No.199
1997.10

<研究紹介>   ISASニュース 1997.10 No.199

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複合材料と構造力学

   東京大学大学院 工学系研究科  青木隆平


◆はじめに

 工学の分野において従来は,構造物を対象にした研究分野である構造力学と,その構造物を作るために使われる材料を研究する材料工学或いは材料学は,マクロかミクロといったように考えている大きさのレベルの違いもあり,別の分野であると見なされていたように思います。そうした観点からは,複合材料も単なる材料工学の対象になってしまいます。

 ところが,複合材料はその名が示すとおり,それ自体が既に複数の基材の集まりであり,サイズ的には微小ですが,ある材料中に別の材料を配置するという点で,一種の構造物であると見なすこともできます。つまり複合材料は目的に応じて内部の形状諸元の「設計」が可能な構造物だと考えられます。ここでは,このような視点に立って,複合材料を構造力学の対象とする研究分野の,そのまた限られた一分野を紹介します。


◆繊維強化複合材料積層板

 一口に複合材料と言っても,例えば一方の素材(強化材)が板状,繊維状,粒子状のいずれの形態で他の素材(母材)に混入されているか,といった複合化の形態,或いは素材が金属,セラミックス,プラスチックスの何れであるか,といった素材の種類による分類など,その中身は多種多様です。以下では航空宇宙機用の構造部材として広く使われている炭素繊維強化プラスチックス( Carbon Fiber Reinforced Plastics,CFRP)について考えてみます。ただし,この用語について補足すると,炭素繊維強化プラスチックスという言葉から得られるイメージは,プラスチックスを繊維で補強しているというものだと思いますが,実態は高強度,高剛性という特性を持った炭素繊維を,より取り扱い易くするためにプラスチックスで固めたというイメージの方が現実に即していると思います。繊維強化という用語は本来,ガラス繊維などを混ぜてプラスチックスを強化するという繊維の使われ方に対するものです。その点,セラミックス短繊維強化金属なども,金属の特性を向上させるために短い繊維を混ぜるもので,繊維強化という用語の与えるイメージが実態に即していると思います。

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 さて,このCFRPは,直径が10μm以下の長い炭素繊維を一方向に並べ,それにプラスチックスを含浸させたもので,複合材料中の繊維の含有率を体積で表わすと,一般的な利用例で60〜70%程度になります。この材料は,繊維が方向性を持って配置されていることに起因して,その剛性や強度が方向によって大きく異なり,いわゆる異方性を示します。一般に繊維方向の剛性は繊維自身によって支配され,繊維に垂直な方向ではプラスチックスの影響が大きく出ます。
それ故繊維方向とそれに垂直な方向で,剛性は前者が後者の10倍程度はあるのが普通です。強度に至ってはその差は更に広がります。このような極端な異方性を持った,いわゆる一方向強化材料は,ロープや棒材など一方向の強度や剛性のみが要求される特殊な用途には適していますが,航空機の外板など,複数方向に高い性能が要求される部材としては使いにくいのは明らかです。そこで繊維方向が異なるCFRPの層を積み重ねて接着し,多方向に繊維が入った積層板と呼ばれる形態で使われるのが一般的です(図1)。
 図1 CFRP積層板の断面写真
    (1層の厚さ約130μm)

 この積層板は,特定方向の特性のみに注目すると,その方向にのみ繊維が並んだ一方向材料と較べて,材料としての効率はもちろん落ちます。それでも軽量かつ高強度,高剛性を必要とする航空宇宙分野では,ジュラルミンなど既存の金属材料より優れているとして利用範囲が拡大しています。最近では,最終製品にするまでの総合的なコストの点でも,製造工程の簡素化等により,従来材料に対抗できるようになってきたことで,利用される例も増えているようです。


◆積層板の弱点を探る

 しかしこの優れた特性を持つ積層板にも弱点があります。その弱点を明らかにし,克服することが構造力学の複合材料に関わる一つの研究領域になっています。その弱点ですが,まず第一に,強度の大半を受け持っている繊維が,積層板の面内方向にしか入っていない,つまり厚さ方向には繊維が向いていないため,その方向の強度が極めて低いという点です。第二に,積層板を構成している一方向材の各層が,異方性の向きの違いから,異なる変形挙動をしようとするため,積層板の層間にお互いを拘束しようとする内力(層間応力)が生じる点です。層間応力は,部材としての力の伝達と直接関係のない二次的な内力ですので,ないに越したことはありませんが,それ自体は弱点ではありません。問題なのは,この力の発生が,厚さ方向に強度が低いという一番目の弱点を露呈させる点にあります。つまり,層間応力によって層と層が剥離してしまう,層間剥離が生じる点です。これは実際,例えば引張試験によって積層板試験片を引っ張った場合,荷重方向に垂直な板厚方向に試験片がぱっくりと口を開けるような現象で,とても興味深い挙動です。図2はCFRP積層板試験片に引っ張荷重を加えた際の,層間に剥離が生じる前後の様子です。この層間応力の発生メカニズムは,積層板を構成する一方向材の各層を異方性の均質体とみなし,積層板を異方性体が重ね合わされた板としてモデル化し,解析することで明らかになっています。種々の研究では,層間応力は積層板の形状の不連続部位,例えば板の末端部や孔周り,或いは板厚が変化する所で発生することが分かっています。
この層間応力は積層板では発生が避けられないものですが,その大きさを小さくすることは各層の積み重ね方等を工夫することである程度は可能です。また,局部に層間剥離が生じた場合に,それがどの程度の外力によって拡大して全体破壊につながるかといった問題について,評価パラメータの同定や,材料固有の具体的な特性値を測定する試験方法の開発が行なわれています。こうした研究によって,層間応力による層間剥離の発生はある程度予測が可能になってきました。
図2 積層板引張試験片に生じた層間剥離(配線は歪み測定用のもの)
   (a)剥離発生前,(b)剥離発生後

