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ISASメールマガジン

ISASメールマガジン 第186号

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ISASメールマガジン   第186号       【 発行日− 08.04.08 】
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★こんにちは、山本です。

 相模原キャンパス本館前の「ソメイヨシノ」は、半分以上散ってしまいましたが、駐車場のある林の中はまだ見頃の木も残っています。この季節に桜の下に駐車していると、帰宅時には車のあちこちに花びらが積もっています。

 今週は、宇宙農業サロン(宇宙環境利用科学研究系)の山下雅道(やました・まさみち)さんです。

── INDEX──────────────────────────────
★01:昆虫をたべて火星にいこう
☆02:「ひので」の観測で低速太陽風の吹出口での風速が判明!
☆03:第27回 宇宙科学講演と映画の会
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★01:昆虫をたべて火星にいこう

「飢餓の被害者から宇宙飛行士にいたるすべての人々に昆虫食を普及させる国連の会議が開かれた」というAP発のニュースが、ウェブ上で世界を駆けめぐった。そのうちのひとつの
新しいウィンドウが開きます http://www.foxnews.com/story/0,2933,332172,00.html には、おいしそうなタガメの写真が添えられている。この会議は、国連の食料・農業機構(FAO)が、昆虫食の本場であるタイ・チェンマイで開催した。アフリカ、ラテンアメリカ、アジアの90の国で1,400種にのぼる昆虫がたべられている。昆虫は飢饉に対して有効な食材なのだから、持続可能な文明をつくるためにも、昆虫食の意義をきちんと主張しようという会議であった。

 わたしたち宇宙農業サロンでは、火星で、食料や酸素、水を、人間の排泄物や口からはきだす二酸化炭素を原料にして、植物のはたらきで再生するという生命維持のしくみを研究している。植物起源の食材だけでは健康をそこねる。インドの菜食主義者は牛乳を食材に加えている。火星では、樹木の栽培にあわせてカイコを、またイネと一緒に水田でドジョウを育てようという構想を、わたしたちは検討してきた。冒頭のニュースの「宇宙飛行士に昆虫」は宇宙農業サロンのメンバーの一人の三橋淳先生が、チェンマイの会議で発表したものである。

 欧米風の肉食を中心とする食事が高級でよいものだとすると、世界中の人があまねく饗するには、地球が6個もいる。すなわち6人に5人は食べることができない。昆虫(やドジョウ)を食べるなら、人間の食料植物生産とそれほど競合はしないので、皆が食べることができる。バイオエタノールで車を走らせるというのは(宇宙でもハレの日にはお酒で乾杯をと、醸造をしてみた経験からすると)狂気の沙汰だ。

 さて、宇宙農業をこれからになう若者をリクルートしようと、高校1年生の生物の授業におしかけた。教室では、研究者の間からは浮かび上がらないような よい質問がたくさん飛び出した。

 宇宙農業:高校生Q&Aのうち、昆虫食に関係する部分を紹介しよう。


▼ カイコをどのように食べるか

 生のサナギを天ぷらにしてそのままたべるのが一番。進化系統樹でわかるように、カイコなど昆虫とエビやカニは近縁であり、サナギの天ぷらは、カニ味噌風味である。天ぷらのほかに、ゆでたサナギそのもの(スナック)、サナギ入り味噌風味豆腐ハンバーグ、サナギ・つくね、サナギ・きなこ・玄米粉のケーキやクッキー、サナギ入り福寿餅などたくさん考案されている。中国では中年・老年者むけ強壮薬膳にカイコ・サナギがつかわれている。韓国では、コンビニエンス・ストアで日本でのツナ缶とおなじようにカイコのサナギ(韓国語でポンデキ)の缶詰が売られている。日本でも、甘辛く煮たサナギは長野名物である。


▼ カイコの寿司はあるか

 醸造酢で酢飯をつくり、トッピングをそえるスタイルの寿司は江戸時代にファースト・フードとして発達した。鮨の原型は「なれ鮨」であり、大津など琵琶湖周辺で米飯と魚を積層してつくるフナ鮨はよく知られている。デンプンが分解して小さな糖分子ができ、乳酸菌による発酵で糖は酢酸などになる。酸性にかたむくことで、病原性細菌をふくむ他の細菌がそこでは増殖できず、なれ鮨は保存食となる。魚のタンパクは発酵により小さなアミノ酸分子となり、細菌の増殖をうながす。大きなタンパク分子は味がしないが、分解した(腐ってできた)アミノ酸分子はよい味となる。

 寿司は長寿地域である日本の健康な日本食というふれこみもあり、いまや世界のさまざまなところ(北米大都市、そして金持ちがあふれるモスクワ)で高級料理として流行している。カリフォルニア巻きとかそれぞれの地域で独自な発展もみせており、今年くらいに、どこかでカイコの寿司がでてもおかしくはない。


