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ISASメールマガジン

ISASメールマガジン 第182号

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ISASメールマガジン   第182号       【 発行日− 08.03.11 】
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★こんにちは、山本です。

 気象庁から「ソメイヨシノ」の開花予想が発表されました。ISASの相模原キャンパス辺りでは、3月27日と予想されていますが、本館玄関前の「ソメイヨシノ」はまだまだツボミが小さくて、本当にあと2週間で咲くのかと思うような状態です。

 日本天文学会100周年の記念切手が発売されますが(3月21日)、その中に、「すざく」や「はやぶさ」などがデザインされています。
1シート800円。なくならないうちに手に入れよう!

 今週は、技術開発部の中塚潤一(なかつか・じゅんいち)さんです。

── INDEX──────────────────────────────
★01:宇宙タクシー
☆02:「はやぶさ」、3回目の遠日点を無事通過
☆03:「かぐや」プロジェクトがAviation Week Laureate Award for Spaceを受賞
☆04:「かぐや」が「2007年読者が選ぶネーミング大賞」ビジネス部門第2位に
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★01:宇宙タクシー

 すごく内輪なことですが、この原稿の締切日が2月29日。おぉ、そうか今年は北京オリンピックもある閏年ですね!ただ、そういうことを締切日から連想してしまうのも悲しいですね。きっとオリンピックでは各国選手のすばらしいパフォーマンスが見られることでしょう。

 ・・・と全く関係の無い前フリで、話の上手い人だと競技などと絡ませてうまく話題を展開するのでしょうが、そこまでの技量が自分にあるはずも無いので、一気に話の方向を変えます。


 数日前にニュースでアメリカの偵察衛星が制御不能に陥り、地球に墜落する恐れがある。姿勢制御燃料として毒性の強いヒドラジンを満載しており、もしも人口の多い地域に落下してしまうと、死傷者が出る可能性もある。
被害を最小限にするためには打ち落とすのが適切として、アメリカ海軍がミサイルにより撃墜したということは記憶に新しいでしょう。ここで宇宙の推進屋さんとして気になるのが “毒性の強いヒドラジン”というフレーズです。

 “ヒドラジン”よくここまで危なさを感じられる名前をつけたものですね。確かに毒性は強いのですが、衛星推進の燃料としてはかなり優秀なものです。
このヒドラジンを触媒で分解して推力を得る1液スラスタが衛星の多くに搭載されています。そのヒドラジンとか言う危ないものを使ってスラスタから噴射して推力を得ているシステムがあることは分かってもらえたと思います。
何のためにそんなものが必要かというと、タクシーをイメージしてもらえれば分かりやすいと思います。

 我々がどこかに行きたいと思うとき、大抵の場合は公共交通機関で近辺まで行き、そこから徒歩やタクシーで最終目的地にたどり着くというのが一般的でしょう。これと同じことが衛星でも言えます。ロケットで可能な限り目的地の近くまで衛星は送ってもらえますが、そこから先は自分でたどり着くしかありません。科学衛星はカメラや観測機などのお客さんがたくさん乗りこんだタクシーみたいなものです。予めどこで観測したいか目的地を聞いておいて、衛星というタクシーに乗ってくれた皆さんを目的地まで送り届けなければなりません。そのとき他のサブシステムと協力して、スラスタからの噴射で衛星の姿勢を制御し、さらに軌道という目的地まで運んでいくのが宇宙の推進屋さんの仕事です。

 先に書いたように衛星推進系の燃料のヒドラジンは強い毒性を持っています。そんなに危なそうなものと一緒のタクシーには乗りたくない気もしますが、現段階で実用されているものの中では性能が良いので世界各国の衛星で採用されており、信頼性も高いです。要は適切に扱えばかなりいいものです。
ただ、宇宙空間にガソリンスタンドならぬヒドラジンスタンドはないので、地球から必要な全ての燃料を持っていく必要があります。そのためには地上準備の段階で衛星に大量のヒドラジンを搭載しなければなりません。今回のアメリカのケースのような事はまれで、むしろ打ち上げの際には至近距離にヒドラジンを満載した衛星がいて、それ以上に推進系としてはヒドラジンを衛星に充填するのも守備範囲ですから、かなりの近場での触れ合いがあります。安全なように十分な対策を組んでいますが、やはり衛星にヒドラジンを充填するにはかなり大掛かりな装備が必要となってしまいます。そして例の“毒性の強い”というフレーズが過剰に不安を募らせてしまいます。

 そこで推進系屋さんたちは思いました。水を注ぐがごとく簡単に充填できるヒドラジンに替わる安全な燃料って作れないのかな? その解答のひとつが現在研究開発を進めているHAN(Hydroxyl Ammonium Nitrate )系推薬です。確かに全くの無害というわけにはいきませんが、ヒドラジンと比較すると十分に安全です。このメルマガを執筆しているひ弱な筆者が誤って素手で触れても、軽装で扱っても大丈夫ということからも想像いただけるのではないでしょうか? そしてこの推薬、その性能もヒドラジンを超えていける見込みがあります。安全でかつ高性能。これほど実用化したいものはありません。まだまだ開発段階で、やっと地上での燃焼試験で性能を確認できる段階になりましたが、衛星に搭載するには越えなければならない壁がたくさんあります。でも、安全な宇宙開発のためには欠かせないもので、できるだけ早く実用化できるようにがんばっていきたいと思います。

(中塚潤一、なかつか・じゅんいち)

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※※※ ☆02以降の項目は省略します(発行当時のトピックス等のため) ※※※