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ISASメールマガジン

ISASメールマガジン 第130号

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ISASメールマガジン   第130号       【 発行日− 07.03.13 】
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★ こんにちは、山本です。

 週末に雨が降って相模原キャンパスも更に春らしくなって来ました。先週には、まだ危なっかしい鳴き方のウグイスの初音も聞きました。そして、スギ花粉の飛散も今がピークのようです。アチコチから鳥の鳴き声ではなく、大きな「クシャミ」が聞こえてきます。

 今週は、宇宙探査工学研究系の吉光徹雄(よしみつ・てつお)さんです。

── INDEX──────────────────────────────
★01:宇宙用語辞書
☆02:第26回 宇宙科学講演と映画の会
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★01:宇宙用語辞書

 宇宙用語辞書プロジェクトというものがあります。
International Academy of Astronautics(国際宇宙航行学アカデミー)の公式なプロジェクトです。世界のさまざまな言語で宇宙関係の用語の辞書を作りましょうというもので、現在、16言語が参加しています。

 このプロジェクトでは、以下の2つを作るつもりです。
(1)単語の対応表(lexiconと言います)
例えば、英語の“space”は、フランス語の“espace”や、日本語の“宇宙”に対応するといった対応関係の一覧表です。
(2)国語辞典
単語の意味・定義をその言語で記載したもの。各言語がこの国語辞典を持ちます。

 16言語の内訳を見てみましょう。アラビア語、ブルガリア語、ドイツ語、英語、スペイン語、フランス語、ヒンディー語、ハンガリー語、イタリア語、日本語、ポーランド語、ポルトガル語、ルーマニア語、ロシア語、トルコ語、中国語(簡体字)(2文字言語コードのアルファベット順)です。母国語とする人の数が多い世界の10大言語のうち9言語をカバーしています(残る1つは、ベンガル語)。さらに、現在は、ギリシア語、ウクライナ語などが加わろうとしています。

 もう10年以上前の1995年にバージョン1.2の辞書が完成し、パソコンで動作するコンピュータソフトとして世に公開しました。しかし、これは、理想の完成形からは遠いものでした。わずか2,619単語しか収録されておらず、しかも、単語の対応表のみで、国語辞典に相当するものはありません。

 ところが、この作業だけでも、各言語の担当者は疲労困憊しました。収録する単語を決定するため、何度も海を渡って会議をしました。インターネットが普及していない国もあり、各言語の担当者がまとめたリストは、最終的には郵便で送り、ハンガリーの担当者がまとめてソフトウェアを作成しました。
日本から送った日本語のリストがハンガリーで正しく表示されるのか?というコンピュータとソフトの問題もありました。現在ほどいろんな意味で環境が整ってはいなかったのです。このため、バージョン1.2発表後、担当者は精魂尽き果て、活動は中断しました。言葉というものは生き物で日々進化していくため、辞書は作った瞬間から陳腐化が始まります。しかし、辞書を持続的に進化させていく良い枠組みがなかったのです。もちろん、お金を出せばできたのでしょうが、アカデミーはそれほど裕福なわけではなく、ほとんどの活動はボランティアだったのです。

 その後、コンピュータやネットワークをとりまく環境は飛躍的に向上しました。UNICODEという規約が作られ、世界中の文字を1つのコーディングシステムで扱えるようになりました※。そこで、2003年頃から、ネットワークを使って持続的に拡張・進化可能な辞書システムを構築しようという活動が再開しました。このシステムでは、辞書のデータベースを入れたネットワークサーバを設置し、世界中のコンピュータからそのサーバにアクセスして辞書の検索ができます。また、各言語の担当者が自分のオフィスからネットワーク経由でサーバにアクセスして、自分が担当している言語の国語辞典や対応語を日々変えることもできます。新しい言語の追加も簡単です。担当者がさぼっていると、その言語だけ辞書が陳腐なものになりますが、仕方ありません。我々はこのシステムの構築作業をしています。このため、サーバは相模原にあります。

 このような話をすると、そんな苦労しなくても英語を使えばいいでしょう!と言う人に出会います。しかし、そのような議論は国際的(特にヨーロッパでは)には通用しません。使い手が多くない言語を含めて、さまざまな言語があり、マイナーな言語でも自己主張しています。現在プロジェクトに参加している16言語もその多くがヨーロッパの言語です。そもそもヨーロッパには、英語を母国語としているグループなどそれほど多くはありません。

 もちろん、英語を使える人は多いですし、我々専門家は英語を使ってやりとりをします。しかし、一般の人はどうでしょうか?宇宙の世界が一般の人に浸透していくにつれ、普通の会話やビジネスシーン、マスメディアによる報道で、宇宙の話をする機会も増えます。その時に使われるのは、普段使っている言語であって、英語ではないのです。

 しかし、奇妙な訳語が発生したり、間違った意味で使われると、国語が混乱します。このため、きちんとした訳語や定義を決める必要があります。
そのような場で使って欲しいと思っているのが、この宇宙用語辞書データベースなのです。普通の単語の翻訳は普通の辞書で調べてもらい、普通の辞書に載っていない宇宙関係の特殊な単語は、このデータベースで調べてもらう。このため、単語の選定自体も、宇宙に特化した専門単語のみを選んでおり、 収録語の数はあまり多くないのです。

 現在、このプロジェクトをアジアの言語にも広げようという活動もしています。例えば、インド南部で使われているマラヤラム語(使い手は4,000万人程度いるので、ヨーロッパのいくつかの言語よりコミュニティの規模は大きい)の単語を日本語からいきなり調べることができたら、面白いと思いませんか。

 ところで、2006年8月にIAU(International Astronomical Union:国際天文学連合)の総会で、冥王星が惑星から“dwarf planet”という新たに定義された惑星の代表格になったことはみなさんもご存知でしょう。
この時、その他の小さな小惑星(asteroids)や海王星以遠の天体(Trans- Neptunian Objects(TNOs))、彗星(comets)など太陽系内の小天体は“Small Solar System Bodies”と総称することも決まりました。Dwarf Planetは、現在、矮(わい)惑星と日本語に訳されていますが、正式な日本語名はまだ決まっておらず、日本学術会議と関係学協会が中心となり審議中です。

 宇宙用語辞書に関する打ち合わせは、毎年3月にパリで行われているので すが、今年の打ち合わせでは、dwarf planet, Small Solar System Bodies, Trans-Neptunian Objectsを辞書データベースの新しい単語として入れることを提案しようと思っています。


※ UNICODEは世界中の文字を1つのコーディングシステムで扱えると書きましたが、漢字に関しては問題があります。

(吉光 徹雄、よしみつ・てつお)

IAAのホームページ
新しいウィンドウが開きます http://www.iaaweb.org/

IAAの宇宙辞書のページ
新しいウィンドウが開きます http://iaaweb.org/content/view/235/363/

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※※※ ☆02以降の項目は省略します(発行当時のトピックス等のため) ※※※