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ISASメールマガジン

ISASメールマガジン 第193号

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ISASメールマガジン   第193号       【 発行日− 08.05.27 】
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★こんにちは、山本です。

 スパムメールの山にほとんど埋もれかけている感想メールを見つけると、スゴク嬉しくなります。読者の皆さんからの感想メールが来ると、筆者も励みになります。

 私も、皆さんからのメールを励みに、新しい筆者を探しています。新規開拓、乞う御期待??!!

 今週は、高エネルギー天文学研究系の山崎典子(やまさき・のりこ)さんです。

── INDEX──────────────────────────────
★01:衛星の休日
☆02:「かぐや」、地形カメラによりアポロ15号の噴射跡を確認
☆03:「はやぶさ」ビデオ「祈り」が WorldMediaFestival 部門別銀賞受賞!
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★01:衛星の休日

 5月3日土曜日、4連休の初日の昼過ぎのことです。
“プルルルルル”
自宅の電話が鳴りました。
「あ、いたいた、メールみたぁ」
「いえ、何か起きましたか?」
「Mkn 421がTeVで明るくなったって。米国のPIさんがすざくのToOやりたいっていってきてるんだ。なんとかなる?」
「します..20分下さい。コマンド当番さんは運用室にいるんですね?」
「うん、待ってもらってるから」
なぜか(新婚なのに)宇宙研にいる某教授からの電話でした。

 解説しましょう!
(面倒な方は適当にとばし読みして下さい。)

 「すざく」は、2005年7月に打ち上げられた日本で5番目のX線天文衛星です。残念ながら、超精密分光装置は動いていないのですが、X線反射望遠鏡とCCDカメラを組み合わせた0.1- 10 keV のX線に対して、X線光子の来た方向とエネルギーを測る撮像分光観測と、20-600 keVの硬X線からγ線領域での分光観測ができます。CCDカメラの視野は18分角(月の半分強)なので、観測したい天体にX線望遠鏡の載った衛星全体の方向をむけて観測をします。

 「すざく」の観測する天体は、大勢の天文学者が「これを見るときっと面白いことが分かる」という提案を書き、審査を経て選ばれています。「すざく」の向けられる方向には、太陽電池パネルに日が当たるように、星カメラに月が入らないように、などの制限があるので、いつでもどこでも、というわけにはいきません。1年分の観測天体をまとめて審査して、効率良くみられるように計画をたてます。

 “PI”というのはPrincipal Investigator(主研究者)の略で、その観測を提案して、真っ先に解析する権利をもった人です。

 “Mkn 421”は、比較的我々の近く、4億光年彼方にいるブレーザーと呼ばれる活動銀河の一種です。活動銀河核には、巨大ブラックホールがいて、中心に物が落ち込んでくる時の角運動量をジェット噴射で捨てているらしいんですが、そのジェットが電波からγ線のいろんな波長の光を発して、しかも明るさが激しく変わるんですね。明るさの変わり方や、波長による違いを見ると、どういう素過程で光がでてくるのかが分かります。特にTeVとX線を比較すると、シンクロトロン放射について詳しく分かってきます。keVがeV(電子ボルト)の千倍なのに対し、TeVは1兆倍のエネルギーを指します。TeVのγ線は大変エネルギーが強いので、空気にぶつかると沢山のチェレンコフ光というわれる光のシャワーになり、地上(大抵砂漠)で、夜チェレンコフ光を探すことで観測ができます。

 で、今回のMkn 421の観測提案は、ちょっと変わっていて、1年分の観測計画にはいれないでおいて、もしもTeVで急に明るくなったら、「すざく」に連絡するから見て欲しい、というものでした。こういうものをToO 観測(Time of Opportunity: 日本語でなんというのでしょう? チャンスがあったら観測って感じなのですが)といいます。ToOには「あ、急に超新星が!」のような予想のできないものもありますが、今回のMkn421は、 PIはTeV観測をしている方で、明るくなったら4-5日間γ線と「すざく」での同時観測をしよう、という提案でした。
そして、昨夜、いつもより5-10倍くらい明るくなったので、「すざく」に連絡をしてきたわけです。また、5月10日以降は、Mkn 421が夜空にいる時間帯に、月がでてきて夜空が明るくなって、チェレンコフ光の観測が出来なくなる、ということでした。今日の運用には間に合いませんが、月曜に衛星に送るコマンドで、観測方向を変えてやれば、5晩の同時観測ができます。

 さて、長々と面倒な説明をしましたが、要は、
「すざく」は今すぐ(繰り返しますが、4連休初日の昼下がり)に観測予定を変更して、コマンドを作らなくてはならない!」
ということです。
4億光年彼方(つまり4億光年前)のブレーザが、日本の休日を知るよしもないのですが、なんで、今明るくなるかなあ。

 「すざく」衛星へのコマンドの送信は、鹿児島県肝付町の内之浦宇宙空間観測所で行なっていますが、コマンドは相模原キャンパスの運用室で作っています。今日のコマンド当番さんは、「すざく」チームの埼玉大のスタッフと中央大の大学院生で、予定変更が決まれば、すぐ対応します、と待ってくれています。

 事前の観測提案をチェック、確かにToOの条件を満たしている。天体の座標をデータベースで調べる。「すざく」の向く方向を決めて、月と太陽の位置に問題がないことを確認。検出器のモードを決めて、運用当番さんがコマンド作成ソフトに入力する初期設定ファイルを編集。いつもとちょっと違うパターンで運用してもらわないといけないので、電話で当番と相談して決定。
メールで入力ファイルを送信。20分では終わらなかったです。やれやれ、待たせてごめんなさい。PI、マネージャー各方面には報告しときますね。

 相模原でコマンドを作り、内之浦の当番とダブルチェックが終われば、観測準備OK。
観測データベースへの反映をしなくてはいけないので、連絡を待っていると..「ひので」から緊急連絡メール。内之浦観測所で停電があり、夕方の「ひので」運用が出来ないため沖縄局を使用したとこのこと。慌てて、内之浦当番に問い合わせをすると、午後4時前に原因不明の停電があったが、自家発電装置が立ち不がったので、マニュアルを見ながら対応してくれている、とのことで一安心でした。停電の理由は、翌日になって
「九州電力の方の説明によると、電力系の設備に蛇が絡まってショートしたそうです。内之浦は自然がいっぱいですね。」
と判明しました。その後は、火曜に送信トラブルで電話一本くらいの穏やかな休日でした。

 貴重な観測装置である衛星の運用は、年末年始をのぞく週6日体制で行われています。休みの時も観測は続けられるように注意してコマンドを作るので、「すざく」は年中無休です。盆もゴールデンウィークもないんです。
運用は日曜に運用を休む衛星は世界で見ると珍しいのですが、運用専属スタッフがいるわけでもない宇宙研の衛星では、慣習的に日曜を休日にしています。しないと、やってられないんだもん。

(山崎典子、やまさき・のりこ)

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※※※ ☆02以降の項目は省略します(発行当時のトピックス等のため) ※※※