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ISASメールマガジン

ISASメールマガジン 第116号

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ISASメールマガジン   第116号       【 発行日− 06.11.28 】
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★こんにちは、山本です。

 一雨ごとに寒くなって、紅葉した木々の葉も残り少なくなってきました。
今週末はもう師走です。

 悲しい報告になりますが、M-V-7/SOLAR-B(ひので)のプロジェクトマネージャの小杉健郎先生が26日に急逝されました。24日夜、 脳梗塞で倒れられて、26日に容体が急変して帰らぬ人となられました。

 「ひので」の観測が始まったばかりで、これからという時期でした。
本当に残念です。ご冥福をお祈りします。

 今週は久しぶりに、宇宙構造・材料工学研究系の峯杉賢治(みねすぎ・ けんじ)さんです。

── INDEX──────────────────────────────
★01:名付ける
☆02:「宇宙学校・あきた」、盛況裡に開催
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★01:名付ける

 子供が生まれる。これは、親にとって、人生最大のイベントの一つです。そして、父親も命名という生みの喜びと苦しみを味わうことになります。
我が家には3人の娘がいます。長女のときは、出産のだいぶ前から「はるか」という名前に決めていました。この名は私が最初に担当した衛星の名前に因みました。でも、「はるか」にあてる漢字は、相当に悩みました。数多くの命名の本を立ち読みし、購入し、最後は、命名用のソフトまで購入しました。その結果、私のソフトには50種以上におよぶ、「はるか」が並んでいます。

 長女のときですらこのような大騒ぎでしたから、次が双子だと聞かされたときの驚きとそこから始まった命名の苦しみはたいへんなものでした。双子だから、同じ文字数の似たような感じの名前にすべきとか、釣り合った名前にすべきとか。双子が大きくなったときに、一方に、「何で私には美しいという漢字が入っていないの!だから、・・・」なんて言われるのは御免被りたいですから。まあ、残念ながら、3人とも父親似だからそんな心配は必要ないかもしれませんが・・・。とにかく、家内が双子を出産して初めて対面しても決まらず、結局、罰金を取られるギリギリまで悩みに悩んで命名しました。以前、私の実家で、へその緒と一緒に入っていた紙に数十種の「けんじ」が並んでいるのを見ましたから、命名に悩むのは、我が家の血筋なのかもしれません。

 では、ロケットはどうでしょう。外国のロケットは「サターン」とか「アーリアン」とか、神話や故事に因んだ素敵な名前が多いです。一方、我が日本は、M-V(ミューファイブ、または、エムゴ)やH-IIAとかなり味気ないものになっています。日本で最初のロケットはペンシルという名前でした。
名は体を表すの通り、鉛筆のようなロケットでした。次のロケットはベビーという名前でした。この後、アルファ→ベータ→カッパ→オメガという名前を付けて、次第に大きなロケットを開発する計画だったそうです。ところが、高層大気のロケット観測を種目の一つとした国際地球観測年(1957〜1958年)に日本も堂々と参加するために、早く大きなロケットを作る必要に迫られました。そこで、アルファとベータは机上検討で終了して、カッパの開発に取りかかったそうです。このギリシャ文字をロケット名に使うことは、その当時の観測ロケット研究班の方々が1955年に決めたそうです。
そして、いきなりベータからカッパになったのは、日本のロケットの父である糸川先生が語呂が良いからと決められたそうです。そのとき、先生が風流な名前を提案していたら、今の日本のロケットの名前も趣が異なるものとなったでしょう。

 その後、ロケットは大型化されるにつれて、カッパ(K)から、ラムダ(L)、そして、ミュー(M)へとアルファベット順に名前も変わっていきました。ミューシリーズは、M-4S、M-3C、M-3H、M-3S、M-3SIIの順に開発されました。このMの後に続く数字はロケットの段数を表します。4なら4段式、3なら3段式です。では、その次のアルファベットの意味は何でしょうか。最初のM-4SのSは、日本で最初に衛星を打ち上げたL-4SとSと同じで、このロケットが衛星打上用ロケットなので、衛星(Satellite)のSだそうです。次のM-3CのCはロケットの2段目に初めてロケットの向きを変える制御装置を搭載したので制御(Control)のCです。つづくM-3HはM-3Cの1段目ロケットを大きくして衛星の打上能力を向上させたので高性能(High performance)のHです。では、次のM-3SのSは再び衛星のSかというと、然に非ず、1段目にも制御装置を搭載して衛星を精度良く予定通りの軌道に運ぶ能力が向上したので、超高 性能(Super performance)のSだそうです。なかなか微妙で、昔の方々の名付けの苦労が偲ばれます。M-3Sを改良して衛星の打上能力を向上させたのが、M-3SIIです。IIは改良型を意味しています。

