特段遅いということはなかったと思う。この違いは何だろうか。

 一つには、研究に集中する時間と休憩時間の切り替えが非常にはっきりしていることだろう。オランダでは会議や雑用に取られる時間が少なかったのでそれも大きな理由である。しかし、そういう違いよりも、気持ちの持ちようが重要なのだろうと思う。オランダでは6時になったら「続きはまた明日」と割り切っていた。「もう少し続けたらうまくいくのではないか」とずるずると続けることは稀であった。(こうやって続けてもたいてい再度失敗するものだ)実験パートナーとは「今日はあまり進まなかった」ではなく「明日はここから始めよう」と前向きに話す。そういう姿勢でいると、不思議と時間の使い方がうまくなる、あるいはうまくなったように感じるのではないだろうか。

 さて、今の私は、日本に戻り、宇宙研で研究生活を送っている。オランダでの経験を現在の研究に生かしているつもりである。時間の使い方に関しても、オランダで学んだことを生かせばよいはずだ。ああ、しかし、そんな簡単にはいかない。自分の気分というものはなかなか自分でコントロールできるものではないようだ。


 自転車を飛ばして家へ向かう。
 この時期はスピードを出すと指先や耳が痛い。
 やはり帰りは予定より1時間遅れてしまった。
 「うーむ、ちょっとハンダ付けに時間をかけすぎたなあ」ぶつぶつ。


 まだまだ精進が必要である。

 全てが理想通りにはいかないものだが、せめて「家庭を大事にする」という点はもっとオランダ人に学んでいきたいものである。折しも今年二人目の子が生まれた。二人の子どもの面倒を見るのは大仕事に見えるので手伝えることは尽きそうにない。

 幸い最近は家にも高速インターネットが通っているので、帰宅後に出来ることも多くなった。おっと、こんな調子で作業時間を増やすのが、仕事の効率を下げる一因だろうか?!

(竹井 洋、たけい・よう)

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※※※ ☆02以降の項目は省略します(発行当時のトピックス等のため) ※※※