宇宙航空研究開発機構 サイトマップ

TOP > レポート&コラム > ISASメールマガジン > 2007年 > 第135号

ISASメールマガジン

ISASメールマガジン 第135号

★★☆━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
ISASメールマガジン   第135号       【 発行日− 07.04.17 】
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

★ こんにちは、山本です。

 先週火曜日の夜、友人から電話がありました。
「今週号のメルマガが届かないんだけど…」
その友人は、携帯(A○)でISASメールマガジンを受けているのですが、 私の携帯(N○○)には確かにとどいています。

 翌日、また電話がありました。なんと!メルマガは夜中になって届いたそうです。日本国内なのに半日以上も時差があったようです。

 今週は、宇宙環境利用科学研究系の稲富裕光(いなとみ・ゆうこう)さんです。

── INDEX──────────────────────────────
★01:微小重力環境を利用した材料科学実験
☆02:「はやぶさ」プロジェクトチームが「2007年度科学技術分野の文部科学大臣表彰」受賞!
☆03:月周回衛星「セレーネ」の愛称を募集中!
───────────────────────────────────

★01:微小重力環境を利用した材料科学実験

 液体、気体など流体を用いた材料製造の場合、流体中の熱や物質の輸送が重力の影響を受け、得られる物質の性質を決定する原因の一つとなります。そして、そのプロセス進行中に発生する流体中の温度や濃度の不均一分布は地上では対流を発生させる原因ともなります。対流の制御には、電磁力等の制御可能な力の印加、また様々な重力加速度環境の利用が考えられます。対流の制御により、
(1)物理化学現象を説明する理論の検証と修正、
(2)材料製造に必要な物性値の取得、
(3)新たな材料製造技術の開発と応用、
が可能になります。

 地上では1G(1G=9.8m/s2)以外のオーダーの重力加速度を得るのは一般には困難です。例えば地上近傍で1Gよりも小さい重力加速度を得る方法として、落下塔(微小重力状態の持続時間は5秒程度)、航空機(20秒程度)、小型ロケット(6分程度)といった、実験装置の放物線弾道飛行や自由落下を利用することになります。宇宙空間ではより低いGレベルでのより長期間の連続実験が可能です。Gレベルの変動幅やその大きさを最小にする為には、無人ミッションである回収型カプセル(数週間)や人工衛星(数カ月)が、多くの電力やデータ・コマンド通信そして実験条件の高い柔軟性を求めるならスペースシャトル(数日)や宇宙ステーション(数カ月〜数年?)といった有人ミッションがより望ましいとされています。

 筆者は、微小重力環境の利用や強い電磁場の印加により対流を制御することで、様々な物質の凝固・結晶成長中に起こっている現象を明らかにしてきました。そして、液体の密度、熱伝導率、拡散係数などの物性値の精密計測を通して、凝固・結晶成長の舞台となる液体の性質をも併せて調べています。その特徴的な測定方法としては、光を使ったその場での現象観察、いわゆるその場観 察法を主に用いています。

 従来の宇宙での材料実験の殆どは温度、圧力等のリアルタイム計測と試料回収後の分析など“その後観察”の組み合わせでした。一方、“その場観察”実験の主なデータは画像で、宇宙で得られた貴重な材料を切断する前にいかにより多くの情報を得るかという点で優れた方法と言えましょう。その場観察法では、紫外線〜近赤外線、またX線の利用が考えられます。例えば結晶や流体が観察光に対し透過性を持てば、干渉計により成長結晶表面の起伏、温度・濃度分布のリアルタイム計測をも可能にします。

 しかし一概にその場観察装置といっても、宇宙実験用となるとその設計は容易ではありません。例えば、打上げ時の様々な環境(振動、衝撃等)、また宇宙環境(温度変化、高真空)にもその特性が著しく損われないことが必須条件です。筆者はこのような条件を全て満足した顕微干渉計の開発・試験に関わり、地上落下施設、航空機、TR-IA小型ロケット、そして人工衛星に搭載して、微小重力環境下での透明結晶の結晶成長過程のその場観察実験を行ってきました。


 筆者が現在推進中の微小重力実験は主に以下の3つです。

【1.観測ロケットS-520を用いた短時間の微小重力実験】
 宇宙科学研究本部(ISAS)の観測ロケットS-520-24号機の放物線飛行が生み出す6分間程度の微小重力状態を利用して、低融点の透明有機物質であるザロールの結晶成長をその場観察し、純物質での結晶成長過程を明らかにする予定です。現在、相乗りミッションのダイヤモンド合成実験と共に、ロケット打上げに向けて搭載機器の製作を進めています。

