No.299
2006.2

ISASニュース 2006.2 No.299 


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心優しきスパイ

宇宙科学情報解析センター 橋 本 正 之  

はしもと・まさし。
1942年,岩手県生まれ。工学博士。
1965年,東京大学宇宙航空研究所。
1981年,宇宙科学研究所。専門は宇宙電子工学。
一貫してロケット,人工衛星,人工惑星に搭載する電子機器および関連する地上支援電子装置の研究開発とそれらの設計,開発,打上げ,運用に従事。


 dash   宇宙科学情報解析センターのホームページでは業務内容について「宇宙科学の発展のために」とありますが,橋本先生のお仕事は?
橋本: 人工衛星や探査機の“健康状態”を自動的に監視して診断するシステムの構築に力を入れています。せっかく打ち上げた衛星や探査機が長生きして活躍できるように支援しよう,というものです。正式名称は,衛星・探査機異常監視・診断システム(ISACS−DOC)です。電源,通信,データ処理,姿勢軌道制御,観測装置の各システムが正常に動いているかどうか,衛星や探査機に搭載したコンピュータなどの機器を常時監視して,異常があればいち早く警告を出します。そして,専門家に対応してもらう。これまでに,GEOTAIL,「のぞみ」「はやぶさ」に対応したシステムを構築し,運用してきました。
  
 dash   実際に,衛星や探査機の危機を救った例もあるのですか。
橋本: はい,いくつもあります。例えば,衛星の軌道や姿勢を制御するためのヘリウムガスが漏れそうだという異常を察知し,無事対処できたこともありました。もし発見が遅れて全部漏れてしまったら,衛星の制御ができなくなり,運用停止です。

 ISACS−DOCは,実は開発当初,診断機能に重きを置いていました。診断機能とは,異常が起きたときにその原因を教えるものです。でも実際に運用してみると,本当に大事なのは,何か起こりそうだという初期段階で異常をとらえ,専門家に適切な処置をしてもらうことだと考えるようになりました。現在は,監視機能に重点を置いています。

 ISACS−DOCはこれまで,地球から遠く離れる軌道をもつ衛星・探査機向けでしたが,現在,低軌道地球周回衛星であるASTRO−F向けのシステムを構築しています。衛星は,地球の低軌道を周回するものが大多数です。それらの衛星の“健康維持”に役立つことができればと思っています。

  
 dash   異常監視・診断システムの構築には,衛星全般にわたる幅広い知識が求められますね。
橋本:  ISACS−DOCはエキスパートシステムといって,各分野の専門家の知識をコンピュータに組み込み,専門家がそこにいるかのごとく監視するものです。このシステムが成功するかどうかは,広い視点で全体を見て,バランスよく,いかに重要な知識を集められるかにかかっています。私はこれまで,ロケットから衛星までいろいろなことに関係してきました。そういう経験が役立っているかもしれません。昔は一つのことに集中したいと思うこともありましたが,最近では世の中に経験して無駄なことはないという気がしています。
  
 dash   知識を集めるために必要なことは?
橋本: それぞれの専門家の大切な知識をもらってくるわけですから,スパイのようなものかもしれませんね(笑)。メーカーの場合には独自のノウハウもあります。それを教えていただくのですから,信頼関係が重要です。知識を提供してくれた人の装置のためになるということをきちんと説明して,私たちを信じていただくしかありません。私は前面に出ていくことが好きではないので,皆さんのやることをニコニコしながら傍観させてもらっていることが多いですね。こういったキャラクターも,知識の収集に少しは役に立っているのかもしれません。人間はみんな,それぞれの生き方と考え方がある。いろいろな考え方を尊重して,認めることも大切です。それは,仕事でも家庭でも同じかな。
  
 dash   3月に定年を迎えるとのことですが,その後の計画は?
橋本: 人と自然が好きなので,地域社会で自然とかかわることができればいいなと思っています。今,神奈川県の津久井に住んでいるんですよ。目の前には丹沢が見える。岩手の山奥でサルのように野山を駆け巡って育ったものですから,自然の中が好きなんです。家庭菜園も面白いですよ。植物も生きているんだと実感します。これまで機械を相手にしてきましたが,もう一度若いころに戻るとしたら,生き物相手の仕事を選ぶかもしれませんね。
  
 dash   宇宙研の若い研究者・技術者,あるいはこれから宇宙関係の仕事を目指そうという人に一言。
橋本: それぞれの人が自分のやりたいこと,そして価値があると思うことを,プライドを持って精いっぱいやることが大事だと考えます。今私たちが抱えている「宇宙科学はこれから何をやっていくべきか」という大きな問題についても,そういう人たちの白熱した議論の中から必然的にいい解が出てくるでしょう。「はやぶさ」の運用を見ていると,みんな若い。あの計画を初めて聞いたときには,ずいぶん無謀だなと思ったものです。でも,しっかり成果を出している。それを支えているのは,どうしてもやりたいという情熱でしょうね。


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