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ISASメールマガジン

ISASメールマガジン 第136号

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ISASメールマガジン   第136号       【 発行日− 07.04.24 】
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★こんにちは、山本です。

 相模原キャンパスではソメイヨシノも葉桜となりました。今まで上ばかり見て歩いていたのを、雨上がりの足下に視線を移すと、知らぬ間にイロイロな春の植物が花を咲かせています。ハート型の葉もかわいい薄紫のタチツボスミレ、その先に咲いているのはオオイヌノフグリでしょうか。

 今週は、4月に相模原キャンパスに発足したばかりの月・惑星探査推進グループに異動した池永敏憲(いけなが・としのり)さんです。

── INDEX──────────────────────────────
★01:英国滞在記
☆02:第6回君が作る宇宙ミッション、参加者募集中!
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★01:英国滞在記

 2006年3月末から1年間、英国のSSTL(Surrey Satellite Technology Ltd)社に滞在する機会をいただきました。SSTL社は小型衛星で有名な会社で、10kg〜400kgの小型衛星を開発しています。
「400kgって、小型なの?」
という質問が聞こえてきそうですが、私たちの業界(?)では、おおむね500kg以下の衛星を小型と呼んでいます。


 「そもそも、なんで小型衛星なのか?」
これは鋭い質問ですね。この問いの答えにまず紙面を割きましょう。

 日本の衛星開発の歴史は、実用衛星(旧NASDA)と科学衛星(旧ISAS)という、大きく2種類に分かれます。実用衛星に関しては当初、静止軌道上で利用される通信衛星や気象衛星の開発が大きな目的でした。静止軌道とは、簡単に言うと、地球から見て常に同じ場所に衛星が滞在する軌道です。これは逆に言うと、その場所に置ける衛星はひとつだけです。そのため、静止軌道上の衛星は、一台で何台分もの役割をこなさなければいけなかったり、また長い期間運用するために、たくさんの姿勢制御用の燃料を持っていなければいけなかったりして、大型の衛星が必要となります。一方、科学衛星でも、例えば天文衛星などでは、精度の高い観測を行うために、大きな口径の望遠鏡が必要になり、1トン超の科学衛星も存在します。

 そのような状況の中、衛星は次第に大型化、高価格化してきました。開発期間も長くなり、中には開発開始から打上げまでの期間が10年を超えるミッションも存在します。特にコストの面では、比較的低予算で計画される科学衛星でも、100億円はゆうに越えます。そうすると、当然ですが、「絶対に失敗は許されない」という意識が強くなって開発が保守的になり、チャレンジングな開発が進められなくなります。そこで一躍脚光を浴びるのが小型衛星です。民生品、つまり皆さんの身の回りにある技術をふんだんに使って、低コスト、短期間で開発を行うことで、たくさんチャレンジングなことを試してみよう、というわけです。

 SSTLはまさにそんな安い小型衛星を開発している会社です。SSTLの歴史は1970年代半ばのアマチュア衛星から始まりました。日本初の人工衛星「おおすみ」が打ち上げられたのは1970年ですから、そのことからもかなりの歴史を持っているということがお分かりいただけると思います。元は 英国のサリー大学(University of Surrey)の一研究所だったのですが、1985年に株式会社として創設されました。最近では月や金星といった深宇宙探査ミッションも計画されています。

 SSTLは、英国南部のギルフォード(Guildford)という町にあります。ロンドンから急行電車で40〜50分くらいのところです。ギルフォード駅近くに繁華街があり、私はその繁華街のど真ん中に部屋を借りて住んでいました。町の規模は小ぢんまりとしていますが、その分自然が多く残っており、とてものどかで暮らしやすい町です。また、小さい町とは言っても、たいていのものは入手できますので、生活で不便に感じることは何もありません。

 私は海外出張は幾度か経験していますが、「海外居住」は始めての経験でした。ヒースロー空港に降り立った瞬間は、正直、不安でいっぱいでした。迷路のように入り組んだ空港の中を歩き回って、ようやくバス乗り場に着き、そこからバスに乗ってギルフォードに向かいます。ギルフォードに向かう途上、バスから何気なく外を見ていると、どんどん緑が多くなってきて、「これぞイギリス!」という風景が目に飛び込んできます。約12時間に及ぶフライトの後で精神的にも肉体的にも疲れていたのですが、しばし我を忘 れてバスの車窓から見る風景に夢中になったのを覚えています。

 そんな不安いっぱいで始まった英国生活ですが、一ヶ月を過ぎた頃には生活も落ち着き、ロンドンに買い物に行ったり、休みに近くの町を電車でまわったりもしました。一番印象に残っているのは、ソールズベリーという町にあるソールズベリー大聖堂です。その大きさもさることながら、1000年近くに及ぶその歴史からにじみ出る迫力は半端じゃありません。とても写真や言葉では伝えられないので、もし機会があったら是非訪れてみてください。

 SSTLでの研究も順調でした。私はカーナビなどで使われているGPSを使った軌道決定の研究が専門なのですが、SSTLのGPSチームの協力を得ながら、GPSと加速度計を併用して、長楕円軌道を精密に決定する手法を開発することができました。今後この研究が日本の宇宙開発の中で少しでもお役に立てれば、これ以上の喜びはありません。

 今振り返れば、一年間は短かったような気もします。日本に帰国してまだ3週間ですが、英国ですごした日々がなんだか遠い記憶のように感じます。英国での1年が自分の今後の人生の中でどのような意味を持ってくるのか、今の私にはまだ分かりませんが、特別な意味をもつことは疑いないでしょう。

 最後に、今回の貴重な機会を私に与えてくれたSSTLのSweeting 先生に心からの謝意を表し、筆をおきたいと思います。

(池永敏憲、いけなが・としのり)

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※※※ ☆02以降の項目は省略します(発行当時のトピックス等のため) ※※※