▼ カイコ以外のたべる昆虫の候補

 エビガラスズメ:カイコは絹を作るために育種されてきたので、幼虫はシルク・ファイバー(タンパク分子)のもとになる絹糸腺という組織を発達させる。したがってマユを作った後のサナギにふくまれるタンパクはすくなくなる。エビガラスズメのサナギはそのようなことはない。エビガラスズメのサナギはカイコに比べて大きく、天ぷらにした味も一段とよい。ただし、雌雄の成虫が飛翔しながら交尾するので、火星でうまく飛べるかが心配である。カイコの成虫は飛ぶことはできず、なにかの表面のうえで交尾する。

 シロアリ:木のセルロースを食べ、消化管内で共生している微生物がセルロースを分解してシロアリの養分としている。アフリカには、シロアリ食文化のある地域がある。

 ハエ:排泄物や腐ったものをハエのウジはたべて育つ。短い時間で育つし、大量生産する技術も確立されている。ウジは古くから食用され、薬としても使われた。よい味のするグルタミン酸などのアミノ酸が多くふくまれていて、ウジはおいしいとのことだが、まだ自分で食べていないのでわからない。

 アリ:アリは体内に蟻酸をつくり、酸味がほしいときによい食材である。

 ミールワーム:ペットの餌として養殖技術が確立されており、北米では唐揚げしていろいろな味をつけたものが広く売られている。

 ハチ:ミツバチは家畜化された昆虫(ミツバチとカイコ)。蜂蜜ばかりでなく幼虫は高級食材である。

 イナゴ:その名前(稲子)がしめすように、人間の主食であるイネを食害する昆虫であるが、貴重なタンパク、カルシウム源として稲作地帯で食用されてきた。我が家の子供たちは、イナゴを食べると足がはやくなると信じて食べている。


▼ なんでカイコなのか

 カイコは とばない にげない かわいい。


▼ タンパクなら昆虫でなくともダイズでよい

 たしかにダイズにはタンパクが多い。胚芽米や玄米からもタンパクをとれるのだが、必要量とろうとすると、てんこ盛りのどんぶりとなり、炭水化物をとりすぎる。タンパクは消化管から吸収されるときは分解されて小さなアミノ酸分子となる。ヒトが必要とするたくさんの種類のアミノ酸のそれぞれの量を過不足なくとろうとすると、(ソバは満点なのだが)多くの植物ではたりないアミノ酸がでてくる。動物のタンパクのアミノ酸構成が植物のそれと相補うというのが、食品材料に動物をふくめる一つの理由だ。植物からとれない栄養成分には、コレステロールのような動物しか作らない脂肪分子やビタミンD(キノコでもとれるが)や、B12がある。


▼ カイコのマユは利用するのか

 マユは衣料にする。絹繊維はタンパク(フィブロイン)でできているので、いざとなれば食用できる。繊維の表面にはセリシンというタンパクがあり、繊維と繊維を接着している。セリシンは保湿効果とか耐紫外線効果などが注目され、高価な化粧品の原料になっている。ウグイスの糞とおなじくカイコの幼虫の糞も化粧品としてつかわれる。緑色の歯磨き粉にも、かつて糞がいれられていたという。ラオスなどでは、「蚕砂」という名称でカイコの幼虫の糞をティーバッグに入れて煎じてのむ。クワの茶は、糖尿病防止などの効果がいわれているが、薬理効果がきちんとあるのかはしらない。


▼ カイコではなくクワの葉をたべるほかのおいしい昆虫は作れないか

 植物は動物による食害から自分をまもるように、さまざまな毒や忌避物質をつくるようになった。ある植物種の毒を破る技をある動物種が獲得すると、その植物は破った動物が独占できる。カイコは甘さのほかにクワの葉の味を感ずる器官をつくり、クワの葉しかたべない。その器官をこわすと、カイコはクワ以外の葉もたべるようになる。


▼ 昆虫ばかり食べていてつらくないか

 アイリシュの女性から、いろいろな料理を工夫して作っても、両親はジャガイモとソーセージ以外たべないので努力しがいがないと嘆かれた。神経系の発達にはクリティカル・フェーズ(臨界期)があり、味覚もそのうちのひとつかもしれない。15才までにおいしいモノをたべないといけない。カイコなどおいしい料理を君がおいしく感じられないとしたら、それは料理に手をかけなかったご両親の責任だろう。子供ができたら、15才までは料理に手をかけること。


▼ 火星探査をする科学者はカイコを食べるのに抵抗はないか

 科学者は総じて貧乏なので、グルメはいらない。科学者の中でも、いくつかのタイプがある。フィールド系は食事をえらばない、実験系はチャレンジする。理論系はこの辺こころもとないのだが、理論系科学者は火星にいこうとはしないだろう。

(山下雅道、やました・まさみち)

宇宙農業サロン ウェブページ 新しいウィンドウが開きます http://surc.isas.ac.jp/space_agriculture/
連絡先:Space_Agri@surc.isas.jaxa.jp

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※※※ ☆02以降の項目は省略します(発行当時のトピックス等のため) ※※※