 では、M-Vはどうでしょう。エム5だから5段式、ではなく、ミューシリーズの第五世代ロケットという意味です。よく新聞でM-5と書いてありましたが、5(five)ではなく、V(fifth)なのです。でも、このロケットの開発時には、Virtual(仮想)のVになるんじゃないかと何度も冷や汗をかきました。このM-Vですが、素直にミューシリーズのロケットを数えると、M-Vではなく、M-VIになってしまいます。これについては、M-3CとM-3Hは1段目の大きさを変えただけだから、同じ世代のロケットと数え、だから、M-Vは第五世代なのだそうです。5号機からは2段目のロケットを高性能化したので、開発中には、M-V改と呼んでいましたが定着しませんでした。


 今度は科学衛星についてお話しします。

 衛星は開発時には開発コードのような名で呼ばれます。天体観測する衛星ならばASTRO、太陽を観測する衛星ならSOLAR、惑星探査する衛星ならPLANET、工学的な実験をする衛星ならMUSESという具合です。そして、同じシリーズの衛星ならば、順にA、B、Cとつきます。例えば、ハレー彗星を観測した「すいせい」はPLANET-A、火星探査機「のぞみ」はPLANET-Bと開発時に呼ばれていました。そして、現在、金星探査機PLANET-Cの開発が始まっています。

 衛星が無事軌道に投入されると、いよいよ愛称がつきます。愛称は、親が子供に思いを込めて名付けるのと同じで、開発に携わった人々、支援した人々の思いを込めて付けられます。この愛称は、内之浦のロケット発射場のあちこちにある建物や相模原キャンパスに投票箱を置いて募集されます。投票用紙には、ひらがな・漢字・ローマ字、そして、命名理由を書きます。打上げの数日前に募集が締め切られますが、多数決で決まるのではなく、この後、「長老たち」が集められた愛称候補からこれというものを選択するのです。この行事は、打上直前のたいへんピリピリとした雰囲気に、一服の清涼剤として、実験に携わる人々にひとときの安らぎと名付ける楽しみを与えるとともに、打上成功後に思いを馳せて心を奮い立たせてくれます。

 9月に打ち上げられた太陽観測衛星SOLAR-Bの打上げ数日前、常宿の広間で食事の後、いつもの通りくつろいでいると、「長老たち」のひとりの 高名なM先生が、
「SOLAR-B、なんかいい名前ないかね。」
とグラス片手、いや、芋焼酎の入ったジョッキ片手に尋ねました。
「「日輪(にちりん)」は前の太陽観測衛星「ようこう」でも候補に挙がったんだけど、抹香臭いとボツになったし、「天照大神(あまてらすおおみかみ)」じゃ、長すぎるしね。」
私は、「小春日和(こはるびより)」や「ひなたぼっこ」を提案したのですが、いずれも長すぎると却下されました。
「では、「小春」は。」
「う〜ん、どっかの小料理屋みたいだね。」
こんな会話が内之浦のあちこちの宿で繰り広げられながら、夜は更けていきます。一部の人は朝が明けていきますが・・・。

このようにして、皆の思いを載せた愛称が決まっていくのですが、裏愛称というか、ユニーク部門というのもあります。M-V-1号機で打ち上げた「はるか」は、電波天文衛星として大きな布状のアンテナを開きます。そこで、「大風呂敷(おおぶろしき)」という投票がありました。5号機で打ち上げた「はやぶさ」に至っては、「たんしょうほうけい」。「探(たん)査機を小(しょう)惑星に放(ほう)出する計(けい)画」だそうです。今回の「ひので」も、衛星実験主任のK先生が開発時からたいへんお骨折りされていたのですが、フライトオペレーションで物理的にもお骨折りしてしまいました。そこで、「骨折(こっせつ)」。宇宙作家クラブのニュース掲示板には、M先生が作られた、M-V-7号機の性能計算ファイルの表紙を飾るラベルが載っています。そこにはこのことに因んだ秘密が隠されています。みなさん、おわかりになりましたでしょうか。

 M-V最後の7号機の打上げを、感謝と断腸の思いで見つめていたのは私だけではないと思います。しかし、懐かしむだけでは何も生まれません。今、次の衛星打上用固体ロケットをどのようなものにするか議論が続けられています。基本コンセプトは、短い組立期間と低コストです。さて、このロケットにはどんな名前がつけられるでしょうか。コンセプトが「はやい」「やすい」だから、「牛丼」ロケット・・・、あっ、今は「豚丼」ですか。「うまい」の代わりに「すてき!」と言われるように頑張らなくては。

(峯杉賢治、みねすぎ・けんじ)

宇宙作家クラブ ニュース掲示板(No.1090 :最後の性能ファイル表紙)
新しいウィンドウが開きます http://www.sacj.org/openbbs/

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※※※ ☆02以降の項目は省略します(発行当時のトピックス等のため) ※※※