No.277
2004.4

ISASニュース 2004.4 No.277 


- Home page
- No.277 目次
- 宇宙科学最前線
- お知らせ
- ISAS事情
- 科学衛星秘話
- 内惑星探訪
- 東奔西走
- いも焼酎
+ 宇宙・夢・人
- 編集後記

- BackNumber

宇宙に行くものに触りたい!

技術開発部機器開発グループ 太刀川 純孝  


 dash   ぜひ紹介したいデバイスがあると聞きましたが。
太刀川: 私たちの研究室は,衛星の温度を一定に保つ熱制御の技術開発を一つのテーマにしています。最近,まったく新しいアイデアに基づく,SRD(Smart Radiation Device)というラジエターを開発したのです。
  
 dash   ラジエターとは,熱を排出するものですね。
太刀川: 宇宙では,太陽の光が当たると温度がとても高くなり,当たらないととても低くなります。地球周回軌道でも,+100℃ぐらいから−100℃ぐらいまで変化します。惑星探査機の軌道では,変化はもっと大きくなります。しかし,衛星に搭載されている機器は,私たちが生活している温度でしか正常に動きません。熱過ぎても冷た過ぎても,衛星は“死んで”しまうのです。

 衛星の中を常に一定の温度にするため,衛星にはラジエターが付いていて,機器が発する熱を排出しています。今までのラジエターは,熱をできるだけ多く排出するようになっているため,温度が高いときだけでなく,低いときも熱を排出していました。温度が低くなり過ぎると電気ヒーターで温めるのですが,そのときでさえ,ラジエターから熱を排出していたのです。これでは電気がもったいないでしょう。

  
 dash   SRDは,どういう点が画期的なのでしょうか。
太刀川: 今までも,ラジエターの前にブラインドのようなものを付けて,それを開閉することで熱の排出量を調節するものはありました。しかし,あまり使い勝手が良くなかった。私たちが開発したSRDは,見掛けは単なるセラミックの板です。しかし,温度が上がると自然に熱がたくさん排出され,下がれば排出されなくなる。そういう不思議なものです。

 SRDの材料は,ペロブスカイトと呼ばれる結晶構造を持ったマンガン酸化物です。温度が高いときは電気抵抗が大きく,低いときは小さいという特徴があります。電気抵抗が大きいと輻射(ふくしゃ)率が大きく,つまり熱をたくさん排出することから,ラジエターに使えるのではないかと考えたのです。この材料を宇宙で使ったのは,私たちが世界で初めてです。シンプルな構造のSRDは,有望な新型ラジエターとして海外からも注目されています。

  
 dash   実用化は近いのですか?
太刀川: SRDは,2003年5月に打ち上げた小惑星探査機「はやぶさ」に,試験的に搭載しています。黒い部分がSRDで(写真矢印),銀色の部分が従来のラジエターです。厚さ70μm40mm角の板が35枚並んでいます。宇宙研のA棟1階のロビーに「はやぶさ」のモデルが展示されていますから,もし見学される機会があればSRDの実物をぜひ見てください。

 SRDを実用化するには,もう少し性能を高める必要があります。温度が高いときと低いときで熱の排出量の差が大きく,さらに,ある温度を境に急激に変化するものが,理想的なラジエターです。そのために,いろいろな材料を合成して特性を調べています。軽量化にも取り組んでいます。小型衛星INDEXへの搭載は決まっていますが,ほかの衛星にもぜひ使ってほしいと打診しているところです。

  
 dash   なぜこの仕事を選んだのですか?
太刀川: 小さいころからの夢だったのです。宇宙に行くものに触りたいと,ずっと思っていました。宇宙への興味が加速したのは,「スタートレック」の影響ですね。でも,どうしたら宇宙にかかわる仕事ができるのか分からず,大学では応用物理の勉強をして,民間企業に就職しました。数年後,たまたまチャンスがあり,夢をかなえることができたのです。
  
 dash   同じ夢を抱いている若い人へアドバイスを。
太刀川: 宇宙にかかわる仕事がしたいと強く思いながら,とにかく今できることを一生懸命にやっていれば,道が開けると思います。大学での専門は何でもいいんです。宇宙ステーションの建設には建築学科の人も必要ですし,有人飛行では生物系や医学系の人も必要です。どんな専門の人でも宇宙にかかわる仕事に就ける可能性がある。大切なのは,「やりたい」という気持ちだと思います。
  
 dash   これからの夢は?
太刀川: 太陽系外への宇宙旅行を可能にする,有人宇宙船の技術開発に携わることです。まさに「スタートレック」の世界ですね。アメリカでは,そういう突飛(とっぴ)ともいえる技術開発にも予算が付くそうです。日本でもそういう計画があれば,宇宙に夢を抱く子どもが増えると思うのですが。「やるぞ!」と言って引っ張っていく,糸川英夫先生のようなカリスマが必要ですね。そうすれば,日本の宇宙開発は変わると思います。


#
目次
#
編集後記
#
Home page

ISASニュース No.277 (無断転載不可)