【2.国際宇宙ステーションを利用した長時間の微小重力実験】
 「きぼう」日本実験棟での搭載実験装置の一つである溶液結晶成長実験装置(SCOF)を用いて、ザロール・ブチルアルコール混合物の結晶成長のその場観察を行います。そこでは宇宙ステーションでの長い実験時間を活用して、成長温度条件を様々に変えて実験を行い、合金系物質の結晶成長過程を明らかにする予定です。現在、「きぼう」用搭載装置は完成しており、宇宙実験と比較するための地上参照実験を行っています。

【3.気球からの自由落下カプセルを用いた新しい微小重力実験】
 今後、ロケットや宇宙ステーションよりも簡便にかつ低コストで多くの研究者が微小重力実験を行うためには、従来には無い新しい実験システムを考える必要があります。そこで、ISASの橋本樹明教授を研究代表者としてISAS内外の研究者と共に、40km以上の高高度まで上昇出来るよう開発された気球から自由落下するカプセルを投下することで高品質の微小重力環境を提供する新しい実験システムの開発を進めています。このような高い高度では空気が極めて薄いために、落下中のカプセル表面での空気抵抗が大変小さくなり微小重力状態を実現出来ます。本システムは以下の特徴により地上落下施設と小型ロケットとの間の技術的なギャップを埋めることが期待されています。
(a)1Gからの自由落下による20秒を超える微小重力状態の維持、
(b)落下実験システム全体の回収と再使用。
本システムの開発期間中に計4回の試験飛行が予定されています。1号機の試験飛行は2006年5月にJAXA三陸大気球観測所にて行われ、実験システム全体の機能、運用手順、微小重力実験の実現性を調べました。2号機以降は尾翼を付加して姿勢を安定させ、30秒以上の微小重力実験を実施する予定です。


 筆者はさらに上記の微小重力材料実験の推進と並行して、高温での半導体などの結晶成長過程のその場観察装置そして無重力環境シミュレータを試作し、基礎データの蓄積を行っています。無重力環境シミュレータとは、宇宙での特徴である無対流、浮遊を地上で模擬する装置です。地上での材料製造の多くは材料を入れる容器が必要で、材料を高温で溶融する際には多少なりとも容器と液体が反応し不純物が入ります。それを防ぐためには容器の壁から離れた状態で液体を浮遊させる必要があります。また、容器と接触しないことで液体に大きな過冷却状態を与えることが出来、従来では作れないとされてきた新しい物質を得る可能性を秘めています。しかし、試料を重力に逆らって長時間浮遊させるためには例えば電磁力や超音波などを試料の外から与えなければならず、場合によってはそれが試料内部での新たな対流の発生源ともなってしまいます。そこで、上記シミュレータは電磁浮遊炉により試料を浮遊させ、同時に超伝導マグネットが発生する強い磁場により対流を抑制しようとするものです。残念ながら用いられる試料は装置性能の制限から、金属のように電気を良く通し、大きさが高々直径1cm程度のものに限られますが、その代わり従来は宇宙でしか出来ないとされていた実験の一部を地上で実施出来るようになりました。


 以上、筆者の研究内容を主に紹介してきましたが、超高圧力や極低温の世界が我々に様々な物理現象を垣間見させてくれているように、微小重力環境は極限環境の一つとして他の多くの研究者をも魅了し続けてています。その学術的活動の場の一つが日本マイクログラビティ応用学会です。この学会誌また講演会の内容からも分かるように、微小重力を含む宇宙環境の利用に関する科学研究はいわゆる学際的研究であり、複数の学問分野の研究者らが共同で、または従来は関連性が薄いとされてきた複数の学問分野にわたって精通している研究者が研究を進めています。そのため、従来とは異なった研究手法、観点、発想などが多様でかつ新たな成果を生み出すことが期待されています。従って、宇宙ステーションや人工衛星、ロケットのような飛翔体を用いた大型プロジェクトの推進と並行して、これからも個々の研究者が関連ある研究を進めて着実に成果を蓄積していくことが、これからの宇宙環境利用科学研究を発展させるために必要なことだと筆者は考えております。そして実際に、今では日本およびヨーロッパにおける微小重力環境を利用した材料科学実験は新素材の開発のみならず関連する物理化学現象の解明をも目指したものとなり、“宙に浮いた”研究ではなく“地に足がついた”研究が行われています。筆者はこの研究分野 にこれからも微力ながら貢献していきたいと考えております。

(稲富裕光、いなとみ・ゆうこう)

微小重力科学あれこれ(ISASニュース:2001年8月号)
http://www.isas.jaxa.jp/ISASnews/No.245/mspace.html

‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
※※※ ☆02以降の項目は省略します(発行当時のトピックス等のため) ※※※