No.296
2005.11

ISASニュース 2005.11 No.296 


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JAXAの中で“宇宙研の原点”を輝かせたい

宇宙科学研究本部長 井 上 一  

いのうえ・はじめ。
1949年,東京都生まれ。理学博士。
1975年,東京大学大学院理学系研究科天文学博士課程を就職のため退学。
同年,東京大学宇宙航空研究所助手。
1981年,宇宙航空研究所の改組により宇宙科学研究所助手。
1988年,助教授。
1994年,教授。
2005年10月,宇宙科学研究本部 本部長・JAXA理事。
専門はX線天文学。


 dash   10月1日に,宇宙科学研究本部の本部長に就任されました。宇宙科学の展望をお聞かせください。
井上: 宇宙科学には,大きく分けて二つの夢があると思います。一つは,宇宙でどのようにして銀河や星,惑星系がつくられ,地球や生命が生まれてきたのか,自分たちのルーツを知りたいという夢です。

 もう一つの夢は,宇宙がどのように進化してきて,これからどうなっていくのか,宇宙を支配している基本的な物理法則を知ることです。この数年の観測により,宇宙の膨張が加速していることが分かりました。また,宇宙を構成しているエネルギーや物質のほとんどが,正体不明のダークエネルギーやダークマターであることも明らかになりました。その正体を解明することが,天文学の大きな課題の一つです。

  
 dash   どのようにして,その正体を解明するのですか。
井上: こうすれば解明できるという答えはありません。しかし,新しい観測装置を向ければ,宇宙は新しい姿を見せてくれます。そこから従来の常識を覆すことが見つかる。それが天文学の歴史です。私の専門はX線天文学ですが,X線で宇宙を見ると,地上の実験では再現できないエネルギーが非常に高い状態や,ブラックホールの近くのように重力が極端に強い状態を観測できます。そこには,今の理論では理解できない現象が潜んでいるはずです。そのような従来の常識を破る現象を観測することが必要です。
  
 dash   宇宙研は,天文学にどのような形で貢献しようとしているのですか。
井上: 宇宙の新しい姿を見るために,より大きな望遠鏡をつくり観測していくことが,天文学の大きな流れ,王道です。ただし,計画の規模が大きくなるとコストもかかるので,これからますます国際協力が必要になります。世界と協力して天文学のフロンティアを切り開いていくことが,宇宙研の重要な役割の一つです。

 ただし,宇宙の新しい姿の一面を見ることは,非常に鋭い切り口を持った独自の観測装置をつくれば,比較的小さな衛星でも可能です。要は知恵次第。もともと宇宙研の良いところは,鋭い目標を一つ立て,理学と工学の人が一緒になってアイデアを凝らし,規模は小さくてもこの部分は世界一だといえる観測装置や衛星をつくり,世界に負けない重要な観測を継続的に行ってきたことです。それが宇宙研の原点です。

  
 dash   井上本部長は,一貫して日本のX線天文衛星の計画に携わり,世界をリードしてこられましたね。
井上: 1970年,私が学生のときに,X線天文衛星の草分けであるアメリカのUhuruが打ち上げられました。当時はX線で光る天体の正体がよく分かっていなかったので,私はその問題を研究するようになりました。その後,幸運にも宇宙研の前身である宇宙航空研究所に助手として採用していただきました。学生のときは理論研究だけだったのですが,実験のやり方を教えてもらい,ものづくりも行うようになりました。しかし,最初に携わったCORSAというX線天文衛星はロケット打上げに失敗しました。私が最初に経験したのは,失敗だったのです。その3年後,1979年に私たちは日本初のX線天文衛星「はくちょう」の打上げに成功しました。

 当時のチームの規模は20人くらい。しかし最近では宇宙研の衛星もどんどん大きくなり,準備から衛星打上げまで約10年,チームも100人規模になってきました。若い人たちが自分たちの手でものをつくり,アイデアを試してみる機会が少なくなっています。比較的小さな規模のチームの中で試行錯誤し,失敗も経験することで,初めて計画全体を見る目が訓練されます。すると大きな計画に参加しても,いろいろなところに目が行き届くようになります。現在の宇宙研において,大きな衛星計画ももちろん大切ですが,アイデアを研ぎ澄ませて世界と勝負する,規模の小さな計画を大事に育てていくことも,本部長としての私の課題だと思っています。

  
 dash   どのような計画が考えられますか。
井上: 今,バイオやナノテクなどの分野では,若い研究者も競争的資金を獲得して,数年のサイクルで独自のアイデアで研究を進めています。それに近いやり方を宇宙科学でもぜひ実現したい。例えば,宇宙研や大学などの研究者の小さなグループが自分たちのアイデアで作製した観測装置を,安く早く打ち上げられるシステムをつくれないかと考えています。若い人が,ある時期に自分たちの手でとことん工夫して観測装置や衛星をつくることは,JAXA全体にとっても必要です。そのような経験により,大きな衛星を確実につくることができるようになります。宇宙研の原点をJAXAの中で発展させ,みんなで新しいJAXAを築いていきたいですね。


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