No.270
2003.9

ISASニュース 2003.9 No.270

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サーベイ天文学とヨーロッパの旅 

宇宙圏研究系 上 田 佳 宏  

 6月,ドイツ・ガルヒンにあるマックスプランク研究所を訪問し,ギリシア・ミコノス島で開かれた国際会議に出席してきた。目的は,ここ10年あまり取り組んできたX線背景放射の研究の総まとめを行うことと,その結果を会議で発表することであった。ギリシアの会議のタイトルは「多波長宇宙論」。現代天文学はその成熟とともに,ますます多波長研究の重要性が増してきている。もちろん,プロの研究者はある部門で他の追随を許さぬ専門家でない限り誰も相手にしてくれないが,その一方で,自分専門の世界だけに引きこもっていては時代に取り残される。近い将来,電磁波だけに閉じこもる天文学は古いということになるのかもしれない。ともかく,この魅惑的なタイトルの会議が,まだ踏んだことのない異国の地で行われるとあって,急きょ参加を決めたのだった。

 ギリシア到着日,ホテルの手配の悪さに思わず発した“Greek organization!”という一人言を旅行会社の人に聞かれ「日本からこられたのですか すみません。ギリシアじゃ,すべてが安易なもので」と謝られて立場をなくしたこと以外は,客を全力でもてなすという古来からのギリシア人のモットーを感じ,とりわけ泊まったホテルを経営するおじさんとおばさんが,言葉が通じないにもかかわらず朝から晩遅くまで客の一人一人の行動をすべて気にかける姿勢には感激した。会議のバンケットでは主催者自らが,民族音楽に合わせてダンスを始め,最後はレストランが一大「屋外ディスコ」と化した。“Bad girls go to Mykonos”と書かれたTシャツが売られている「眠らぬ町」ミコノスタウンでは,朝の4時まで騒ぎがあちこちで続くらしい。とはいえ,すぐ隣にはギリシア神話にちなんだ遺跡で埋め尽くされたデュロス島がある。ここはやはり世界史の教科書の最初に登場する栄光の国であった。初めて見るエーゲ海のあまりの青さに「なんて青いんだ。まるでオホーツク海のようだ」とつぶやくと,一緒にいた日本人たちは興ざめな顔をした。

 さて,サーベイ(探査)とは,天文学に限らず,学問の始まりであり,その基本であろう。古代から,宇宙を見つめてきた人々がまずしたことは,見える天体の正体を片っ端から調べ,それが何であるか,全体的に理解しようとすることである。そして,次に個々のケースについて詳しく研究するというフェーズがくる。天文学は「より暗い,よってより遠くの天体を見つけること」を常に第一使命として発展してきた。

 これはX線天文学においても変わりはない。X線の空が,原因のよく分からぬ強い放射で満たされていること(X線背景放射)が1962年にジャコーニたちにより発見され,後にこれがどうやら個々の暗い天体の総和であるらしいと認識されるに至り,X線背景放射を感度の良い望遠鏡で個々の天体に分解することが,X線天文学のメインストリームの一つとして発展してきた。これにはもちろん日本のX線グループの貢献も大きい。アインシュタイン衛星,ROSAT衛星,そして日本の「あすか」衛星はこれらの歴史を徐々に塗り替え,最近チャンドラ衛星がその最後のベールをはがした。人類は40年にしてようやく「X線種族」の大部分が宇宙のどこに分布しているのか正しい描像を得るに至ったと言える。この段階に至り,偶然検出器の視野に入るX線源のすべてが研究対象として宝物であった時代は終わり,それらがもはやどうでもよくなるのだから,学問的変化はかなり大きい。「あすか」衛星によるサーベイがこの分野に大きく貢献したこともあり,この数ヵ月必死の体制で書き上げた論文を投稿した私は,意気揚々とこの遠征に出かけたのであった。

 ドイツでは,ROSAT衛星のサーベイをリードし,現在チャンドラ衛星のサーベイに深く関わっているハージンガー博士と議論した。恐る恐る論文の図を説明していくと,いつも温和な顔色が急に変わった。「この結果は我々(チャンドラチーム)も見つけている。私の収録は引用したか」「もちろん」と答えたが,このエピソードが物語る通り,とりわけサーベイ天文学は研究方法がストレートなだけに国際競争も激しく,論文が出版されるまでは生きた心地もしない。とはいえしょせん,天文学者なんて100億年も前に発された光の粒一つ一つを数えて,夢を追いかけている人種にすぎない。こういう学術上な競争など,あくまで心地の良い刺激にすぎず,幸せなものである。研究は本来,楽しいものであるはずなのだが,日本にいると,ついそれを忘れてしまうのは自分の精神修行が足りないからであろう。海外で新たな文化に出会うことは,そのような思考をリフレッシュする絶好の機会でもある。

(うえだ・よしひろ) 


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