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ISASメールマガジン

ISASメールマガジン 第134号

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ISASメールマガジン   第134号       【 発行日− 07.04.10 】
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★ こんにちは、山本です。

 週末、家の近くでタンポポを見つけました。ISASでは見かけないと思っていたら、私が出勤する時間帯はまだ花が咲く時間ではないようです。以外と寝坊な花なんですね。

 今週は新人登場、宇宙探査工学研究系の大槻真嗣(おおつき・まさつぐ) さんです。

── INDEX──────────────────────────────
★01:ほぼ無重力初体験♪
☆02:「はやぶさ」4月中旬より地球への帰還に向け本格巡航運転開始!
☆03:太陽電池用「多結晶シリコン基板」の画期的品質評価法開発!
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★01:ほぼ無重力初体験♪

 初めての登場で失礼いたします。宇宙探査工学研究系で月惑星探査ローバを研究している大槻と申します。根っからの「機械屋」です。宇宙科学研究本部に来てちょうど1年が経過しました。

 表面探査するローバはなかなか宇宙に行かないので、日常の業務に宇宙を考えることはあっても、宇宙を実感することは非常に少ないです。そんな中、ある日突然に宇宙を実感できる業務が降ってきました。「ほぼ無重力」=「微小重力」実験を行いました。とはいいましても、当然宇宙で実験したのでもなく、飛行機でもなく、乗っていたエレベータのロープを切って実験したわけでもないです。

 高品質な微小重力を地上で提供可能な唯一の国内設備がある日本無重量総合研究所(通称MGLAB)において、宇宙機が微小重力の天体表面に接触した際、微小重力天体を構成する石や砂がどのような挙動を起こすかを、4日間15回にわたる実験を通して確認しました。

 MGLABは焼き物で有名な岐阜県土岐市にあります。最高で1日10回もの微小重力実験が可能なため、短期間で集中的に実験が行えます。そうかといって宇宙に行くほどの費用はかからず、高くても1落下当たり94.5万円とのこと。実験手順としても、装置準備→落下カプセル組立→真空チャンバへ搬入→落下→制動→帰還、というようにごくごくシンプルなもので、実験者は装置の準備さえ行えば、後はMGLABの技術者が最後まで面倒を見てくれます。

 MGLABでは鉱山の一部を利用し、真空中で対象物体を自由落下させることで微小重力を実現しています。落下開始キー操作後、落下カプセル内は 約1.5秒で10のマイナス5乗G以下、ほぼ無重力環境となり、その時間は約4.5秒、落下距離で言うと約100m継続します。落下の最後に約50mの距離でカプセルが制動され、その衝撃加速度が最低でも10G程度となるため、残念ながら人間の搭乗は不可能です。

 落下開始のキー操作は実験者に一任されるのですが、これが本当にドキドキものです。正直、小学校の卒業式より緊張しました。キーのひとひねりが装置を自由落下させることを想像しただけでも手が震えてしまい、結局この緊張感は最後まで持続することとなりました。ドキドキ感を得ることが難しい昨今、貴重な経験ができたと思います。

 MGLABでは直径720mm×高さ885mmの円筒形に入るサイズの装置が微小重力実験可能で、質量も400kgまで問題なく扱えるとのことでした。また、カプセル上部に取り付けられた加速度センサにより3自由度方向すべての加速度計測データが手に入ります。さらに、落下カプセルに閉じ込められた実験装置内部の映像を運用室へ電波で飛ばしてくれるため、微小重力下での内部の様子がリアルタイムに観察でき、非常にエキサイティングです。

 さて、今回持ち込んだ実験装置は最終的に、真空容器内部に模擬宇宙機、微小重力下で宇宙機を自動で放出する機構、微小重力天体表面を模擬した試料箱、微小重力天体表面試料、照明を設置し、真空容器外部ののぞき窓正面にはビデオカメラを置く、といった構成になりました。ただし、実験を実行できることが直前に決定されたため、1ヶ月という短期間で装置を開発しなければなりませんでした。そこで、以前はやぶさのターゲットマーカ放出試験時に使用されていた真空容器と放出機構を改造し、それ以外を新たに製作することにしました。
また、真空容器の内側と外側をつなぐ電気インターフェースの作成には時間を要するため、実験リーダーの判断で内部の動作機構を外部からの電力供給なしに駆動させることとなりました。放出機構はバネと重りと磁石と蝶つがいを組み合わせて作ってあります。地上では重りを引く重力とバネ力がつりあって模擬宇宙機を両者の間に格納していますが、微小重力になると重りをつけた蝶つがいがバネ力に負けて開くため、模擬宇宙機が自動的に放出されます。照明についても市販の携帯型蛍光灯が低真空環境でも点灯することが事前に確認できたため、それを採用することで、真空チェンバー内部に完全に閉じた系を実現できました。また、少しでも実験の回数を稼ぐために、1回の落下で2つの実験ができるように試料箱、試料を2つずつ用意し、 実験の様子は4つのビデオカメラで上下左右計4箇所を同時に観察しました。

