No.288
2005.3

将来計画

ISASニュース 2005.3 No.288 


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特集 第5回宇宙科学シンポジウム
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激動する宇宙を探る新しい窓NeXT

次代を担うX線天文衛星


図1 NeXT衛星の想像図

 NeXTは,2010年代初頭の打上げを目指して,日本を中心に検討・開発を進めている,次世代のX線天文衛星です(図1)。NeXT(Non-thermal energy eXploration Telescope)はこれまでのX線天文衛星よりも1桁高いエネルギーの光子まで,高い感度の観測を初めて実現します。これにより,NeXTは分厚いガス雲の向こうに隠れて見えなかった高エネルギー天体を探る,世界で最も透過力の高い天文台となります。さらに,これまで感度が足りないがために人類が触れることが難しかった,宇宙の大規模な非平衡・非熱的な物理現象にも,大きく迫ることが可能となります。

 

宇宙をX線で見るということ

図2 巨大ブラックホールが中心に隠れているNGC4945銀河(左,(C)NAO)と
     ガスに隠された巨大ブラックホールのイメージ(右,(C)GLAST web)。    
     分厚いカーテンに隠され,まだ人類に知られていないたくさんの巨大     
     ブラックホールが,宇宙にはいるようだ。                 

 大空に輝くおなじみの太陽は,表面温度6000度の水素ガスの塊であり,その温度に対応した光である「可視光」を強く放射します。一方で,数百万度から数億度にもなる高温の物質から放射されるのが,よりエネルギーの高い光の一種である「X線」です。宇宙X線は,大気に遮られてしまうので見ることができなかったのですが,1970年代に人工衛星を用いて本格的に始まったX線天文学は,宇宙のたくさんの場所に,このように極めて高温の物質が存在することを教えてくれました。銀河の中には,星の進化の最終段階としてのブラックホールや中性子星,さらに銀河中心には巨大なブラックホールが存在し,ばく大な重力エネルギーを主にX線という形で解放しています(図2)。さらに,数千万度にもなる高温ガスが,銀河の中や,銀河の大集団,「銀河団」の数百万光年にわたる広大な空間に広く存在し,X線でギラギラと輝いているのです(図3)。

図3 Abell2256銀河団(Roettgering et al.)。                
   数百の銀河が,1000万光年に広がる「銀河団」。             
   X線で光る熱いガス(等高線)の中に,黒いシミのように高エネルギー粒子   
   の影が広がっている(電波)。すさまじいエネルギーの放出が起きているらしい。

 X線天文学の進展は,人類に多くの知識をもたらしました。我々は今,ブラックホールに物質が吸い込まれる直前に引き延ばされる様子について議論しています。さらに,数百万光年の広がりを持つ「銀河団」において,実は重さの9割を占める暗黒物質(ダークマター)がどのように分布しているかを,X線ガスの助けを借りてトレースしています。人類はこれまで,宇宙空間に出ることで,新しい“宇宙を見る窓”を広げてきました。地上には届かない電磁波や粒子をとらえることで,天体が発するあらゆる情報に耳を澄ますことができるようになるのです。X線天文学は人類に“活発な宇宙を探る新しい窓”をもたらし,その成果に対して,功労者の一人のリカルド・ジャッコーニ氏は2002年のノーベル物理学賞を授与されています。

 日本は,1979年の「はくちょう」衛星以来,積極的にX線天文学に貢献してきました。特に1993年に打ち上げられた「あすか」衛星は,世界中の科学者が共同利用する国際天文台として,その優れた能力を遺憾なく発揮し,1400編を軽く超える査読論文を生み出すなど,多くの学術成果を挙げてきました。今年の夏には,期待の新衛星,ASTRO-EIIの打上げも予定されています。昨年2月に行われたジャッコーニ氏の講演にもあったように,日本のX線天文衛星は,その優れた狙い,高い技術力,世界に開かれた運用,そして一つの発見を次の解決につなげる継続的な発展により,世界から高い評価を受けており,日本の宇宙科学における国際競争と国際協調の両面において一つのモデルケースとなっています。

 

新しい時代に新しい窓を
〜硬X線の高感度観測がもたらす新しい世界観〜

 X線天文学はこの30年で大いに発展し,「熱い宇宙」の存在を我々に教えてくれました。ところがよくよく見てみると,この熱い宇宙の影で,「熱さ」とは異なるエネルギーの解放が,それも極めて大規模に起きていることが分かってきました。

