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ヒートパイプ − 潜熱制御技術の確立に向けて
宇宙科学研究所 小林康徳
この春にスペースシャトルによるSFU回収成功のニュースが大きく報じられたことは記憶に新しい。ご存知のごとく,このSFUの構体は変形8角形をしており,バウムクーヘンを8分割したような台形型の実験箱をトラス構造の支柱にぶら下げた格好をしている。もっとも,1ヵ所だけはむき出しの赤外線望遠鏡装置が付いていたし,バウムクーヘン上部にも様々な機器が搭載されて多少複雑な外観をしていたが。それはともかく,各実験箱は熱・構造的に独立しており,箱の利用形態や管理については実験者が全責任を持つという衛星設計コンセプトはわが国では初めての試みであった。もう一つの初めては,実験箱が多数のU字型ヒートパイプ素子でぐるぐる巻きにされていたことである。図1のスケッチに示されているように、合計108本のヒートパイプが使われている。1987〜90年に打ち上げられたドイツ・フランス合作のTV-SAT/TDFシリーズ(ヒートパイプ技術者間では「ヒートパイプ衛星」と呼ばれる)では70本以上のヒートパイプが使われた例をはじめ過去の衛星に何度か搭載されてきたが,SFU の規模が最も大きく本格的なヒートパイプ衛星と言ってよい。
前置きが長くなった。将来とも我々が宇宙活動を一層発展させていくならば,大型の宇宙構造物やインフラを作るにしても,高機能化された小型衛星を開発するにしても熱制御(排熱)技術の解決が成否の鍵を握ると言って過言でない。特に後者では新材料開発と共に必須になるだろう。ヒートパイプはそのような熱制御素子の一つであり,SFUで出番が与えられた意義は小さくないと筆者は強調したかったのである。以下にヒートパイプと関連熱流体研究の現状を紹介する。 前置きが長くなった。将来とも我々が宇宙活動を一層発展させていくならば,大型の宇宙構造物やインフラを作るにしても,高機能化された小型衛星を開発するにしても熱制御(排熱)技術の解決が成否の鍵を握ると言って過言でない。特に後者では新材料開発と共に必須になるだろう。ヒートパイプはそのような熱制御素子の一つであり,SFUで出番が与えられた意義は小さくないと筆者は強調したかったのである。以下にヒートパイプと関連熱流体研究の現状を紹介する。
やはり,ヒートパイプとは何ぞや,という説明をしておくのが親切だろう。いたって単純直截な伝熱素子である。名前のごとく管状容器が多いが,原理的には純粋な液体(作動液体と呼ぶ)が一定量封入された密閉容器であればどんな形状,寸法であれヒートパイプとなり得る。容器の内部はその液体と蒸気の一成分二相状態にある。この容器の一部分を加熱し,他部を冷却すると内部の流体は熱力学の法則に則って相変化(加熱部で蒸発,冷却部で凝縮)を起こし速やかに新しい熱平衡に移行する。この時に冷却部に移動して凝縮した蒸気質量の持つ潜熱はそこの容器壁を介して外に廃棄される。この一連の熱流体現象は加熱部と冷却部間の潜熱授受が主役であるから蒸気と凝縮液の間には温度差がない。すなわち,外部から見れば密閉容器の加熱部に加えられた熱量は温度差がないのに冷却部に移動しそこから排出されることになる。まさに熱の超伝導体である。もっとも,実用に供せられるヒートパイプの有効熱伝導率は管材部などの伝導抵抗が避けられないので,銅のそれの数十倍から数百倍程度である。現在,宇宙ステーション「アルファ」で開発中のアンモニアを作動媒体とする二相流体ループもその作動原理や現象は基本的にヒートパイプのそれと同じで,潜熱授受が主役である。この観点で,大容量排熱手段である様々な形態の二相流体ループも広義のヒートパイプと定義することもできる。
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