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ISASメールマガジン

ISASメールマガジン 第39号

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ISASメールマガジン   第039号        【 発行日− 05.05.31 】
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★ こんにちは、山本です。
 今ISASでは、打上げの迫ったASTRO-EIIの実験のため内之浦の実験場に出張する人が増えています。その他にも三陸では気球の実験中ですし、6月に入ると能代に出張する人たちもいます。相模原キャンパスがだんだん閑散としてきています。
 今週は、宇宙環境利用科学研究系の石岡憲昭(いしおか・のりあき)さんで す。

―― INDEX――――――――――――――――――――――――――――――
★01:宇宙での基礎生物実験の難しさ
☆02:『宇宙・夢・人』『内惑星探訪』更新しました。
☆03:「第4回 君が作る宇宙ミッション」参加者募集!締め切りまで1ヶ月
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★01:宇宙での基礎生物実験の難しさ

 「ヒトが宇宙にその活動領域を拡大して行く」ことを確信し、宇宙環境が生物に及ぼす影響の生物学的課題を抽出して克服していくことを目的に生命科学研究を推進していく上で、宇宙実験は必須の手段である。宇宙環境の中でも地上と全く異なる環境は微小重力であり、生物と微小重力の関係は宇宙生命科学研究にとっての重要な課題の一つである。と同時に微小重力という環境が宇宙での基礎生物実験実施の難しさにもなっている。

 まず初めに、改めて重力がなくなることによる宇宙での実験の難しさを考えてみたい。地上では、うっかりグラスを床に落とせば割れてしまうという常が通用しない。落ちるという感覚や地上で逆立ちしたときのあの上下感覚が無い。この重力が無いということがどういうことかを考えて実験計画を立てる必要がある。地上では液体中に発生した気泡は、ある大きさになると上方に浮かび上がってしまうが、微小重力下ではそうした現象は起きない。宇宙でお湯を沸かすかどうかはともかく、液体を加熱しても熱対流が起きないので撹拌をしてやらなければなかなか沸かないし、二種類以上の液体を混ぜたいときも同様である。撹拌するのは良いとしてその前にどうやって溶液を計量し、どういった容器に入れれば良いのか。地上では簡単にメスシリンダーやメスフラスコ、ピペット等を使って計量し、ビーカーに入れ撹拌して混合する。すでにその時点で我々は重力の恩恵を被っている。重力が無ければメスシリンダーやピペットに気泡が入ってしまうと正確に計量できないし、濡れ性により液体は、実は、容器にじっと入っておらず容器の壁面に広がろうとするし、表面張力により丸くなってメスシリンダーやビーカーの外に出てしまう。逆に宇宙では重さのことなる液体や物を一度混ぜてしまうと二度と分離しなくなる。地上で水と油を混ぜようと激しく撹拌すると懸濁液にはなる。しかし時間がたつと油は水の上に浮いてきて分離するけど微小重力下では懸濁液のままである。とにかく重力が在ることを前提にした地上の実験装置、器具類では、操作や使用方法も含めて微小重力下での基礎生物実験にそのまま使えると言うわけにはいかない。ましてや動物を用いるとなると飼育条件や方法、排泄物の処理等々、これまた大変である。

 宇宙実験を考えた時に、いったいいつ実施できるのかとういうことも問題になる。新しい研究テーマの生物実験をスタートするまでにかかる時間は、内容や研究費にもよるけれど、地上ではほんの数日から数ヶ月と言ったところであろうか。では宇宙で実施するにはどのくらいの期間が必要なのだろう。実験計画の詳細化、制定から装置の開発と飛行機会の確保を考えると現在でも3〜5年は覚悟しなければならない。さらには、地上の科学の発展はめざましく、その間に宇宙実験の必要性すら無くなってしまう場合も考えなくてはならないし、飛行機会がなければ永遠?にできないことになるから大変だ。さらに基礎生物学実験では冷凍冷蔵庫は必需品だし、細胞実験では細胞培養器に実験期間を通して継続的な電力供給が必要になるけれど、電力、排熱、重量、容積そして宇宙飛行士の労働時間などの使用可能なリソースの割り当てなど、広い意味での実験の搭載性や運用、実験装置や器具、試薬等の宇宙飛行士に対する安全性も考えなくてはならない。

 誰が宇宙で実験をするのかという問題もある。今現在は、宇宙飛行士の手を借りることになる。研究者自らが直接宇宙で実験するにはまだまだ、かなりの時間が掛かりそうである。実験の複雑さや内容にもよるけれども、やはり人間の観察と判断に基づいた柔軟な実験操作が本来的には基礎生物の実験には必要である。しかし時間的にも技術的にも実施に困難さが伴う場合は自動化した実験装置での自動実験が必要になってくるが、その反面装置が複雑化することになり実験の効率や科学的要求の縮小にもつながってしまうことになる。とはいえ国際宇宙ステーションの建設が始まり、既に宇宙飛行士が常駐し作業をおこなっている。今はまだ建設途中とはいっても微小重力下での長時間実験やライフサイクルに関する実験が可能になりつつある。実験は多種多様であり、共通実験装置や機器だけで宇宙実験を実施していくのは難しい。今後も宇宙実験を推進していくとなれば、装置のミクロ化やナノテクノロジーなどの先端技術の導入を考えていく必要がある。

 米国ブッシュ大統領が、昨年、新宇宙政策を発表したが、その後直ぐにNASAは「Exploration」に組織を改変して、人類の火星に向けた体制とした。これまでの宇宙における基礎生物学研究は医学的課題の基礎研究を除き縮小されている。実際、ライフサイエンス国際公募の選定時には「Exploration」に寄与しない動植物の研究は選定しない方針が明確にされ、さらに過去に選定したテーマですら除外する方針を打ち出した。昨年、NASAエイムスリサーチセンターを訪れたが、ビジターセンターは見事に国際宇宙ステーションの影も形もなく火星一色であった。スペースシャトルが再飛行を目指し準備中であるが、例え順調に飛行が再開されたとしても国際宇宙ステーションの建造が最優先であり、日本の実験棟「きぼう」で基礎生物学宇宙実験が実施できるのは早くて2007年後半以後であろう。そして、2010年にはシャトルの引退が決まっている。一方、中国は独自に有人技術を開発し、昨年に続き本年中にも有人ロケット「神船」による2回目の有人宇宙飛行が計画されているし、それに合わせるようにフリーフライヤーを用いる宇宙実験の共同実施を各国に打診してきている。ESAやCSA、CNESも注視しているようである。その中で日本はいったいどこへ行こうとしているのか、それは取りも直さず日本の宇宙生命科学の独自性、方向性にも関わってくる。宇宙生命科学を推進する者の一人として、日本は、宇宙環境を利用した基礎生物学研究を主体に重点化領域の推進を継続するのだと主張している。人の宇宙における生存に係わる問題を基礎生物学から解決し人類の地球外活動の拡大を目指すと。

(石岡憲昭、いしおか・のりあき)

http://www.isas.jaxa.jp/j/enterp/sbms/index.shtml

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※※※ ☆02以降の項目は省略します(発行当時のトピックス等のため) ※※※