 例えば,宇宙の巨大ブラックホールは,周囲から物質を吸い込み,その超高速の落下物が巨大なエネルギーをブラックホール至近の空間に注ぎ込むため,明るく輝きます。しかし,その輝きの大部分を担う高エネルギーX線は,流入ガスから予想される温度だけでは説明できず,実際のところどのようなメカニズムで放射されているのか,今もって分かっていません。ブラックホールの至近でいったい何が起きているのでしょうか? さらに,宇宙から来るX線の全体を詳細に分析したところ,実は今はまだ見えていない,厚いガスで隠された巨大ブラックホールがたくさんあることも明らかになってきました。

 我々が今見ている巨大ブラックホールは,まさに氷山の一角でしかないかもしれないのです。隠された巨大ブラックホールを見つけ,そのエネルギー放射の本体に迫るには,X線よりもさらに桁違いの透過力を誇る,高いエネルギーのX線「硬X線」を優れた感度で観測するしかありません。ブラックホールの至近でいったい何が起きているのか? 宇宙にはいったいどれだけの巨大ブラックホールがあるのか? この2つの疑問に答えるのが,新しい「硬X線」観測なのです。

 これとは別に,星の最期の大爆発「超新星残骸」を観測していくと,爆発の衝撃で数百万度に加熱された高温ガス以外に,もっともっと高いエネルギーを持っている粒子が存在していることが分かってきました。ごく少数の粒子が,多数の仲間を尻目に,温度に換算すると10兆度を超えるような高いエネルギーを持つようになるこの現象は,「粒子加速」と呼ばれており,まさに宇宙的規模の不平等の極みといえます。しかし,実はこの現象,太陽表面の数万km(〜0.1光秒)のサイズの大爆発から,1000万光年を超えるスケールの銀河団の中に至るまで,宇宙の多くの場面で見られます。皆で仲よくエネルギーを分け合う物理現象「加熱」と対比して,「非熱的」と呼ばれるこの現象が,実は宇宙のエネルギー解放の多くの場面で主役を担っているかもしれないのです。

 粒子のエネルギーがそろっているために,数千度なら可視光,数億度ならX線と,そろった光を放射する「熱的」な現象と比較して,「非熱的」な現象は,いろいろな波長の光を放射します。このため,熱的な放射があまり強いと,非熱的な放射は隠されてしまって見ることができません。X線天文学は,宇宙には数億度までのガスが多く存在することを示しました。「非熱的」な放射をとらえるには,熱的なX線放射が薄れるエネルギー帯域の観測が重要です。すなわち,ここでもより高エネルギーのX線「硬X線」の高感度観測がカギを握るのです。

 

NeXT衛星の狙いと仕組み

 厚いガスを貫く高い透過力を持ち,隠されたエネルギー解放の準主役「粒子加速」の正体に迫る「硬X線」。その高感度観測は,これまで技術的に不可能でした。NeXTはこの感度の不足を解決する新技術を採用することで,隠された宇宙の姿,そして非熱的でダイナミックな宇宙の姿を明らかにします。

 NeXT衛星は重さ1.7トン,長さ13mで,その先端には2種類,計4台のX線望遠鏡が搭載され,逆の端には望遠鏡それぞれに対応するカメラ4台と,これらとは別にガンマ線検出器が1台搭載されています。望遠鏡のうち3台は,新技術の「硬X線対応型」です。これまでのX線天文衛星の望遠鏡にとって技術的限界であった10キロ電子ボルトというエネルギーを超えて,80キロ電子ボルトまでのX線を集めることができます。これにより,10-80キロ電子ボルトの帯域で,2桁もの感度向上が実現します。もう1台の望遠鏡は,世界最高レベルの「X線分光系」とペアになっており,極めて高い感度で宇宙のプラズマの性質を探ります。その分光能力を活かせば,例えば銀河団のX線ガスが激しく沸き立つ姿や,ブラックホールの強烈な輝きに照らされて周囲の物質が特殊な「色」でギラギラときらめく姿を,精度よくとらえることができます。また,隣に搭載されているガンマ線検出器は,80キロ電子ボルトよりさらに高いエネルギーのX線(ガンマ線)を,これまでの衛星よりも桁違いに優れた感度で観測します。より高いエネルギーの放射を探ることで,我々は「粒子加速」のパワーを知ることができます。

 NeXTは,国際競争と協調の中で,世界に開かれた天文台として運用します。単なるX線天文衛星の殻を破って,より広い観測性能を得るNeXTの技術は,その次の世代に計画されている国際共同の大型X線天文台のコンセプトや,ガンマ線衛星のコンセプトの先駆けとしての位置付けも担っており,この分野で日本が世界をリードする足掛かりとなると期待しています。

(次期X線天文衛星ワーキンググループ) 


  ISAS:宇宙科学研究本部


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