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はやぶさ近況 距離を測る光の矢
小惑星イトカワの詳細観測と着陸・離陸を成功させた「はやぶさ」ですが,その後のトラブルにより,残念ながら地球への帰還は延期されることになりました。2005年12月末現在,探査機姿勢の復旧作業を継続しています。 本連載では,今月から数回にわたって,イトカワ観測に活躍した装置の紹介をします。第1回目は,LIDAR(レーザ高度計)です。 LIDARは「LIght Detection And Ranging」の略で「ライダー」と呼ばれ,レーザパルスを発射して探査機と小惑星の距離を測定するレーザ高度計です。小惑星イトカワに接近・着陸する「はやぶさ」にとって,LIDARは大変重要な航法センサーであるとともに,イトカワの自転を利用した表面形状測定,重力推定などの科学観測を行う観測機器でもあります。LIDARは大きく分けて,レーザ送信機,受信光学系,制御回路部の三つの部分から構成されています。 レーザ送信機は,距離測定のために15ns(ナノ秒:10億分の1秒)の光のパルスを作る部分です。光は1nsに約30cm進みますから,レーザパルスは約4.5mの長さになります。使用しているレーザはYAGレーザで,Nd:YAG(Neodymium doped Yttrium Aluminum Garnet)結晶に半導体レーザで光を当ててレーザ発振させ,直径3mm,波長1.064μm(1μm=1/1000mm)の赤外光を,1秒に1回の割合で出しています。レーザは,蓄えられたエネルギーを0スイッチといわれる方法で一気に放出することで,1MW(100万ワット)のレーザ光を出射します。言い換えれば,LIDARは,心臓部であるガーネット宝石のレーザからイトカワに向けて,長さ4.5mの光の矢を1秒に1回放っているわけです。 放たれた光の矢は小惑星表面に当たると砕けて飛び散りますが,飛び散った光(散乱光)はわずかながらLIDARの方へ戻ってきます。50kmも離れるとこの光のエネルギーは約150億分の1に減衰してしまいますが,口径100mmのカセグレン望遠鏡と電子雪崩を使った検出器(APD:Avalanche Photo Diode)を組み合わせた鋭い目で,返ってきた光を見つけ出します。制御回路部では,レーザパルスを発射してから散乱光を検出するまでの間,デジタルカウンターを回して光の往復時間を測定します。この光の往復時間から,小惑星と探査機の距離を1mの精度で測定することができます。
「はやぶさ」に搭載されたLIDARの特徴は,構造材にマグネシウムを採用して徹底的に軽量化を図り,3.7kgというノートパソコンに匹敵する軽さであることと,小惑星への接近から着陸まで50kmから50mという大変広い距離測定範囲を持っていることです。 開発途中では数え切れないほどの不具合を出したLIDARですが,イトカワ到着から着陸までの本番では,完璧な動作でタッチダウンを成功に導いてくれました。さらに,延べ1140時間の観測で,イトカワに向けて410万本もの光の矢を放ち,イトカワの詳細形状,重力,密度など,極めて重要な科学データを私たちにもたらしました。 最後になりましたが,LIDARの開発に当たって,搭載直前までご尽力くださったNEC東芝スペースシステムの技術者の方々,利害を超えて結集してくださった技術者の方々,多くのご支援と励ましをくださった所内の方々に,心から敬意と感謝を表します。
(水野 貴秀)
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