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ISASメールマガジン

ISASメールマガジン 第208号

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ISASメールマガジン   第208号       【 発行日− 08.09.09 】
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★こんにちは、山本です。

 9月とともにコンピュータウィルスがやってきました。(私のところではないのですが……)
臨席のネットワークヘルプにかかってきた電話が聞こえてきました。
「それでは最初にネットワークケーブルを抜いてください。」
「おわかりにならない」
「先が透明で、タブを押さえないと抜けないようになっています」
「壁のネットワークコンセント、またはネットワークのハブから……」
「2本あるんですか!!」
「今、行きます!」

 帰ってきた担当者に聞いてみました。
「いったい、何のケーブルだったんですか?」
「マウスのケーブルを抜いていました。」
ネットワークケーブルを知らなくても、パソコンは使えるんだ…

 今週は、宇宙情報・エネルギー工学研究系の竹内 央(たけうち・ひろし)さんです。

── INDEX──────────────────────────────
★01:探査機の軌道決定
☆02:大気球放球実験2号機成功!
☆03:GLAST衛星が初のガンマ線全天地図を公開
☆04:今週のはやぶさ君
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★01:探査機の軌道決定

 北京オリンピックが盛り上がりをみせていた2008年8月18日、日米豪の計5台の大型パラボラアンテナが、一斉に「はやぶさ」に向けられていました。世界の宇宙機関が協力して「はやぶさ」の位置や速度を精密に測定するのが目的です。今回は、探査機をターゲットへ送り届けるために欠かせない技術、「軌道決定」に関するお話です。

 ボールを斜めに投げ上げると、ボールは放物線の軌道を描きます。ボールが手から離れる瞬間の速度(=速さと投げる向き)と離れる位置が正確に分 かれば、ボールが描く放物線の軌道は一意に決まり、その後のボールの位置と速度も正確に知る事ができます。探査機の場合も同様で、ある日時におけ る探査機の三次元位置(x,y,z)と三次元速度(Vx,Vy,Vz)、計6つの量(=軌道6要素)を知る事ができれば、探査機が描く軌道を決める事(=軌道決定)ができ、その後の日時における探査機の位置と速度を予測する事ができます。軌道決定の結果、探査機が予定のコースから外れている事が分かれば、スラスターの噴射やエンジンの駆動により、ターゲットに正しく向かうよう修正する事ができます。

 大航海時代に大海原を進んだ帆船が、羅針盤や星図、海図などをたよりに自らの位置を知り、目的地を目指したように、宇宙を旅する探査機もまた、 様々な手法を用いて位置や速度の計測を行います。

 探査機の速度はドップラー効果の原理に基づいて測定します。
探査機からは、地球に向けて、常にある一定の周波数の電波が送信されています。ピアノの調律で使われる音叉が、常に一定の高さの音を出すのと同じ です。その電波を地上のバラボラアンテナで受信し、”音色の高さ”の微妙なずれを計測すれば、探査機の三次元速度のうち、アンテナと探査機とを結 ぶ方向の成分の大きさ(=視線速度)を知る事が出来ます。この方法は「One-wayドップラー計測」という方法ですが、この方法で達成できる精度はそれほど高くはありません。探査機上で生成される本来は一定であるべき周波数が、実際には温度変動等に応じてふらついてしまうためです。

 より精度が高い方法として「2-wayドップラー計測」という方法を用います。この方法では、まず初めに地上のアンテナで一定の周波数の電波を生成し、探査機に送信します。探査機では受信した電波を地上に送り返し、地上のアンテナで戻ってきた電波を受信します。戻ってきた電波の周波数と送信した周波数との差をとる事により探査機の視線速度を計測する事ができます。車の自動速度取締装置と同じ原理です。
この方法を用いると、地上で生成される電波の周波数が多少本来の値とずれてしまったとしても、戻ってきた電波の周波数と差を取る時にその影響がキ ャンセルされるため、非常に高い精度で視線速度を計測できます。

