No.270
2003.9

ISASニュース 2003.9 No.270

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勝てる戦略

栗 木 恭 一  

 最近,宇宙開発関連企業から配布された説明資料に「勝てるプロジェクト」という見出しがあった。また,官庁では「XX戦略」というタイトルの文書をよく目にした。

「戦略」は「戦い」に用いる「策略」であるから,そもそも公表すること自体がおかしいのであるが,大型プロジェクトとなると関係者も多いから,所信表明として意志・価値観の統一,志気の高揚を図る役割は大きい。特に,公共性の高いプロジェクトでは,最終利用者である社会一般も関係者であるとして,可能な限り「戦略」の具体的内容を公表して理解を得ねばならない。

 しからば「XX戦略」に連なるプロジェクトの具体的目標はと見ると,「X,と同時にY」とか,「Xとともに,Y」など玉虫色の表現をよく見かける。XYのどちらも自信なく,どちらかできれば僥倖(ぎょうこう)という,逃げの姿勢かと勘繰りたくなる。これでは志気を鼓舞し,大勢の共感を得ることはできない。

 衛星やロケットのプログラム/プロジェクト・マネージャーは「戦い」の指揮官に似た役目を負っている。戦略目的の事前設定を誤り,XYも果たし得ず,大敗を喫した例を歴史に拾ってみる。


 司馬遼太郎の著した『坂の上の雲』(文春文庫,1999年)には,バルチック艦隊を率いたロジェストウェンスキー提督が,日本海海戦で犯した作戦ミスを次のように書いている。

 「A. T. マハン(米海軍戦略家)は,ロジェストウェンスキーの大航海については賞賛を惜しまなかったが,彼が決戦前4日間において犯した誤りを執拗に指摘している。“彼は目的の単一性を欠いていた”とマハンは言う。敵に勝つというこの目的に対してあらゆる集中を行うべき所の知的作業において,彼は二兎を追ったというのである。二兎とは“ウラジオストックへ遁走し,それによってたとえ残存兵力が二十隻になったとしても,極東の戦局に対して重大な影響を与える”というのが一兎である。他の一兎は,“東郷と対馬付近で遭遇するであろう。これと当然ながら戦闘を交える”という目的であった。一行動が二目的を持っていた。(中略)マハンは東郷がこの“目的の単一性”という原則に忠実であったのに対し,ロジェストウェンスキーが二兎を追うために,その行動原理が極めてあいまいになったことを指摘している。」


 山本五十六海軍司令長官は帝国海軍きっての知将といわれたが,ミッドウェー作戦では失策を犯している。『失敗の本質―日本軍の組織的研究」(戸部良一,中公文庫,1991年)には,次のように書かれている。

 「その作戦目的は次のようにあいまいな内容のものであった。“ハワイ方面よりする我が本土に対する敵の機動作戦を封止するとともに,攻略時出現することあるべき敵艦隊を撃滅するにあり。”前段は,ミッドウェー島攻略を志向し,後段では米艦隊撃滅を目的としている。ニミッツ(米太平洋艦隊)提督が“二重の目的(dual purpose)”と表現したように,目的の二重性すなわち,あいまいさがここにも見られるのである。(中略)これに対して,米軍側が劣勢な戦力にもかかわらず勝利を収めたのは,暗号解読によって日本軍の作戦をきわめて詳細に知り得たことに加えて,“空母以外に手を出すな”と厳命していたことにあり,これが戦力集中という点で有利な状況を生んだことも見逃してはならない。」


 プロジェクトは「戦い」同様に集団行動であるから,かくのごとく「一所懸命」が鉄則であろう。個人のライフスタイルであれば,そう堅いことを言わんでもいいのかもしれない。

 ところで,我らが宇宙開発の大御所,糸川英夫先生は「マルチ人間」を自認しておられたが,その定義を,諸事平行してなすことなく,時期を画して一事専心の人,とされていた。また,航空界に名をはせた新明和(旧川西航空)工業の菊原静男元取締役技術長はOB会で,「就職最初のボーナスは全部はたいて,かねて狙いのボルサリーノのソフト帽を買った」と話しておられた。

 一点豪華にして,その心意気や良し。

(宇宙科学研究所 名誉教授 くりき・きょういち) 


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