金星探査プロジェクトPLANET-Cの試作モデル着手
金星探査計画は2001年1月の宇宙科学シンポジウムにて発表され,その後宇宙理学委員会,宇宙開発委員会における高い評価を経て,2004年4月,ついに試作モデルに着手できることとなった。宇宙理学委員会への提案に至るまでのワーキンググループにおける活動を考えると,6年の歳月をかけ,十分練った計画として試作モデルを製作できることは誠に喜ばしい。実際に金星に到着して観測を開始するのはこれから6年程度先になることから,ちょうど道半ばに差し掛かったとも考えられる。
1960〜80年代,ソビエト連邦は精力的に10機を超える探査機を金星に送り込んでいる。また1989年には,米国の合成開口レーダー衛星マジェランが地形の調査で目覚ましい成果を挙げている。しかしこの後,米ソともに金星への興味を失い,探査機は送られていない。
これらの探査機の調査目的は主に,金星の表面地形はどのような特徴を持っているのか,表面物質は何からできているか,大気の主成分は何か,その垂直温度構造はどのようになっていて地表面での気圧はどれほどか,といったことに絞られていた。ソビエト連邦の探査機では主に降下プローブが調査に用いられ,降下を行ったいくつかの地点でのデータが取得されたが,それは金星上である瞬間,ある地点でそれらの諸量がどのような値を示すかを与えただけである。我々が今回行おうとしている金星大気探査は,惑星の上を流れる大気の運動を時間的に,また金星表面全体にわたって鉛直構造も含めて追いかけ,気象学的データを取得するものであり,これまでの探査とはその目標とするところが大きく異なっている。
この違いを地球の場合に例えてみよう。ある日の東京,1年後のニューヨーク,さらに次の年のある日にカイロで温度と気圧を調べれば,そこが暑いか涼しいかは分かるが,地球全体の気象現象にアプローチすることは難しい。後者のためには,気象衛星(例えばMTSAT)を打ち上げて,地球大気の動きを雲や水蒸気量をトレーサーとして追跡するのが最も効率が良い。我々が金星でやろうとしていることは,ちょうど地球で気象衛星が行っている観測に対応する。
ここで問題となることは,金星が厚い硫酸の雲に覆われているという事実であり,可視の波長では高度70kmより下の気象現象を外から見ることができない。これを解決するため,日本の金星大気探査ミッションでは,主力の観測装置として近赤外のカメラを搭載する。ある特定波長の赤外線は,金星の地表面や下層の大気から発せられた後,金星の厚い雲を透かして外側に出ることができる。この波長の光を観測することによって,雲の下からの情報を得ることができるわけだが,この赤外線の特徴が発見されたのが約10年前である。この新しく発見された観測手段を有効に生かすことによって初めて,雲の下の大気の動きを探る「金星大気探査ミッション」が成立するのである。
2003年度まで我々は,搭載する5つのカメラの開発を着実に行ってきた。特に中間赤外カメラで使用される常温使用のボロメター検出器や,打上げ時は常温,観測時には100K程度に冷却される近赤外カメラの光学系,雷の速い閃光(せんこう)をとらえる検出器,迷光を6〜7桁落とす新型小型フードなど,机の上の検討では問題ないだろうと思われていても,実際に試作して確かめるまでは不安な要素はすべて試してみた。これらの検討結果を3月末のレビュー会において確認した後,4月からの試作モデル設計製作に進む。また,衛星自身もM-Vに最適,かつ事故の起こらない探査機を作るシステム検討を行っている。
これだけのことをしても,実際に開発を進めていく間には多くの困難が待ち受けていると考えられる。宇宙航空研究開発機構の皆さんのサポート,国民の皆さんの支持を得て,これからの長い道のりを踏破していきたいと考えている。
(中村 正人)