 一方、探査機の位置を測定するための方法が「2-wayレンジ計測」です。地上のアンテナから探査機に向けて電波を送信し、折り返して戻ってくるまでの往復時間を計測し、探査機までの距離を測定します。例えば最近の「はやぶさ」を例にとりますと、「はやぶさ」は現在、地球からみてほぼ太陽の反対側にいるため、6億km以上の距離を電波が進む事になり、往復時間は30分以上になります。その往復時間を数ナノ秒程度の分解能で計測し距離を測定します。

 ここまでご紹介したドップラーやレンジ計測は、地球と探査機間を結ぶ方向の視線速度や距離を計測する手法なので、地球からみた探査機の角度、すなわち天球上における探査機の位置を精度よく計測する事はできません。天球上の位置を直接測定する方法として「相対VLBI」の原理を利用する研究が進められています。

 「VLBI」とは「Very Long Baseline Interferometer」(超長基線干渉計)の略語で、非常に遠く離れた複数の地上アンテナで、探査機からの電波を同時に受信し、それぞれのアンテナで電波を受信する時刻の僅かな差(=遅延量)をナノ秒〜ピコ秒の精度で計測する技術です。各々のアンテナの間の距離(=基線長)が数cm程度の精度で分かっていれば、三角測量の原理により、電波が来る角度、すなわち、探査機の天球上の位置を知る事ができます。
VLBIで遅延量を測定する時の主要な誤差要因として、地球の電離層や大気の影響が挙げられます。探査機からの電波が電離層や大気を通過する時、真空に比べわずかに時間的な遅れが生じます。地球の電離層や大気による伝播時間の遅れの大きさは各々のアンテナが位置する局所的環境に依存するため、遅延量にバイアス誤差がのってしまうのです。

 この問題を解決するのが「相対VLBI」です。「相対VLBI」では、天球上で探査機のそばに位置する電波星を校正用天体として利用します。探査機からの電波を受信する合間に定期的(数分〜10分程度毎)に校正用天体の方向にアンテナを向け受信し、遅延量を計測します。天球上の位置がよく知られている天体が校正用天体として使われるため、計測された遅延量と本来あるべき遅延量とのずれを計算する事により、前述したバイアス誤差の量を推定し補正する事ができるのです。

 「相対VLBI」による探査機の軌道決定は、米国NASA/JPLがパイオニア的存在ですが、近年になりJAXAやNICT等の日本の機関やヨーロッパの宇宙機関ESA等において各々独自の方式で開発が進められています。
冒頭に述べた8月18日の「はやぶさ」の観測は、NASA/JPL、ESA、JAXA、NICTが所有する日米豪のアンテナ網を用いてお互いに協力して観測し、機関の壁を越えて「相対VLBI」を行う事を目的とした初めての実験です。VLBIでは、使用するアンテナ間の基線長が長ければ長いほど高い精度で探査機の位置を計測する事ができるため、このような国際的な協力関係が重要になります。

 NASA/JPLでは、「相対VLBI」により10ナノラジアンを切る角度分解能で位置測定ができるようになっており、今年火星で水を発見したフェニックス探査機等、様々な探査機に利用しています。

 JAXAの月周回衛星「かぐや」では、相対VLBIにより探査機の軌道を精密に決定し、月の重力場を精密に測定する実験が行われています。将来的にも、エアロキャプチャ(惑星の大気により探査機を減速する省エネ航法)や惑星の大気圏に突入する探査機の位置を精密測定し惑星大気の速度プロファイルを得る実験等、様々な応用が期待されています。

 今回は、探査機の軌道決定に用いられる技術をご紹介しましたが、地球近傍を周回する人工衛星の軌道決定では、レーザー測距やGPS等、今回ご紹介した技術とは異なる技術も使われます。

 これらの技術についてのご紹介は、またの機会に。

(竹内 央、たけうち・ひろし)

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※※※ ☆02以降の項目は省略します(発行当時のトピックス等のため) ※※※