No.299
2006.2

<宇宙科学最前線>

ISASニュース 2006.2 No.299 


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S-310-36号機による網展開,
フェイズド・アレイ・アンテナ実験の成果速報 

東京大学大学院工学系研究科 中 須 賀 真 一 
神戸大学工学部情報知能工学科 賀 谷 信 幸 

 観測ロケットS-310-36号機では,宇宙研の支援のもと,東京大学・神戸大学が共同して,将来の大規模宇宙構造の候補である網構造の展開と,それを利用したフェイズド・アレイ・アンテナによるマイクロ波送電の基礎実験を行った。

 宇宙空間で大面積の網や膜を必要とするミッションにおいては,伸展構造物で網や膜を広げるのではなく,端を小型衛星が担うことにより展開し形状維持する方式(「ふろしき衛星」と呼ぶ)が一つの候補としてあり得る。これにより,数百m程度が限界と予想される従来の展開方法に対し,数kmの展開も可能になると思われる。その際に重要な技術的課題は,網や膜をいかに小さな容積に折り畳んで収納し,もつれることなく展開できるか,その際に端の衛星はどのような制御をすればよいか,などである。また,その前段階の研究として,展開時の複数の衛星と膜や網が干渉した複雑なダイナミクスを把握することも重要である。

 大規模網・膜構造の応用の一つとして,網に複数の送電アンテナを配置することによりフェイズド・アレイ・アンテナを構成するというものが考えられる。将来の宇宙太陽発電衛星をはじめ,超高速通信や精密レーダーなどの超大型の宇宙アンテナを実現するためには,揺れ動くアンテナ素子でも実現可能なフェイズド・アレイ・アンテナ技術が不可欠である。フェイズド・アレイ・アンテナの制御は,レトロディレクティブ方式が有望である。レトロディレクティブ方式とは,地上からのパイロット信号を用いてそれぞれのアンテナ素子での位置の変位を測定し,その変位を補正するように送信位相を変え,受信点では常に一定の位相でビームが集中するように制御するものである。


実験シークエンス

図1 実験システム全体図

 今回の実験は,以上の技術の基礎実証実験として,以下のようなシークエンスで行われた。
(1) 親機(MOT)1機と子機3機(DAU-L,R,T)がワイヤと網でつながれた状態でロケットフェアリングに搭載され,打ち上げられる。網は親機上部に収納される(図1に概略図を載せる)。
(2) X+83秒で共通機器部とともにロケットから分離された後,親機搭載のホイールにより約0.6Hzの残留スピンを除去し静止させる(X+84.5〜120秒)。
(3) 網収納蓋がワイヤカッターにより分離され(X+130秒),次いで子機3機がロケット機軸に垂直な平面内で120度間隔で,バネによって約1.2m/sの初速で分離され(X+133秒),網が伸ばされていく(図2)。なお,このとき姿勢維持を図るため,親機,子機ともバイアスモーメンタム状態になっている。
(4) 展開時のダイナミクスを,親機と子機3機に搭載したINS(ジャイロ・加速度計),および親機・子機間の距離を測る電波センサにより計測すると同時に,親機から見た子機Lおよび子機Rの方向,子機Tから見た親機方向のカメラ映像(NTSC)をKuテレメトリでダウンリンクすることにより確認する。
(5) 展開中・展開後は,親機および子機3機の底面に配置したマイクロ波送受信機にて種々のフェイズド・アレイ・アンテナ実験を行う。特に,レトロディレクティブ方式の送信方法を採用することで,衛星の姿勢・位置擾乱があっても,ある程度のアンテナ特性を維持できることを実証する。
(6) アドバンスト実験として,子機がジャイロと画像情報をもとに親機をカメラ中央でとらえるような1軸の姿勢制御,および網が展開し終わった後バウンドバックするのを防ぐためのスラスタによる制御実験(子機LとRのみ)を行う。
(7) 網の展開が完了し安定するころ(X+158秒)に,アドバンスト実験として,親機の上部に収納した網上移動装置が網の上をはう実験を行う。
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網の展開実験

