No.183
1996.6

ISASニュース 1996.6 No.183

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月のはじまり

宇宙科学研究所    早川雅彦


 月は私たちの宇宙に数ある天体の中でもっとも地球に近い天体である。単に空間的な距離が近いというだけではない。古代より,人は天球上での月の動きや満ち欠けを観測することにより,季節を知り,時を計った。月の引力による潮の満ち引きは生物の活動のリズムに大きく影響しているとも言われている。また,美しく神秘的なその姿のために,物語や詩に数多く取り上げられている。月は人類にもっとも親しまれている身近な天体といえるだろう。

 月をさらに身近にした出来事と言えば,アポロ計画による人類の月面活動であろう。科学的にもアポロ宇宙飛行士が月面から持ち帰った岩石の研究により,月物質に関する化学的データは飛躍的に増大した。月の岩石は地球に比べて難揮発性元素が多く,逆に揮発性元素と親鉄性元素が欠損していることが分かった。

 月と地球のちがいは,月がどのようにして誕生し,地球のまわりをまわるようになったのか,すなわち「月のはじまり」に大きく関係していると思われる。月の起源については,19世紀のダーウィンによる分裂説に始まり,これまでに様々なモデルが提唱されている。それらは地球と月の関係によって,以下に述べるような3つのモデルに分けられる。


【1】分裂説

 月と地球は最初はひとつの天体であったが,自転速度が速くなったために一部分が遠心力でちぎれて飛び出して月になったとする説(地球と月は親子の関係)。地球の中心に鉄の核ができたあとに地球の表面近くの物質(マントル)が飛び出して月になったとすると、揮発性元素に乏しく,密度が小さいことは不思議ではない。しかし,たとえできたばかりの地球が熱くてやわらかかったとしても,月を遠心力で分離させるにはかなり高速の自転(周期3時間以下)が必要であるという。最近の惑星集積の研究によれば(後に述べるような巨大衝突の力を借りないと)そのような大きな角運動量を地球が得ることは難しいといわれている。

【2】捕獲説

 月は太陽系のどこかで生まれ,後に地球の重力によって捕らえられた天体であると考える説(つまり他人の関係)。この説によれば月の化学組成は地球に捕らえられる前に決められており,地球に似ている必要はない。この説の問題は,地球が月を捕獲する確率が天体力学的に非常に小さいことである。月が地球の重力に捕らえられるには地球に近づいたときに運動エネルギー(速度)を失わなければいけないが,近づくだけではエネルギーを失うことはなく,そのまま飛び去ってしまうのが普通である。地球のそばを通過するときに月にブレーキをかける原因として,地球の原始大気によるガス抵抗,地球まわりをとりまく小天体との衝突,地球の潮汐力が提案されているが,どれも月が地球に落ちてこない程度にうまくブレーキをかけるのは難しい。

【3】双子集積説

 月は地球の近傍でほぼ同時に同じプロセスで作られた天体であると考える説(いわば兄弟の関係)。最終的には地球のほうが大きくなり,小さい月が地球のまわりをまわるようになったと考える。地球のまわりに捕らえられた微惑星が集まって月になったと考える科学者もいる。このモデルによれば地球と月の化学組成は非常によく似ていることが予想されるので、地球と月のちがいを作り出す別のプロセスが必要となる。

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 最近では,火星サイズの天体が原始地球に衝突し,飛び散った地球のマントルが地球のまわりで集まって月が作られたという仮説(ジャイアント・インパクト説)がアメリカを中心に流行した。巨大衝突は必然的に物質を加熱するので,月の揮発性元素が少ないことが説明でき,地球−月系が持つ大きな角運動量も説明できるため人気を得た。しかし,この仮説も月の起源説の決定打にはならなかった。

 これらのモデルの拠り所になっているのはアポロ計画で得られたデータである。月の表側の限られた地域の表層の情報を月全体の平均的な情報にどう焼き直すかについては今も議論が続いているため,どのモデルが正しいかを検証できないのが現状である。来年度打ち上げられる宇宙科学研究所月内部探査機ルナーAにより「月のはじまり」の謎を解くためのグローバルな情報が得られることが期待されている。

 月は衛星ではあるが比較惑星学的立場からいえば地球型惑星のひとつとして取り扱ってもよいほど大きい。また,月は太陽系内の衛星としては惑星(地球)に対してとても大きいので,「月のはじまり」は「地球のはじまり」に大きく影響していたであろう。月のはじまりの謎を解くことは惑星や太陽系のはじまりの謎を解く重要な鍵となる。

(はやかわ・まさひこ)


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