No.199
1997.10

ISASニュース 1997.10 No.199

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ポーランドを訪れて

   西田篤弘

 スエーデンでIAGAの学会に出席したあと,ワルシャワにあるポーランド宇宙空間研究所( Space Research Institute, Polish Academy of Sciences )を訪問してきました。COSPARの役員になってから事務局長の Grz- edzielski 教授とのつきあいが深まり,彼が数年前まで二十数年に渡って所長の地位にあった研究所を訪れてみないかと誘われたのです。

 研究所の建物はワルシャワの中心から車で20分位の緑豊かな環境にありました。長い間共産圏にあった国ですから過去のモスクワのような町並みを予想していたのですが,駅前にそびえる科学文化宮殿を例外としてほかのところは西欧と変わりない町でした。3階建ての研究所の建物もそうで,外観といい内装といいドイツ,フランス,スエーデン等の同じ規模の研究所と変わりありません。

 研究所の職員数は約150名で,その3分の1が研究者です。年間予算は約3億。特徴の一つは測地学が重点領域の一つになっていることです。前所長 Grze-dzielski の専門である太陽系空間の科学(太陽風の加速,星間物質との相互作用,太陽圏と星間空間の境界領域の構造)の研究は水準が高く,私もかねてから注目してきました。彼等と議論できたのが今回の収穫です。「ようこう」のイメージ の deconvolution をやっている人もいました。

 研究所では衛星搭載ハードウエアーの開発が盛んに行われていて,ロシアだけでなくヨーロッパのさまざまな計画に参加しています。たとえば ROSETTAで熱伝導度を測定するためのペネトレーターを開発しており,またCESAR( Central European Satellite for Advanced Research )衛星に搭載する Fourier infrared spectro-meter 等の試作を行っています。CESARというのはイタリアが中心になって計画をすすめている apogee1000km, perigee 400km, inclination 70°の衛星のことで,オーストリア,ハンガリー,チェコ,スロバキア及びポーランドという,(意図的ではないでしょうが)かつてのオーストリア・ハンガリー帝国の版図の中にあった国々が力をあわせ,得意の機器を持ち合って実施しようとしているもので,PhaseB の開始をめざしています。好転しつつある経済に助けられて,ポーランドの宇宙科学はソ連(ロシア)との協力で培った経験と実力を生かし,より広い世界での発展を図っています。

 さて,ワルシャワでは,「ユダヤ人のワルシャワ」という半日コースのツアーに参加してみました。ジンガーの小説「父の法廷で」とか,マルタン・グレイの自伝「愛するものの名において」とか,ランスマンの「ショアー」とか,ワルシャワのユダヤ人を描いた作品には心を打たれるものがありましたし,親しい友人の何人かがユダヤ系だということもあって,ゲットーを実地に見たいと思ったのです。ツアーはわずかに残されたゲットーの壁の視察に始まり,シナゴーグ,当時から残っているアパート,コルチャック先生の孤児院,ユダヤ人墓地,などを回りました。相客はロスから来た老会計士夫妻だけでした。60代と思われる男性のガイドの一家は金で手に入れた証明書でポーランド人になりすますことによって生き延びたのだそうです。戦前40万人だったワルシャワのユダヤ人の数は500人に減り,シナゴーグの運営も苦しくなっているということでした。

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 印象に残ったのは,かつての悲劇と現在の平和な光景のあまりに大きい落差です。わずか数十年前に無数の遺体が投げ込まれた場所が緑の芝生で覆われ,ビキニの美女が愛犬に守られて日光浴をしているのを見ると,歴史の風化の早さを感じないではいられません。今のワルシャワ市民にとってはユダヤ人の悲劇はいわば先住民族に関わる過去の問題になっているのかもしれない,とも思いました。

 ワルシャワの旧市街がナチによる破壊のあとで壁のひび割れに至るまで復元されたということは前から聞いていましたが,その見事さは聞きしにまさるものでした。広場に近い聖ヤン教会はゴシック様式ですが,その正面は茶色の煉瓦と白い漆喰が縦縞をなしてパイプオルガンのようです。ゴシックの様式と石材に乏しい平原の国ポーランドの風土とが独特の意匠を生んだのでしょう。研究所の人達にここで夕食をご馳走になりましたが,数年前の解放までは店をあけている商店は少なく,集まって会話を楽しむのもはばかられるような雰囲気だったそうです。長く暗いトンネルを抜けた人々の表情は明るく,活気に満ちているように感じました。2000年に開催される COSPARの時の再訪が楽しみです。

(にしだ・あつひろ)


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