 4日間で15回落とす、つまり1日3〜4回落とすというかなりのハイペースで実験を行いました。実験1回目、宇宙機の衝突と同時にすべての試料がものすごい勢いで舞い上がりました。言葉でしかお伝えできないのが非常に残念ですが、その映像は圧巻の一言でした。ただし、これは宇宙機の接触速度が当初の想定よりも速すぎたため起こった現象であり、2日目に放出機構のバネをゆるいものに変更して本来の接触速度まで遅くする修正を行いました。また、実験が進むにつれて、微小重力中に模擬宇宙機が試料箱の淵に当たる、試料箱がごくわずかながら浮く、二つ並んだ放出機構の一部が互いに干渉するといった、突貫製作による事前の確認不足や地上重力下では見落としがちな問題に基づく不具合が散見されたので、毎回の実験結果を見ながらカイゼンに日夜励みました。

 3日目に入って、もうこれで大丈夫だろうと言わんばかりにカイゼンを加えたつもりでありましたが、実験が精密になればなるほど、さらに謎の現象が発見されました。模擬宇宙機が試料面へ到達する直前に試料の表面が秒速1cm未満ですが、わずかに浮かぶのです。原因を探るためにカプセルの加速度データを眺めたところ、なぜか模擬宇宙機が接触する直前に謎の振動が発生していることが確認されました。それも不規則なタイミング、ランダムな回数で発生しておりました。これは??と、頭を悩ませましたが、結局のところ実験データの取得には大きな影響がなかったためこれについてはカイゼンされずに実験を継続することとなりました。

 終了後に落ち着いて考えたところ、1G重力下で宇宙機が落ちてこないように押さえ込む重りをつけた蝶つがいが微小重力環境下で磁石へに近づいてくっつくときのわずかな衝撃が原因であると推測できました。これは、他の落下塔実験で同じ現象が見られていないこと、縦振動より横振動が大きいこと、カプセル内部の加速度センサの設置場所や出現のタイミングとその回数の不規則さからそのように考えられました。このように自前の装置のごく小さな振動が問題となるほど、MGLABで提供される微小重量は高品質なものであり、実に驚嘆すべきことです。

 最後に余談です。毎食、町へ繰り出しておいしいものを食べる、なんてことができればよかったのですが、過密スケジュールに加えて実験装置のたゆみないカイゼンにも時間をとられて、昼食も夜食もほとんどお弁当となってしまいました。あやうく「岐阜名物=お弁当!」となる寸手のところで、なんとか実験に目処をつけ、最後の晩餐でおいしいものを食べることができました!土岐市内のとあるお食事処では、スルメイカやししゃもをお客自らが炭火焼にして食べることができます。このことには実験リーダーも絶叫しておりました。MGLABでの微小重力実験の際にはぜひ探してみてください。

 来年には、日本人宇宙飛行士の土井隆雄、星出彰彦、若田光一各氏が国際宇宙ステーションの「きぼう」モジュールの組み立てに参加することが決まっています。この「きぼう」の敷設により、無重力下で数多くの長時間の実験が行えるようになりますが、まだまだ費用のかかる方法です。したがってMGLABのように宇宙環境を手軽にお安く模擬できる身近な地上施設での事前検討は、例えば小型衛星の動作試験や微小重力天体の探査機の開発、あるいは小中学生の理科教育のユニークな教材つくりなど、工夫次第で新しい需要が今後ますます増えると考えられます。このような地上施設が我が国で今後も維持され、多くの人がその恩恵を受けられることを私は期待しております。ぜひ一度体験されてみてはいかがでしょうか?「無重力」を!

 桜々なる頃に、大槻真嗣(おおつき・まさつぐ)

MGLAB:
新しいウィンドウが開きます http://www.MGLAB.co.jp

参考文献:岩上、野倉、MGLABにおける落下実験施設概要及び最近の動向、日本マイクログラビティ応用学会誌、Vol.23,No.4(2006),pp.186-190。

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※※※ ☆02以降の項目は省略します(発行当時のトピックス等のため) ※※※