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ISASメールマガジン

ISASメールマガジン 第162号

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ISASメールマガジン   第162号       【 発行日− 07.10.23 】
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★こんにちは、山本です。

 今夜は旧暦の9月13日、「十三夜」のお月見です。「十五夜」は中国からの伝来行事ですが、「十三夜」は日本古来の行事だそうです。

 「かぐや」が観測している月を、今夜は名月として鑑賞出来るでしょうか?

 今週は、赤外・サブミリ波天文学研究系の中川貴雄(なかがわ・たかお)さんです。

── INDEX──────────────────────────────
★01:冷たい望遠鏡 〜赤外線天文観測衛星「あかり」〜
☆02:「かぐや」月周回観測軌道へ!
☆03:「かぐや」定常制御モードへ
☆04:天文講演会「かぐや」【横浜こども科学館】
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★01:冷たい望遠鏡 〜赤外線天文観測衛星「あかり」〜

「「あかり」の液体ヘリウム・タンクの温度が変だ!」
その電話は、日曜日の夜にかかってきました。そろそろ寝ようかなと思っていた矢先でした。
(いよいよ、その日がやってきたのか?)
データを見るために、急いで、宇宙科学研究本部の「あかり」運用室にかけつけました。

 赤外線天文衛星「あかり」は、日本時間2006年2月22日に、鹿児島県にある内之浦宇宙空間観測所から、M-Vロケットにより打ち上げられました。「あかり」の最大の特徴は、そこに搭載されている望遠鏡や検出器の大半が、摂氏マイナス265度以下という極低温に冷やされていることです。

 なぜ、このような低温にまで望遠鏡を冷やす必要があるのでしょうか。

 森羅万象、温度をもっているものは、すべてその温度に応じた赤外線を出しています。例えば、人間は摂氏36度程度の温度をもっていますので、それに応じて、かなり強い赤外線を放っています。望遠鏡も例外ではありません。望遠鏡も、その温度に応じて赤外線を出しています。通常の温度、例えば摂氏20度に望遠鏡を置くと、摂氏20度に応じた赤外線を望遠鏡も出します。しかも、この望遠鏡の出す赤外線は、大変に強いものです。例えば、私たちが観測したい天体からの赤外線の強度に比べると、その100万 倍も明るい、強烈なものなのです。暗い天体を観測しようとして望遠鏡を用意しているのに、その望遠鏡が強烈な赤外線を放っていては、暗い天体の観測などできるはずがありません。

 望遠鏡が放つこの強烈な赤外線を取り除くには、方法は一つしかありません。それは、望遠鏡を冷やして温度を下げることです。ただし、中途半端な冷却では、あまり効果がありません。例えば、私たちが良く知っているドライアイスで望遠鏡を冷やすと、摂氏マイナス79度まで冷えるはずですが、このような温度では、望遠鏡から放射される赤外線を弱くする効果がほとんどありません。望遠鏡から赤外線を十分に弱くするためには、摂氏マイナス265度程度以下という極低温にまで望遠鏡を冷やす必要があるのです。すなわち、このような極低温にまで望遠鏡を冷却して、はじめて赤外線による高感度の観測が可能になるのです。

 このような極低温にまで望遠鏡を冷やすためには、どうしたらよいのでしょうか。

 人間が知っている最も低温の液体は、液体ヘリウムです。1気圧におけるその沸点は、摂氏マイナス269度と非常に温度の低いものです。これだけ温度が低ければ、赤外線望遠鏡を冷やすのにも役にたちます。「あかり」でも、この液体ヘリウムを衛星に搭載して、望遠鏡の冷却を行っています。

 しかし、この液体ヘリウムには、大きな欠点があります。それは、非常に小さな熱で簡単に蒸発してしまうということです。例えば、1リットルの水を蒸発させるためには約540kcalの熱が必要ですが、1リットルの液体ヘリウムを蒸発させるにはわずか0.6kcalの熱しか必要ありません。液体ヘリウムを蒸発させるには、同量の水を蒸発させる熱の約1/1000しか必要としないのです。衛星に搭載されている液体ヘリウムには、わずかながらも熱が入ってきます。その熱に応じて、ヘリウムは蒸発し、次第に量が減っていきます。そして、全て蒸発してしまえば、もはや液体ヘリウムによる冷却はできなくなります。したがって、液体ヘリウムに入る熱をいかに少なくするかということが、赤外線天文衛星の設計者の腕のみせどころとなります。

 「あかり」では、液体ヘリウムのタンクをとりまいている熱シールドを、機械式の冷凍機で冷却するという、今までの衛星にない全く新しいアプローチをとりました。これにより、液体ヘリウムに入ってくる熱を、従来の衛星の約1/10にまで減らすことを設計の目標としました。

 そして、前述のように、2006年2月22日に、「あかり」は打ち上げられました。その後、同年4月13日には、望遠鏡の蓋を開け、観測を開始しました。この間、私たちが開発した新しい冷却システムは順調に働き、望遠鏡や検出器を所定の温度まで冷却しました。

 「あかり」には、179リットルの液体ヘリウムを搭載しました。「あかり」の冷却システムの設計にあたっては、最低限1年間は、この量の液体ヘリウムで冷却を維持することを目標に掲げました。2007年2月には、この目標を達成し、まずはほっと胸をなでおろしました。次の目標は、設計のより高いゴールに掲げていた1.5年です。2007年8月23日にはこの高いゴールも達成し、非常に鼻を高くしました。今後、どこまで液体ヘリウムによる冷却が続くのか、楽しみにしていました。

 その矢先の8月26日、冒頭にあげた電話がかかってきたのです。

 電話の後、「あかり」運用室にかけつけ、衛星から降りてきたデータを詳細に調べました。どうも、液体ヘリウムが全て消費されたようです。打上げから551日目のことでした。

 蓋明けから、この日まで、「あかり」は数々の重要な観測を行ってきました。まずは、「ごくろうさま」と「あかり」に声をかけてあげたいところです。

 しかし、「あかり」の観測は、まだまだ終わりません。液体ヘリウムは無くなりましたが、今後は機械式冷凍機による冷却で観測を行うという新しい段階に入ります。

「「あかり」、これからも、よろしく。」

(中川貴雄、なかがわ・たかお)

「あかり」のページ
新しいウィンドウが開きます http://www.ir.isas.jaxa.jp/ASTRO-F/Outreach/

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※※※ ☆02以降の項目は省略します(発行当時のトピックス等のため) ※※※