図2 子機分離直後の様子

 図2はKuテレメトリでダウンリンクされたカメラ映像で,1は親機のL方向カメラ,2は親機のR方向カメラ,3は子機Tのカメラの映像を示す。この写真は,親機から子機が分離された直後の状況を示しており,分離が正常に行われ,網の展開も開始された様子が分かる。また子機Tに搭載されたカメラの画像からは,地球を背景に親機および分離する子機Lと子機Rが見える。この前の時点で,親機のホイールにより実験装置全体の回転を静止させる制御が正常に働いたことも,映像およびジャイロの情報から確認された。

図3 網展開完了直前の様子

 網の収納は,ストローを使い,展開時にもつれと大きな抵抗が発生しない方法を工夫した。映像および加速度計の情報より,子機3機いずれも網展開時の摩擦などの抵抗による減速は小さく,分離後8秒程度で親機との最大距離10mに達し,そのときには一辺ほぼ17mの正三角形の網展開が完了したと推測される。図3は網展開完了直前の画像を示す。親機のL方向とR方向のカメラには,網展開の最終段階で引っ張り出される網上移動実験装置用の細かいメッシュが映し出されている。図4は,子機Lの角速度,加速度の履歴を表す。親機のホイール軸(Gz)以外の2軸の連成したニューテーション運動が見え,それが網からの外乱で次第に乱されていく様子が確認できる。加速度履歴からは,展開途中の摩擦などの抵抗力,最大長まで伸びたところでの反力,推進系によりバウンドバックを防ぐ制御の様子が示されている。詳細な3次元位置・速度・姿勢の解析はこれらのテレメトリ情報をもとに現在進行中で,子機のダイナミクスや制御はその結果を待って評価したいと考えている。

図4 子機Lの角速度・加速度履歴

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アクティブ・フェイズド・アレイ・アンテナ実験

図5 レトロディレクティブ試験の概念図

 今回のS-310-36号機でのアクティブ・フェイズド・アレイ・アンテナ実験は,図5に示すように,親機に搭載されたレトロディレクティブ装置と子機3台にそれぞれ搭載されたアンテナ素子から構成され,それぞれに地上から送信されるパイロット信号を受ける受信機と,位相制御された電波を地上に送る送信機が搭載されている。内之浦にある直径20mのパラボラアンテナからパイロット信号を送信し,直径20m,10mと3.6mのパラボラアンテナで親機と子機から送信される電波を受信して,レトロディレクティブ機能を確認する。

図6 地上でのレトロディレクティブ試験

 図6に,打上げ前に行われた電波暗室での試験結果の一部を示す。レトロディレクティブ機能を用いない場合は,図中赤線で示したように,子機の位置が変化すると位相差により受信レベルが大きく落ち込むが,レトロディレクティブ機能を用いた場合は青線で示したように,子機を動かしても受信レベルは一定に保持される。この結果は,レトロディレクティブによりフェイズド・アレイ・アンテナとして機能できることを示している。ロケット実験後すぐに,親子機間の測距,パイロット信号の位相差測定のデータから解析を開始した。図7にパイロット信号の位相差測定の一例を示す。子機が親機から離されて,地上との送信距離が変化するために,パイロット信号の位相が変化している。この位相変化は,ほぼ妥当な値を示している。次に測距データと地上での受信データを解析し,今回開発したレトロディレクティブ機能が設計通りに正常に働いているかどうかを見極める予定である。

図7 ロケット実験におけるパイロット信号の位相差測定の一例


網上移動実験装置の走行実験

 網が展開された後,網上移動実験装置が網上を走行する実験を実施した。今回開発した移動装置は,永久磁石で上下に駆動機構を保持する構造となっている。2005年3月に行った航空機による無重力実験で,この移動装置は無重力下でも網上を無事に走行できた。

 今回の実験は,学生の宇宙工学教育の一環として,実験用ペイロードをほとんど学生の手作りで作製したことも特徴であり,彼らが製作した装置がすべて正常に動作したことは大きな成果であった。地上試験,噛合せ,打上げ前調整,そして打上げ運用を通して,確実に動作するものを作る厳しさをはじめ,学生は多くのことを学ぶことができたと考える。辛抱強くお付き合いいただき,たくさんのことを教えていただいた稲谷・樋口・石井各先生をはじめ,宇宙研のロケットチームの皆さまに,心より感謝の意を表したい。

(なかすか・しんいち,かや・のぶゆき) 


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