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 前述の一番目の,厚さ方向に強度が低いという弱点は,金属材料では考えられないような問題ももたらします。積層板を航空機の翼の外板に使った場合,機体の整備などで作業員が持っていた工具を翼の上に落とすと,積層板の内部に層間剥離が生じることが有ります。或いは,機体に滑走路上で跳ね上げた小石などが衝突した場合も同様の結果になり得ます。この種の層間剥離は,発生位置の予測が不可能であると同時に,積層板表面からの目視による検査では発見できない場合が多々あります。その対策として層間剥離が生じても構造全体に致命的な影響を及ぼさないような設計にすることや,超音波,X線などによる探傷検査で剥離の検出を確実に行うことなどが研究され一部実用化しています。構造的には,衝撃により剥離した積層板に圧縮荷重を加えた状態( Compression After ImpactCAI)が最も影響が深刻なため,この場合の挙動について多くの研究がされています。一方,探傷検査ですが,検査設備は極めて大掛りになりますから,検査方法の簡素化は実用上大きな問題で,この方面の研究も進められています。

 もう一つ重要なことですが,積層板自体が前述のように繊維方向などを変えることで自由に設計できるため,たとえ形状が同じでも性質の異なる無数の部材を作ることが可能です。これらの部材では,荷重を加えた際の損傷の種類や蓄積程度などが変わり,結果的に最終的な強度までもが変わってくる可能性があります。金属材料では素材の強度を調べれば,部材としての強度も極めて正確に予測できますが,複合材料で作られた部材の場合は,たとえ形状が単純でも簡単ではありません。設計者にとっては,厄介な材料だと思います。つまり設計の自由度が大きいことが強みでもあり,この点が強調されがちですが,見方を変えると強度の予測を難しくする点で弱点にもなっています。


◆弱点を克服するには

 CFRPの層間強度を積極的に高める研究も当然多くされています。そのための主要な取り組みは,材料の改良で,積層板の厚さ方向の強度を担うプラスチックスの改良と,それと同様に重要な繊維とプラスチックスの界面の接合強度の向上です。

 構造力学的な面からも多くの研究が行われています。その一つが繊維を積層板の厚さ方向に積極的に配置して層間を強化する手法です。その代表的な方法が裁縫で使われるボタン穴をかがる手法に似た方法で,スティッチング( Stitching )と呼ばれるものです。これは,層間剥離が生じ易そうな部位,或いは生じては困る部位を,予め繊維で縫って補強する方法です。この補強によって厚さ方向の強度は増しますが,同時に本来必要な板の面内方向の強度低下をもたらす可能性があります。これを数値的に評価しようとすると,解析上は繊維束単位のレベルでのモデル化などが必要で,簡単ではありません。

 この考えの延長上には強化繊維を織って配置することが当然出てくると思います。いわゆる織物複合材料として実用化されているものです。繊維の織り方で二次元織や三次元織等が考えられますが,これらはいずれも板の面内方向の強度や剛性を多少なりとも犠牲にしているため,織物にすることの長所と短所を秤にかけて使うことになります。ただし解析でこれらを評価することはやはり多大の労力を必要とします。

 また,出来上がった積層板部材の強度の予測が困難な点を述べましたが,もちろんこの強度予測への理論的な取り組みは無数にあります。しかし,残念ながら未だ幅広く適用し得る一般性のある理論は出来上がっていません。複合材料の構造力学関係の研究ではこの分野は極めて基礎的な領域ですが,内容的には塑性力学,破壊力学,界面の力学,確率論など複数の分野にまたがった横断的な取り組みが必要で,今後いろいろな取り組みからの成果が必ず出てくるものと思います。


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◆おわりに

 ここでは,構造力学的な視点から繊維強化複合材料の,主にマイナスの部分を紹介しました。言ってみればあら探しをしたことになります。これも複合材料が将来を期待された,材料の中の優等生であることの裏返しだとご理解下さい。既に述べたように,複合材料には多くの種類がありますが,この中で現在特に注目されているのは,次世代超音速旅客機用に数100℃といった高温の環境下での長時間使用に耐えるものや,宇宙往還機用に1500℃程度に耐える複合材料です。これらの材料についても,クリープ特性や熱変形など構造力学的な側面から研究すべき点が数多くあります。また,複合材料はアクチュエータやセンサを,容易に内部に埋め込むことができるために,知能材料としても有望で,これに関連した多くの研究がされています。最近では,土木建築分野での橋脚や柱の補強への利用など,新しい適用領域も生まれています。複合材料は常に新しい研究テーマを与えてくれるとても面白い材料だと思います。

(あおき・たかひら)


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